『見習い騎士、レイ』その3
「んゔううぅう」
レイは今、空を飛んでいた。あまりの速度で、風圧で目が開かない。
「ぎぎぎぎぎぎぎ」
ぐるりと旋回する遠心力で体が持っていかれそうになる。あまりの重力で内臓は浮きっぱなしだ。
「閃光の騎士だ! 閃光の騎士が来てくれた!」
そんなレイの耳に誰かの声が聞こえてくる。重力から解放され、ようやく目が開く。そこには、閃光の騎士ライハルトによって真っ二つにされた魔物たちの姿があった。体からこぼれ出した臓物がレイの足元に流れてきている。
「うわっ!」
周りを見ると、多くの兵士たちが目の前で行われる閃光の騎士の戦闘に見入っていた。と言っても、もう魔物は狩り尽くされている。そこに残るのは、ライトが走った軌跡のみ。残光だけがキラキラと輝き、地面に倒れ伏した魔物たちに降り注いでいる。
「レイ。この人たちの治療を」
「は、はい」
兵士たちの中には、魔物にやられて倒れている人たちもいる。かなりの激戦があったようだ。魔物は群れをなしていたらしい。100体以上の魔物たちと、それ以上の数の兵士たち。倒れている人たちもかなりの人数だ。
「重症者を優先的に治療します。僕のところに連れてきてください!」
レイが見習い騎士になってから1ヶ月が過ぎた。業務にもだんだん慣れてきて、今は街で起きた事件にライトとともに赴き、人々の治療をして回る役割を担っていた。戦闘はほとんどしたことがない。その前にライトが倒してしまうからだ。でもそれはしょうがない。人の生き死にが関わっている状況で、のんびりとしている暇などないのだから。
「〈
レイが魔法を唱えると、黒い魔力がたちのぼり、その周囲に連れてこられた怪我人たちへと吸い込まれていく。レイの魔法は日々の訓練で欠点を克服し、今では広範囲の人を一気に癒すこともできた。その様子を見ていた周囲の人たちからどよめきが上がる。
「く、黒い魔力!? 闇属性なのか」
「闇属性だって!? なぜそんなやつが」
「みんな、逃げた方が。闇魔法使いなんて」
「鎮まれ」
ライトの一言で、どよめきが一気に消える。
「その人たちをよく見てみろ。あれほどの大怪我がもう治ってしまった」
レイの魔法を受けた怪我人たちは、1人残らず綺麗に治っていた。腕がちぎれかけていた人もいたが、元通りになっている。その腕を不思議そうに眺めていた。
「ほ、本当だ。すごいぞ、痛みもない。傷が綺麗に消えちまった!」
驚きの声が上がる。すると今度は感嘆のどよめきが上がった。
「闇魔法使いだからといって、すぐに怖がることはない。このように素晴らしい癒しの力を持っているのだから」
ライトの言葉に兵士たちから歓声が上がる。それを受けるレイは少し照れくさそうだ。
「それでは、後始末は任せよう。レイ、行くぞ」
「はい」
魔転装術によって黄金の鎧を纏ったライトがレイをおんぶすると、一瞬にして空に消えていく。下では兵士たちが感謝を叫んでいた。
――――――――――――――――
「ふうぅぅぅ……ぅぅぅ」
「疲れたか?」
「はい。づかれましだ……」
人気のない丘の上に降り立ったライトとレイの2人。レイは草むらに寝転がってぐったりとしている。
「少し休むとするか」
「い、いいんですか?」
「もう魔力もないんだろう? あまり無理をすることはないよ。ほら」
ライトがポイっと投げてきたものを受け取る。それは赤い色の瓶に入ったポーション。魔力ポーションだ。
「魔力が即座に回復することはないが、回復力を格段に上げてくれる。楽になるぞ」
「あ、ありがとうございます」
もらったポーションを開け、一気に飲み干す。少し気持ちが楽になった。やはり魔力切れだったらしい。
「僕、今すごく楽しいです。僕の力がみんなの役に立って、みんな喜んでくれて」
「それは良かった。まあ、最初は大変だったけどな」
闇魔法を使う見習い騎士。最初に第一部隊のみんなに披露した時は怖がられた。
「ライトさんのおかげです。第一部隊で初めてこの魔法を披露した時、ライトさんが隣にいてくれて良かった。『この魔法はすごいんだ』ってみんなに説明してくれて。エアリスさんも褒めてくれました」
ライトが隣で闇魔法の有用さを説き、エアリスがそれを支持したことで第一部隊内ではかなり理解を得られた。
