第10話 『失敗、決裂、すれ違い』その1


 レイと第一部隊の騎士2人の計3人のパーティで、森の近くの草原を歩いていた。ここはトワイライト地区の西部の田舎だ。


 王都は王城を中心に環状に町並みが広がり、5つの地区に分かれている。中心から『サンライズ地区』、『モーニング地区』、『ヌーン地区』、『トワイライト地区』、『ナイト地区』だ。各地区それぞれ5キロほどあり、王都全域の端から端までは約50キロほどある。


 中心から『ヌーン地区』までは割と整備された街並みが広がるが、『トワイライト地区』と『ナイト地区』は中心地以外はあまり整備されていない。見渡す限りの森や草原が広がっているような場所が多い。だから魔物の出現も多いし、治安もそれほどいいとは言えない場所だった。


 レイたち4人はサンライズ地区の騎士団本部から2時間ほどかけてこのトワイライト地区西部の森まで来ていた。それぞれ馬に乗っている。


「オークの群れが出没したというのは、この森のようですね」


 レイがパーティのみんなに声をかける。ここに来るまでに、依頼者からは話を聞いている。なんでもオークは5体ほどの小規模の群れで、この森に巣食っているとのことだ。


「それで、どうすんだ? 今日はお前がリーダーなんだから、ちゃんと指示をしろよな」


 赤い髪の騎士がレイにぶっきらぼうに言い放つ。今日は本当はエアリスを誘ったのだが、彼女は副隊長の身。多忙のために本部を離れることができなかった。なので今日は代わりの者たちと一緒に来ていた。レイの初仕事の同行者として、自ら名乗りを上げてくれたのだ。


「そうよ。ライハルト隊長とエアリス副隊長にあれだけ可愛がられてるんだから、オーク討伐くらい楽勝でしょう?」


「は、はは」


 茶髪の騎士が嫌味ったらしく言う。レイは、この2人から好かれていないことに気づいていた。ここに来るまでの道中でも、彼らは先輩風を吹かしてレイに文句ばかり言ってくるのだ。まあ、それでもレイの依頼に自ら名乗りをあげて着いてきてくれた人たちだ。悪く思うのは筋違いだろう。レイはこれも人付き合いの練習だと思って、2人の嫌味を受け流す。


「それでは、僕を先頭に森に入ります。馬はここに置いていきましょう。魔法の使用は、身体強化魔法以外は極力使わないようにして、森を傷つけないようにします。ただし、オークの群れが想定以上に多かった場合は別です。優先は、一体も逃さないこと。村へ逃げていくことがないようにしっかり討伐しましょう」


「わかった。まあ、当然の指示だな」


「いいわ」

 

 騎士2人は頷く。文句を言ってこないということは、レイの指示はどうやら及第点を超えているようだ。そのことにホッと一息つくレイ。ただ、これからが本番だ。


「それでは、森に入ります」


 森は足場が悪い。木の根っこや枝を避けながら進んでいく。魔物の痕跡はすぐに見つかった。


「足跡ですね。奥に続いているようです。数は2つ。とりあえず追ってみましょう」


 魔物の痕跡を辿って、森の奥の方に進んでいく。その先に少しひらけた場所が見えてくる。


「崖になっていますね」


 足跡は、崖の方へと続いている。その近くには、結構細い道だが崖の下へと続く道がある。足跡はそちらに続いていた。


「崖の下にオークがいるのか?」


「そう、だと思います。オークは洞窟を棲み家にすると言いますから、この下に洞窟があるのかも」


「ふーん。よく知ってんなそんなこと」


 討伐依頼を受けるにあたって、オークの生態はレイなりに勉強してきた。そんなレイに赤髪の騎士は面白くなさそうな目を向ける。


「うわ、高いわね。ここから落ちたらひとたまりもなさそー」


 茶髪の女性騎士が崖下をのぞいて身震いする。崖はかなり高く、50メートルほどある。もしここから落ちたら、身体強化魔法をかけていても助からないだろう。その景色にレイも体が冷たくなる。


