第二章 王国騎士団の戦い
第12話 『開戦の狼煙』その1
アース王国王都。400万の人口を有する大都市だ。直径50キロほどもある広大な土地に、王城を中心として五つの大きな環状道路が整備され、その道で区切られた地区にはそれぞれ名前がついている。
王城があり、城勤めの文官や富豪たちが多く住む中央部をサンライズ地区。そこから外に向かって数々の商業施設を有するモーニング地区、王都の食料を支える農業区でもあるヌーン地区がある。そこから外側にトワイライト地区、ナイト地区と続いていくが、そのあたりの地区には手付かずの自然が広がり、魔物の出現も多くなってくる。ナイト地区は『冒険者の町』とも呼ばれ、東西南北それぞれに大きな冒険者ギルドを有している。
ライトとレイの住む家があるのはヌーン地区だ。牧歌的かつのどか。静かで平和な地区だ。
「ライトさん! 起きてください!」
「ん? ふああ……。ああ。おはよう」
「全く。いつまで寝てんですか。朝礼に遅れますよ」
時刻はもう5時。6時には朝礼が始まるということを考えるとかなり遅い時間だ。だが2人に焦る様子はない。
「朝食はできてますから、さっさと食べてくださいね」
レイがライトの家に来てからもう2ヶ月以上たつ。家の家事はほとんどレイが担当しており、最近では私生活がだらしないライトを甲斐甲斐しく世話することが多くなっていた。
「いただきます」
「はい。どうぞ」
よく栄養が考えられた朝食が並ぶ。パンに野菜のサラダ。野菜のスープに肉の煮物。デザートにフルーツまで付いている。
「朝からこんなに食べられないんだが」
レイが来る前までは朝食など食べたためしがない。毎日が寝る間もないほど忙しく、出勤ギリギリまで寝ていたからだ。だから目の前に置かれているような豪華な朝食にはいまだに慣れない。
「いやいや、朝だからこそ食べるんですよ。ライトさんの健康を思って作ってるんですよ?」
「まあ、ありがたいけどさ。家主の言うことをたまには聞いてくれても良くない?」
レイは一応居候の身だ。ライトの家に置いてもらう代わりに家事全般を担当するということになっている。そのためレイの立場はライトの執事のようなもののはずなのだが、レイがライトの要望を聞くことはあまりなかった。
「それが家主のためならばいくらでも聞きますけどね。ライトさんって私生活だらしなくって心配なんですよね」
「またそういうこという。俺って言うほどだらしなくないと思うんだが。部屋が汚いわけでもないし」
「ほっといたらご飯食べないじゃないですか。寝もしないし起きもしない。ペットと暮らしてるみたいですよ。よくそれで今まで生きてこれましたよね」
「本当にほっといたらそのうちやるよ。朝だって5時半には絶対起きてたし」
「5時半じゃ朝ごはん食べられないじゃないですか」
ライトの以前の不健康さに呆れるレイ。2人は朝食を食べ終え、騎士の出勤の準備を終える。
「行きますか」
「ああ」
レイはもう髪染めの魔道具を使うことをやめ、今は黒髪のまま過ごしている。肩まである髪は後ろで一つに縛り、動きやすさを重視した軽装の革鎧を装備している。腰には何の変哲もないロングソードが一本つけられていた。ライトは寝巻きのままだ。いつも装備している騎士鎧は庁舎の方に置いてきている。家にあると邪魔なのだ。
レイがライトの背中に乗ると、2人は黄金色の光になって消えていく。ライトの光魔法による移動ならば、数分もかからずサンライズ地区にある騎士団本部まで着く。これがライトがサンライズ地区から遠くのヌーン地区に家を買った理由だ。
「じゃ、俺は着替えてくる。先に演習場の方に行っててくれ」
「わかりました」
