『僕は騎士になりたい』その3


 騎士になりたい。レイがそのことを口に出すのは初めてだった。あの日。アクアラーグにシードラゴンが出た時。『閃光の騎士』と『銀幕の騎士』の戦いを見て心に刻み込まれた夢。


「本気か? レイ」


 ライトがレイの目を真っ直ぐに見つめる。その目にいたたまれなくなって逸らしてしまいそうになるが、それをしてはいけない気がする。視線を受け止め、見つめ合う。


「こらライトくん。脅かすんじゃありません。実にいいではないですか。夢見る若者の目というのはいつ見ても良いものです」


「脅かしてなんかはいないさ。ただ俺は、レイは料理人にでもなるのかと思っていたから」


 その言葉に、心臓が少し跳ねる。それも考えたことがあった。料理をするのは好きだ。もし騎士の道に憧れなかったら、料理人を目指していたかもしれない。


「レイ。騎士の道というものは辛く険しい。選ばれし者だけがなれる狭き門だ。年に一回行われる試験を合格した者しか騎士にはなれないし、そのために4年間騎士学校へと通う必要もある。お前が想像する以上に、大変な道のりだぞ。その覚悟はあるのか」


 そう。ライトの言っていることはレイもわかっている。ここ数日、自分なりにいろいろと調べてきたのだ。


「僕なりに調べましたから。わかっています。学費に関しても、僕は自分で稼ごうと思っています。もちろんその間のライトさんの家のことも疎かにはしません」


「そうはいっても、学費を稼いで4年間学校に通って、騎士の試験も一発で受かるとは限らない。その頃にはお前はいくつになっている? この世には結局騎士になれずに終わった人たちもたくさんいる。その道を行くのに迷いはないのか?」


 そう。騎士は確かに栄誉ある職業だが、急になろうと思ってなるのは難しい。


「わかっています。ライトさん。でも僕は、いつか騎士になりたいと思っています。これは本気です。例えどれだけ時間がかかっても、学費を稼いで学校に行って、いつか騎士になって」


 レイはまっすぐにライトを見据える。その目には一切の曇りがなく、覚悟で満ちた目だ。


「あなたのような騎士になりたいんです」


「レイ……」


 その視線に、先に目を逸らしたのはライトだった。その決意の固さを悟ったのだ。そんな2人を見かねてウォルターが声をかける。


「ライトくん。レイくんが心配なのはわかります。でも、あのことを言わないのは少し意地悪ですよ」


「あのこと?」


「騎士になるためには確かに学校に通う必要がある。でもね。もう一つ別の方法があるんです」


「そ、それって、一体」


「見習い騎士制度、です」


「見習い騎士せいど?」


 聞き覚えのないその言葉に、首を傾げるレイ。そんなレイに言葉を続ける。


「現職の、ある階級以上の騎士の元で一定期間実務を積んだ者は、騎士学校に行くことを免除されるんです。当然騎士になるための最後の試験は受けなければなりませんが」


「そ、そんな制度が」


 レイの調べたもののなかにはそんなものはなかった。初耳だ。


「その期間っていうのは、一体どれくらいでしょう」


「1年です」


 その期間は、騎士学校に通うことと比べたらあまりに短い。


「すごい。その制度なら、僕も早く騎士になれるんですね」


 希望に溢れた目でレイ見つめてくる。ウォルターはそんなレイに微笑む。


「ちょっといいか」


 ライトが会話に割って入る。


「ある階級以上の騎士の元でって、俺の記憶が正しければ」


「ええ、部隊長以上の者。つまりあなたですね。ライトくん」


「そうなるのか……」


「不満ですか?」


 ライトは少し険しい顔をしている。そんな姿を見てレイは不安になる。


「ライトさんは、僕が騎士になることに反対ですか?」


「いや、そういうわけじゃない。ただ、心配なんだよ。一応、兄弟がいたらこんな感じなのかなとか思ってたしな。つい過保護になっちまう」


「兄弟……」


 ライトの言葉に、少し顔が赤くなる。レイも家族というものは知らなかったから、そういう風に言われるのは慣れていない。


「それなら、レイくんをよろしくお願いしますよ。ライトくん」


「わかったよ。と言いたいが、実際のところレイの素性はどう隠す? 騎士として働く以上、魔法の発動はつきものだ。黒い魔力は隠せない」


「確かに、そうですね。ライトさん」


 現状、レイが戦闘などをした時、魔法を発動するところを誰かに見られるかもしれない。そうしたらその黒い魔力で闇魔法使いだということを知られてしまうだろう。


「そこはあなたの出番でしょう。『閃光の騎士』」


「え?」


「あなたとレイくんが常に一緒にいれば、ライトくんの名声がレイくんを守ってくれます。私も、人々の闇属性に対する差別意識をそろそろ無くすべきだと思っているんですよ。王国一の騎士が闇属性を認めれば、それは差別解消の大きな追い風になります。そうすれば、レイくんもこの街で大手を振って歩くことができる」


