『見習い騎士、レイ』その2


「今日から訓練に参加します。レイです。よろしくお願いします」


 頭を下げる。ライトとレイの2人は演習場にいた。ここでは第一部隊のいくつかの班が戦闘訓練をしていた。その中には副隊長であるエアリス・フォールの姿もあった。レイの挨拶にみんなの視線が集まる。


「みんなは普段通りに訓練していてくれて構わない」


 ライトはそういうと、訓練用の木剣を携えて広場を歩く。


「隊長も訓練に参加するのですか?」


 そんなライトに、副隊長のエアリスから声がかかる。


「ああ。今日くらいはな。レイにいろいろ教えてやらないといけないし」


「そうなのですか。せっかくでしたら私とも一戦、お願いできませんか。久しぶりに隊長の剣技を味わいたく思います」


 その言葉とは裏腹に、彼女の表情と声色は凪のように静かだ。何を考えているのかあまりわからない。


「そうだな。久しぶりに模擬戦といくか。レイの後に相手になろう」


「ありがとうございます」


 彼女はそういうとその場から離れていく。訓練の邪魔にならないように退いてくれたのだろう。ライトとレイは向き合う。


「戦闘の訓練は、まあいつも家でやってるやつだな。素振りをするのもよし、魔法の練習をするのもよし。適当な相手と模擬戦をするのもよし。割と各自バラバラにやっているから、適当に混ざったりして訓練するんだ」


「結構放任な感じなんですね。もっとこう、皆揃って素振りとか、道場みたいなのを想像していました」


「まあ、皆実力者揃いだからな。強くなる方法なんて人それぞれで違う。騎士になるだけの実力者ならば、その方法は個人で確立されている。放っておかれているからって、サボる奴なんていないのさ」


「なるほど」


 さすがはエリート集団だ。周りをみるとみんなそれぞれ違うやり方で訓練しているのがわかる。今の自分に足りないものは何か、考えながら訓練に励んでいるのだろう。その姿勢は見ているだけでもためになる。


「みんながどんな訓練をしているかを見て、良さそうなものがあったら盗むのもいい。例えばほら、あいつなんかは魔力の活性化の訓練をしているが、同時に剣術の型をやっている。より実戦に則した訓練だな」


 ライトの指差す方を見ると、男性の騎士が全身に赤い魔力を滾らせて剣を振っている。剣での戦いの時に瞬時に魔法の発動に移行できるように訓練しているのだろう。


「それじゃあとりあえず、模擬戦といくか。いつも家でやってることだが、こういう場所でやるのはまた違うだろ?」


「そうですね。ちょっと緊張しちゃいます。人もいっぱいいますしね」


 ライトが戦うということもあって、それなりに視線は集まっている。レイはそれに緊張している様子だ。


「まあ、すぐなれるさ。いくぞ。構えろ」


 2人は距離をとって剣を構えようとする。しかし、その時ピリリリリリというけたたましい音が流れ、2人の動きは中断される。その音はライトの懐からなっているようだ。通信機の魔道具、スマホ――十数年前、アース王国の研究者スマホ・アンドローエスと言う人物が開発した――を取り出す。


「こちらライハルト。……なに? ……ああ。……わかった。すぐ行こう」


 ライトはスマホをしまうと、木剣を鞘に納めた。


「緊急の事件が起きた。俺は今から行かねばならない」


「あ、わかりました」


「エアリス」


「はい」


 名前を呼ばれたエアリス副隊長が近づく。ライトは彼女に木剣を預けた。


「私は今から別の任務に向かう。それまでレイの面倒を見てやってくれ」


「わかりました。お気をつけて」


「レイ。俺がいない時は魔法を使うなよ」


「わかりました」


 ライトはそれだけ言うと光となって空に消える。


「残念。せっかく模擬戦ができるいい機会だったのに」


 エアリス副隊長が空を見上げて呟く。相変わらず感情を感じさせない声だ。


「あ、あの」


 レイが声をかけると彼女はぐるりと首だけでこちらを振り返る。


「私でよければ模擬戦の相手になるけど?」


「え、あ」


「隊長は魔法は使うなと言っていた。それなら私も使わないで相手しよう」


 エアリスはライトから預かった木剣をそのまま構える。強引に模擬戦をする流れになってしまったが、せっかくの機会なのでレイも剣を構える。


「よろしくお願いします」


「先手は譲る。どこからでも来るといい」


 エアリスの言葉に、深呼吸を一つする。ここまで来るともうどうにでもなれの精神だ。胸を借りるつもりで全力で挑もう。


「それでは、行きますよ!」


 レイが次々に繰り出す剣を、エアリスは息一つ乱さず捌いていく。お互い身体強化魔法も使っていない。純粋な剣技での勝負だ。しかし実力差は圧倒的。レイが必死に放つ攻撃は全て最小限の動きで逸らされ、いなされてしまう。