2人は離れる。レイが向かうのは、朝礼が行われる演習場だ。そこに入るともうすでにたくさんの騎士たちが整列していた。中にはレイの方を見るとギョッとして視線を逸らすものもいるが、しょうがないだろう。レイの持つ〈闇属性〉の魔力を怖がるものは多い。この前はそれで理由で殺されかけたばかりである。
その中から1人の騎士がこちらを発見すると、レイに声をかけてくる。
「おはよう。レイ」
「あ、おはようございます! エアリス副隊長」
この人こそサンライズ地区を守る第一部隊の副隊長、エアリス・フォールだ。隊長のライトの副官ということになる。
「この前のお茶会楽しかった。また今度の休暇には、ぜひ私の家に遊びに来て欲しい。とっておきのコレクションを見せてあげるから」
「え、いいんですか? 楽しみです!」
エアリスは『閃光の騎士』グッズを集めるのが趣味の、ライトのファンであった。そのため同じ趣味を持つレイとは仲がいい。この間のお茶会では2人でたくさん語り合ったものだ。
「ところで、ライハルト隊長は?」
「あ、今着替えてます。もうすぐ来ると思いますけど」
そう言って入り口の方を見ると、丁度ライトが入ってくるところだった。演習場の前にある壇上に向けて迷いなく歩いて行く。その威風堂々とした歩き姿に周りの多くの騎士たちの目が奪われる。正直、さっきまで家にいた人物とは別人なほどオーラが違う。だらしない姿勢は伸び、顔つきは凛と。騎士としてのスイッチが入ったライトは本当にかっこいい。
「レイはすごい。隊長と一緒に暮らしてるなんて。私なら緊張で吐いてしまいそう」
「いやあ、あはは」
エアリスの言葉に「あの人実は家ではだらしないですよ」と返したくなるが、グッと堪える。幻想を壊してはならないのだ。
「おはよう諸君。これより、我ら王国騎士団第一部隊の朝礼を始める。まず今日の巡回班だが……」
ライトの覇気に満ちた声が演習場に響き渡る。どこまでも通るような透き通った声だ。普段は壇上で説明するのはエアリスの役目だが、週に一度だけライトが行っていた。第一部隊の騎士たちはその言葉を真剣に聞いている。淀みなく今日の業務を説明していくライトの姿は王国騎士団第一部隊長『閃光の騎士』の肩書きにふさわしい。
「……以上で本日の朝礼を終わりにする。それでは」
ライトが腰の騎士剣を抜くと空に掲げる。するとその場にいる全員が同じように騎士剣を抜き、天空に掲げた。
「アース王国に、栄光あれ」
「「アース王国に、栄光あれ」」
ライトの掛け声に合わせて復唱したその言葉は演習場をビリビリと揺らす。1000名の騎士たちが全員で出す大声はまさに圧巻だった。
――――――――――――――――
「さて、レイ。今週は戦闘訓練の週でしょう? 私と模擬戦しよう」
「あ、はい。お願いします」
騎士の仕事は主に二つある。街の巡回と戦闘訓練だ。第一部隊では隊を二つの班に分けて、業務を各週交代で担当することになっている。レイは今週、訓練班だった。
演習場から巡回班の騎士たちが消え、エアリスとレイは木剣を持って構え合う。
「私から、いく」
エアリスが距離を一気に詰め、大上段からの一撃を放つ。魔法による身体強化は使っていない。対してレイは身体強化を使って迎え撃つ。黒い魔力がレイの体から立ち昇る。
「ぐっ!」
エアリスの剣は鋭く、速い。レイはどうにか身を捩って大上段からの剣戟を回避すると、その横腹に剣を薙ぐ。いつの間にか戻されたエアリスの剣がそれを弾いた。
「単純な攻撃。でも速度は悪くない。もっと工夫して戦って」
「はいっ!」
ガキンガキンと幾重にも剣のぶつかり合う音が響き渡る。その攻防は常人の目に追えるものではない。レイの剣はあれからさらに成長し、今では魔法を使っていないエアリスの剣術に渡り合うこともできていた。もちろん闇魔法による身体能力へのボーナスのおかげも大きいが。
