第9話 『見習い騎士、レイ』その1
レイは緊張していた。今日はレイが見習い騎士として働く最初の日だ。その体には昨日ライトと共に買ってきた革鎧と、使いやすさ重視で選んだロングソードを携えている。まだ見習いなので、騎士の正装備は身につけられない。髪は魔道具で白髪にしている。基本はこのスタイルでいくつもりだ。
「ライトさん、ここが騎士団本部ですか?」
目の前には5階建ての大きな建物がある。ここはサンライズ地区の南に位置する、王都の一等地だ。いくつもの建物が立ち並び、豪華な街並みを形成している。レイは周りの見慣れない景色にソワソワしていた。
「はは。そんな緊張するなよ。ほら、朝礼は広場でやるんだ。行くぞ?」
「え、えと、僕いきなり朝礼になんか出ていいんでしょうか」
「いいんだよ」
ライトに連れられ、本部の演習場の方に入る。そこにはもうすでに多くの人が整列していた。レイたちはその脇を通り、広場の最前列の方に向かう。
「こ、ここここって」
「ん? なんだって?」
「1番前じゃないですか」
そこは、広場の奥にある演壇の真横の位置。一般の騎士がいていい場所ではない。広場にいる騎士たちと向き合うようにして立つ。その場にいるものの視線がレイの元にと降り注ぐのがわかる。
「当たり前だろ。俺は王国騎士第一部隊長だぞ? いわばここに集まる騎士たちの上司だ。そんな俺がここにいなくてどうするよ」
「そ、そういえばそうでした」
いつものポンコツ具合を見ているとそんな気がしないが、ライトは一応『閃光の騎士』。王国騎士第一部隊長といえば、騎士団全体の中でも3番目の地位なのだ。その事実に、今更ながら実感が湧く。
「で、でも。僕までここにいる必要はないんじゃ……」
「何言ってる。お前は今日からこの第一部隊にお世話になるんだから、みんなに顔見せするんだよ。見習いとはいえ、一緒に働くわけだから」
「な」
そんなこと、聞いていない。こんな大勢の人の前で何かを話したことなんてないし、何を話せばいいかわからない。ぐるぐるする頭を必死に落ち着かせようとしていると、目の前に見知った人物が現れる。
「おはようございます。レイくん。ライトくんも。昨日はゆっくり休めましたか?」
「おはようございます。おかげさまで十分に休めました」
軽い礼をして短い挨拶を返すライトに続き、レイも慌てて見よう見まねで礼の姿勢をとる。
「あ、おはようございますウォ……あの、副団長。しっかり休みました」
副団長は昨日ライトからもらった青いメガネをかけている。鎧は身につけておらず、黒く上品な衣服を纏っている。戦闘ができるような姿には思えないが、普段はそういった仕事はしないんだろう。
「そうですか。それはよかった。今日は挨拶ですか。ちゃんと考えてきましたか?」
「え、あ、あの」
考えてきていない。だが、それを正直にいってしまっていいものなのか。どうせなら一言言っておいてくれればよかったのになんて思ってしまうが、口には出せない。そんなレイの様子を見て、ウォルターは眉を顰めてライトを見る。
「まさか、レイくんになにも言っていなかったのですか? ライトくん。いけませんね。あなたはそういうところがあるのを私も忘れていました。隊長になってそこそこ経ちましたし、もう少し成長していたと思っていたのですがね。まったく、あなたに任せると言った自分も情けなく……」
「わ、わかりました。私が悪かったです。ついそのことを失念してしまいました」
くどくどと続く副団長の文句を遮り、ライトが謝罪を口にする。レイはその様子に頬がゆるみそうになるが、必死に抑える。
「本当にわかっているのならいいんですがね。……さてレイくん。挨拶といっても、自分の名前とこれから頑張りますくらいでいいのですよ。難しく考える必要はありませんからね。それと、レイヴンという名前ですが」
副団長が小声になる。レイヴンという名前の持つ意味は、昨日教えてもらったのでレイも理解していた。だからレイはそれに頷く。
「僕の名前は、ただのレイです。それでいいんですよね?」
「ええ。その方がいい。それでは、挨拶は大丈夫そうですが か?」
「はい。ありがとうございます。副団長」
ウォルター副団長と話していると、壇上に1人の騎士が上がっていくのが見える。女性のようだ。緑色の髪をポニーテールにし、真面目そうな顔は無表情のまま動かない。背が高く、その立ち姿はピンと張った一本の糸に上から吊られているようにまっすぐだ。ただ、少し冷たそうな印象を受ける。
「あの人は?」
レイは小声でライトに聞く。
「第一部隊副隊長。エアリス・フォールだ。『風牙の騎士』なんて呼ばれてる」
「『風牙』ですか」
「普段本部から離れがちなライトくんに変わって、彼女が第一部隊の指揮を取り行っているのです。ライトくんの責任を押し付けられている被害者ですね、かわいそうに」
「うぐっ」
ウォルターのあんまりな物言いに、ライトの心はダメージを受ける。確かに、ライトは事件があるたびに王都のあちこちを飛び回っていて第一部隊の訓練や業務などに顔を出すことは少ない。そんな時、隊長に代わって副隊長のエアリスが指揮をとっているのだが、まあ確かに、それは責任の押し付けと言われてもしょうがないかもしれない。