「筋は悪くない。でも愚直すぎる。剣を習って間もないの?」


「い、1週間ほどです」


「そう。なるほど」

 

 真一文字に放った剣はエアリスの持つ木剣に絡め取られ、宙に弾かれる。剣を失ったレイは体勢を崩してしまう。その首元にエアリスの木剣が差し込まれた。


「うあ。ま、参りました」


 圧倒的な実力差に、手も足も出なかった。剣は下げられ、レイはエアリスに一礼する。


「ありがとうございました。その、僕の剣はどうでしょうか」


「弱い。騎士になるには何もかもが足りない」


 ぴしゃりと言い放たれた言葉に、レイはショックを受ける。だが、まだ自分が弱いことはわかっている。


「でも、基本はしっかりしている。ちゃんとした師匠に教わったみたい。まさかライハルト隊長?」


「はい。そうです」


 その言葉に、エアリスの表情が初めて変わる。少し驚いたような顔だ。周りで見ていた騎士たちもレイの言葉にざわめいている。


「隊長が弟子を取ったなんて。休暇中に? でもどうして」


「その、いくあてのないところを、拾われて。剣を習っているんです」


 その言葉に、エアリスの表情がさらに変わる。目を見開いて驚いている。


「まさか、一緒に暮らしているの?」


「え、は、はい」


 周囲がざわつく。それは決していい感情ではない。それを感じ取ったレイは少し居心地が悪くなる。周りにいた騎士たちの中から、声が上がる。


「ライハルト隊長の妾とか?」


「いや、マジで? あの人がそんなことするかよ……」


「いや、一応男だもん。ありえるだろ。じゃなきゃ見習い騎士制度なんか使うか? 女をそばに置いておくための口実だよ」


「信じたくはないが、先ほどの戦いを見るとそうなのかもしれないと思ってしまうな。特筆することのない凡夫を弟子にするなど、普通は考えられん」


「隊長ってああいうのが好みなの? 信じらんない。まだガキじゃん」


 レイの見た目は、一見すると少女に見える。だからライトとレイの関係は周囲から見るという風に見えてしまう。レイが心無い言葉を浴び俯いていると、エアリスがレイの悪口を言っていた騎士たちに木剣を突きつける。


「騎士の言動とは思えない言葉が聞こえてきたけど、冗談のつもり? その口は縫い合わせないとダメみたい」


 無表情のエアリスから放たれる圧力は恐怖となってその騎士たちに襲いかかる。さっきまで悪口を言っていた騎士たちはひっと短い悲鳴をあげて震え出す。


「ライハルト隊長がそんなことをするわけがないでしょう。確かに彼女の剣術には目立つところはないけれど、それだけが騎士の資質ではない。ライハルト隊長の思惑を私たち凡人が推測できるわけがないと、なぜわからないの?」


「す、すみません……」


「申し訳ありませんでした……」

 

 恐怖のあまりガタガタと震えながら謝る騎士たち。レイはそんな彼らのやりとりに恐る恐る口を出す。


「あ、あの。僕、そもそも男なんですが」


 一瞬時が止まった。その場にいる誰もがぽかんとした顔でレイを見る。


「「は?」」


「いやその、僕は男なんです。今は革鎧を着ていてわからないかもしれませんが、ちゃんと男の体をしています。ライ……ハルト隊長の妾だとか、そういうことはあり得ません。


 ついいつものようにライトさんと呼んでしまいそうになるのをギリギリ止める。


「本当?」


 エアリスは目をまんまるにしてレイに聞き返す。


「本当ですよ! 筋肉も一応あるんです。胸とか見せましょうか!?」


「や、やめて。わかったから」


 ムキになって鎧を脱ごうとするレイを慌てて諌めるエアリス。流石にこの顔で服を脱がれるのは色々とまずい気がする。


「でも、ちょっと触らせてもらってもいい? 信じていないわけではないけど、確かめたい」


「どうぞ」


 エアリスはそういうとレイの鎧の間に手を入れて、体をまさぐる。ゴツゴツした感触。胸筋もちゃんとある。骨格も、女性のものとは違う。


「うん。レイは男」


 周囲にどよめきが響き渡る。


「ありえない、あれで男?」


「詐欺だろ」


「あの顔で、脱いだらムキムキってことかよ。最高か」


「え、生えてんの? 生えてんの?」


「うるさい」


 エアリスが静かに言い放つと、ぴたりと周囲のざわめきが止まる。


「これで、レイの疑惑は払拭された。これ以上文句があるのならば私が相手になる」


 堂々とした宣言に、反論するものはいない。


「なぜレイがライハルト隊長に見習い騎士として選ばれたか。それはこれから一緒に働いているうちにわかること。実力がないものはここでは生き残れないのだから」


 無表情の目でレイを見据える。


「あなたも、その実力を証明して見せて。ライハルト隊長があなたに目をかける理由を、私も知りたい」


「はい。必ず」


 レイは、エアリスの緑色エメラルドの瞳を見つめ返し、強く頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る