「身体能力にかまけてる。力任せではダメ。容易く読まれてしまうから。こんなふうに」
エアリスの持つ木剣がレイの振るった剣の軌道に入り込み、剣先でその軌道を逸らしてしまう。全力を込めて振るった一撃が突如あられもない方に行ってしまい、レイは体勢を崩す。エアリスはその隙を見逃さず、首元にそっと木剣を当てた。勝負ありだ。
「う、ま、参りました」
「前より強くなってる。いい調子」
「ありがとうございます。毎日の訓練の成果が出ましたかね」
レイは見習い騎士になってから欠かさず自主練をしていた。騎士の業務を終えてからの素振り。魔力活性化の訓練。筋トレ。その成果もあり今では剣術のみで並の騎士に勝つこともできるようになっていた。2ヶ月でこれは、驚異的な成長だ。
「しかし、レイの闇魔法はすごい。そんなに小柄な体格なのにまるでオーガと戦っているみたい」
「誰がオーガですか。でもまあ、僕には攻撃魔法はありませんから、身体強化魔法しか武器がないんですよね」
そう。レイは攻撃魔法を覚えていない。〈
「一つのことを磨くというのは悪いことじゃない。例えば王国騎士団第二部隊長『灰塵の騎士』シス・ルーギス様なんていい例」
「第二部隊長? 一体どんな人なんですか」
「ええ。それは……」
「訓練中すみません。ちょっといいですかな?」
2人が話しているところを割って入ってきた人物に目を向ける。
「あ、ウォルター副団長! おつかれさまです」
そこにいたのは王国騎士団副団長のウォルター・ミーズファルツその人だった。
「はい、おつかれさま。レイくん、ちょっと君にお話が。エアリスくん、少し彼を借りますよ」
「僕に?」
「ええ。本部庁舎まで来てもらえますかな?」
ウォルターの言葉に不思議そうに頷くレイ。たかが見習い騎士に対して王国副団長が何の用事があるというのか。疑問に思いながらもウォルターの後をついていく。騎士団本部庁舎の3階に上がり、会議室のドアを開けるとそこにはライハルトの姿があった。
「あれ、ライハルト隊長?」
「お前も呼ばれたのか、レイ」
「はい。一体どんな用事で呼ばれたんでしょう」
「それは私から説明します」
レイの疑問にウォルターが応える。席に座るように促され、3人は椅子に座った。
「さて、先ほど報告が入ったばかりなのですが、この王都に魔物の大群が迫っています」
「は?」
何でもないように言うウォルターに対し、ライハルトが思わず聞き返す。
「今、なんと?」
「魔物の大群が王都に迫っていると言いました。その数は確認できるだけでもおよそ10万。そして、魔物の群れを率いているのはSランク最上位の魔物、ドラゴンロードだそうです」
「なっ!」
信じられない報告にライハルトとレイは驚きを隠せない。10万の魔物に、ドラゴンロード。小国ならばいとも容易く滅ぼせるだけの戦力だ。
「ライトくんにはその討伐隊の指揮を取ってもらいたい。そして、レイくん。君も後方支援として参戦してもらいます。負傷した兵を君の闇魔法で癒してもらいたい」
「お、お役に立てるかはわかりませんが、承知しました」
緊張した様子のレイに、ウォルターがにこりと笑いかける。
「そう心配しなくても大丈夫ですよ。あなたの役目はあくまで後方支援です。万が一重症者が出てもあなたがいれば安心できます。前線は各部隊の隊長たちも出ますので、危険な魔物と出会うこともないでしょう」
「隊長たち?」
「ええ」
聞き返すレイに一つ頷きを返す。
「王都に駐在する第一から第五までの全部隊をもって、魔物の群れを向かいうちます」
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