「これより、朝礼を始めます」
副隊長、エアリスが話し出す。壇上の声はそこに設置された拡声器の魔道具によって広場全体に届けられる。なんの感情も乗っていない声だ。騎士としての業務を淡々と果たそうとするような意志を感じる。今日の業務連絡や配置などについて、必要事項を理路整然と話していく。その時間、10分ほどだろうか。必要なことを話し終えたエアリスは、最後にライトの方をチラリと見る。
「それでは、今日の配置については以上です。最後に、今日からライハルト隊長が休暇から復帰しました。一言挨拶をいただけますか?」
「あ、俺もか」
指名されたライトは壇上に上がっていく。その姿は凛として、見るものを惹きつけるオーラを纏っている。レイはその姿に普段とのギャップを感じて戦慄する。いつもはもっとくたびれた感じで歩くのに。
「さて、まずは私の休暇中、この王都を守ってくれた諸君に感謝を述べよう」
よく通る声。澄み渡るようにこの演習場に広がるライトの声は、この第一部隊の長に相応しい、覇気のあるものだった。挨拶は簡単にまとめられるが、短いながらも威厳を感じさせる内容だった。
「それと、皆に知らせがある。レイ。ここへ」
「は、はいっ!」
急に名前を呼ばれ、心臓が大きく跳ね上がる。演習場にいる全員の視線を受け、どうにか演壇まで辿り着く。
「今日から見習い騎士として第一部隊で面倒を見る、レイだ。さあ、みんなに挨拶を」
「ほ、本日よりお世話になります。レイです。みなさんの役に立てるように頑張りますので、これからよろしくお願いいたします」
気の利いた挨拶は思いつかずに、月並みになってしまったが緊張でどうにかなりそうな割には噛まずに言えたはずだ。
「あくまで見習いとしてだが、将来的には諸君の同僚になるかもしれない人材だ。しっかりと育ててやってくれ。それでは、私からは以上だ」
ライトとレイは壇上から降りる。その様子をウォルターが優しげな目で見守っていた。
「ちゃんとやれたみたいですね。よかった」
「お、おかげさまです。副団長」
まだ緊張は解けないが、どうやら乗り切ったみたいだ。安堵のため息を吐く。
「それでは、朝礼が終わったら書類の申請に行きますか。それが済んだら晴れて見習い騎士です」
「書類、ですか」
「ええ。必要でしょう?」
意外にちゃんとしてるんだな。なんて思ったが、口には出さなかった。朝礼はつつがなく終わり、本部の建物に入って書類を書くと、見習い騎士のバッジをもらう。大きな鳥のような紋章が描かれているバッジだ。
「それが我らアース王国の紋章です。そのバッジが見習い騎士の証になりますから、無くさないでくださいね?」
「わかりました」
「それと、レイくんが何か粗相をした場合、ライトくんと私に責任が来るようになっています。見習い騎士制度の申請には隊長格の名が必要なのですが、今回書類には2人の連名で書きましたからね。それをくれぐれも忘れないように」
それはかなり大事なことだ。レイが何かするとは思えないが、その行動は2人の名の下に行われる。その責任の重さをレイはひしひしと感じる。
「心に刻んでおきます」
「それじゃあ、行くかレイ。いよいよ騎士の仕事、開始だ」
「はい!」
レイは晴れて見習い騎士となった。あくまで見習いではあるが、憧れの騎士の仕事ができる。
「頑張ります」
手を握りしめる。これからの期待を胸に。
――――――――――――――――
「行きましたか」
2人の後ろ姿が消えたのを確認したウォルターは、ぼそりと呟く。そんなウォルターの後ろから声をかけられる。
「あの、大丈夫でしょうか?」
「ん、何がですかな? ダリアさん」
さっき書類の申請を担当してくれた受付嬢のダリア。彼女は不安そうな顔を浮かべている。
「あんな小さな子が見習い騎士なんて。本当に務まるんでしょうか」
「ふむ。それについてはあまり心配していません。あの子は少し特別でしてね。それはライトくんも感じているようですし」
「そうなんですか……。お二人がそういうならば、問題ないのでしょうけど」
「問題ですか。あるとすればまた別の問題でしょうね」
「別の?」
「私があの子についていてやれないことは心苦しいですが……。ライトくんの方がそれは適任でしょうからね。ただそれでも、あの子には辛い思いをさせることになるかもしれません」
「えっと?」
ダリアはなんのことだかわからず、首を傾げる。ウォルターはそれに構わず独り言のように話を続ける。
「ただ、そうするしかなかった。本当に申し訳ない。申し訳ない……」
「あ、あの」
ぶつぶつと何かを呟く彼に、ダリアは恐る恐る声をかける。すると彼はこちらを振り返り、何事もなかったかのように微笑む。
「すみません。なんでもないのです。それでは私は行かなければ」
「は、はい。わかりました。いってらっしゃい」
「行ってきます」
彼が執務室に戻っていくのを、ダリアは黙って見つめることしかできなかった。
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