「そんな、うまくいくもんか?」


 ライトが訝しげにウォルターを見る。すると彼はにこりと微笑んだ。


「私が言うんです。間違いありません」


「まあ、確かにウォルさんが言うなら、そうなのかもしれないが……」


「えっと、僕は闇魔法を使っても問題ないと?」


 不安げにレイが尋ねる。この属性はいろいろな人に怖がられてきた。人前で使うのにはかなり抵抗がある。


「問題ないでしょう。実際、教養のある人々の間には闇属性への差別意識はそれほどありません。あくまで基本属性の一つであると、そういう考えが主流になってきています。ただ、魔法を使うのはライトくんと一緒にいる時だけです。それは約束してくださいね」


「わかりました」


「ライトくんが一緒にいれば、レイくんをよく思わない人々がいても手を出してくることはまずありません。一部に過激なものがいることは否めませんから、十分に気をつけてくださいね。もしレイくんに何かあったら……」


 ウォルターはその優しげな目をギロリと鋭く変貌させ、ライトを睨む。それを間近で見ていたレイはぴくりと体を震わす。


「わかっていますね? ライトくん」


「わ、わかってる。俺がついていれば、大丈夫だよ」


「いいでしょう。それではよろしくお願いしますよ」


 顔を引き攣らせながら答えるライトに、満足そうに頷く。


「ライトさん。なんか結局あなたに頼り切りになってしまいますが……いいんでしょうか」


 レイがライトに申し訳なさそうに言う。結局ライトには面倒を見てもらいっぱなしだ。見習い騎士制度だって、自分だけがそんな楽をしてしまっていていいのかと不安になる。


「お前はまだ子供なんだから、人に頼っていいんだよ。本当に騎士になりたいってことも十分伝わったしな。ただし、厳しくいくから覚悟しろよ?」


「もちろんです! これからよろしくお願いします!」


 2人は握手する。今はまだ、ライトの役に立つどころか完全なお荷物かもしれない。でも、すぐに強くなって、少しでもライトの役に立ちたい。レイはそう決意して、ライトを見つめる。ライトは今度は目を逸らさず、満足そうに一つ頷いた。


「おや、もうこんな時間だ。そろそろ私は帰りましょうかね。レイくん。何かあったら騎士団本部に来てください。そこに私はいますから。まあ、ライトくんに連れてきてもらうのが1番早いでしょうがね」


「ありがとうございます。ウォルターさん」


「私のことは、ウォルと呼んでもらえませんか? ライトくんもそう呼んでいますから」


「あ、わかりました。ウォルさん」


「ふふ。よろしい」


 満足そうに微笑むウォルターに、レイも笑みを返す。


「それではライトくん。……少し、いいですか? あなただけにちょっと話しておきたいことが」


 リビングの外に手招きをするウォルター。その様子にライトとレイの2人は首を傾げるが、ライトは疑問に思いながらも部屋の外に出ていく。


「ライトくん。私から一つ忠告が」


「な、なんだよ」


 レイに聞かせたくないのか耳元に口を寄せ、小声で話す2人。一体、何を言おうとしているのか。


「レイくんと、一緒にお風呂に入ってはいけませんよ」


「は?」


 ウォルターはそれだけ言うと、さっさと家を出て行ってしまった。ライトはその後ろ姿を見送る。


「何言ってんだ。あのオヤジ」


 言われた意味がわからないが、まあいいかとリビングに戻る。レイは部屋の中で立って、まだ首を傾げていた。


「何の話だったんですか?」


「ああ。冗談を言われただけだよ。気にしなくていい。さて、それじゃあ明日からレイも騎士見習いだ。準備をしないとな。買い出しだ」


「はい。……て、あー。また僕のための出費が……」


「気にすんなもう。後で出世払いで返してもらうからな」


「もちろんです。倍にして、いや、10倍にしてお返ししますからね」


 ライトがとった2週間の休暇。その最終日は、あっという間に過ぎていくのだった。


 

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