「エアリスか。お前ら最近仲良いよな」
「はは。そうですかね? 気が合うんでしょうか」
この1ヶ月で第一部隊副隊長のエアリス・フォールとはかなり親しくなった。プライベート中に、サンライズ地区の商店街で出会ったのだ。エアリスもレイも、閃光の騎士グッズの販売店の前でグッズを物色しているところだった。それをきっかけに盛り上がり、仲が深まったのだった。
「気ねえ。俺はいまだにあいつの考えてることがわからないんだが……。うちの副隊長なのに、仲良くなれてる気がしないんだよなあ」
その人、あなたのファンですよ。その言葉を必死に飲み込んだレイは、素知らぬ顔で相槌を打つ。人の好意を勝手に伝えるのは、よくないことだ。
「あの、ライトさん。僕の部屋には絶対に入らないでくださいね?」
「は? どういうこと? 今の話脈絡あったか」
レイの部屋は今閃光の騎士グッズで溢れている。見られないように鍵をかけてはいるが、ライトの腕力ならば意味をなさないだろう。まあ、こじ開けて中に入るようなことはしないだろうが。
「いや、話を変えたんです。いいですか? 絶対に入らないでくださいね」
「わかったよ。そもそも鍵ついてるし入れないだろ? 全く、年頃ってやつか? 見られて困るものなんてないだろうに」
あるんです。なんて口に出すことはしない。
「プライベートは大切ですからね。ライトさんもエアリスさんにあまりちょっかいかけたらダメですよ」
「ちょっかいなんてかけてないだろ。全くお前ら、本当にいつのまに仲良くなったんだか」
なんとなくだが、エアリスはレイのことを姪っ子みたいな感じで見ている。甥っ子ではなさそうだ。なんとなく。
「秘密です」
「……まあいいよ。それで、騎士の仕事は慣れてきたか?」
いつまでも展開しない話を切り上げて、話題を変える。
「はい。だいぶ。でももっと頑張らないと。せめて丸一日くらい魔力が保つようにならないと、ライトさんの足手纏いになっちゃいますね」
今のままでは、魔力の総量が足りない。練度も足りないし、効率も良くない。もっと鍛えて魔力量を増やして、より高度な魔法を覚えたい。
「全然足手纏いではないけどな。むしろ唯一無二の戦力だ。レイの魔法のおかげで、俺もだいぶ負担が減った。何より寝なくても良くなったのが本当に素晴らしい」
「いや、睡眠は取ってくださいよ。僕の魔法だって万能じゃないと思いますし、何より人としてやっちゃいけない気がします」
レイの〈
ただ、失った魔力だけは回復しないので、魔力ポーションの在庫はまだ家に大量に残してあるのだが。
「お前の魔法は素晴らしいよ。本当に。闇属性への迫害なんてもんがなくなれば、どいつもこいつもレイを欲しがる世界になるんだろうな」
「うわ、なんかそれも嫌ですね」
100年に1人の闇属性使い。その正しい使い方が知られれば、その価値は計り知れないものだろう。なんせ、ポーションなんか比較にならないほどの癒しの力があるのだから。
「でも、僕は強くなりたいです。怪我した人の治療ももちろん大切なことですけど」
「そうか。なら今度、レイ主導で討伐依頼でも受けてみるか? 俺はしょっちゅう違う依頼が来るからレイとは一緒に行けないが、エアリスあたりに頼んでみるか」
「え、いいんですか?」
「そろそろな。お前もだいぶ強くなってきたし、魔物との実戦もどんどんこなさないと」
「やったあ!」
レイ主導で、ということは、作戦段階からレイが考えるということになる。魔物の特性を考え、周囲への被害の恐れを勘案してその都度その魔物に適した討伐方法を考えるのだ。騎士の仕事はただ魔物を倒すことではない。人々を、ひいては王国の財産を守ること。
「まあ、1人でやるわけじゃない。他の騎士が助けてくれるだろうから、最初は大船に乗ったつもりでやってみろ」
「はい! がんばります!」
見習い騎士1ヶ月にして、いよいよ任された大仕事。ライトの期待に応えるためにレイは立ち上がり自分を鼓舞する。
「さて、魔力は回復したか? そろそろ行くか」
「行きましょう」
2人は黄金の残光とともに王都の空に消える。空の太陽は分厚い雲によって隠された。
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