「迂回しますか。もしこの道でオークに出会ってしまったら危険です。遠回りにはなると思いますが、どこかに道があるはず」


 レイがそう提案すると、騎士の2人は無表情で黙り、レイをじっと睨みつける。


「え、えっと? 僕、何か変なこと言いましたか?」


 指示を間違えたかと不安になるが、いくら考えても何が間違っていたかわからない。そんなレイを見て、2人はぷっと吹き出す。


「『僕、何か変なこと言いましたか?』だって。マジでムカつくわ。この男女」


「え」


「無能野郎が。大した実力もないのに俺らに指図してんじゃねえよ」


 2人のあまりの物言いに、レイは衝撃を受ける。


「僕が至らないのは事実ですし、無能だと言うのは認めます。ですが、僕の人格まで否定するのは違うんじゃないですか? 文句があるなら、僕の仕事ぶりに対して言ってください」


 レイはどうにか言い返す。2人は流石に言いすぎている。

 

「あのさー。そういうんじゃないんだよ。わかる? わたしらあんたにムカついてんの。第一さ、闇魔法使いがなんで騎士に混ざってんのさ。気持ち悪い。人類の敵だろ? お前は」


 彼女はもはや悪意を隠さない。その形相にレイは一歩怯む。


「隊長も副隊長もお前が騙してるんだろ? 知ってるんだぜ。闇魔法には人を洗脳する魔法がある。本当に胸糞悪いよ」


「そ、そんなことできない」


「嘘をつけ。他の奴らも言ってたぞ。お前が洗脳魔法を使って騎士団に取り入ってるって。じゃなきゃ、お前みたいな無能がライハルト隊長の弟子になれるわけがない」


「ちがう!」


「何が違うのさ。聞けば王国副団長まであんたと親しげに話してるらしいじゃない。ただのガキがそんな有名人ばっかりとつるめるはずがない。正体はわかってるんだよ!」


「僕はそんなことしていない! 洗脳魔法なんか使えない!」


 聞く耳を持たない2人に、レイは必死に弁明する。レイは洗脳の魔法なんて使えない。使えるのは唯一〈再生リペア〉のみ。でも、レイの言葉はもはや2人には聞こえない。


「どのみち、闇魔法使いなんて死んでも誰も困らない。害悪の象徴。ここで死んでしまえ。やれ」


「〈ロックバレット〉」


 女騎士から茶色の魔力がほとばしり、周囲の地面から拳大の岩がいくつも放たれる。


「何を!」


 レイはどうにかそれを回避する。が、一つの岩が革鎧の肩のあたりに突き刺さり、体勢を崩す。


「ぐう!」


「死ね」


 胸部に強い衝撃が加わる。目の前には赤髪の騎士が近づいてきていた。レイは自分の胸元を見る。そこに見えるのは赤く染まった騎士剣。赤髪の騎士が放った突きがレイの心臓を貫いていた。


「ぐ、ああ」


「〈バーストエッジ炎の剣〉」


 轟音と共に、騎士剣から炸裂した炎の爆発がレイの体を吹き飛ばす。炎に焼かれながら空中に放り出されたレイは、そのまま崖の下へと落ちていく。


「ふん。あっけない」


「ちゃんと死んだ?」


 2人は崖の下を覗く。が、森に隠れてよく見えない。


「あれで死んでなかったら、化け物以上の何かだ。例え魔族だとしても生きてるわけがない」


「それもそうね。でも、死体は? もし誰かに見つかったら」


「魔物たちが食っちまうよ。この下にはオークがいるんだろう?」


「あ、そっか」


「帰るぞ。あいつは弱かったから魔物にやられて死んだ。そういうことにする」


「わかった」


 2人は満足し、来た道を引き返していく。その顔には一切の曇りなく、喜色だけが浮かんでいた。


 ――――――――――――――――


「あぐ、ああ」


 黒い魔力が渦巻き、傷ついた体を癒していく。レイの体が傷つくと自動で発動する魔法。それは、レイが意識を失っていても問題なく発動した。闇の魔力がレイの失った体を形成し、修復する。


「あ、あ?」


 目を覚ます。自分の体を見て、顔を顰める。革鎧は傷つき使い物にならない。上半身は何も着ていない状態になっている。ライトからもらった髪染めの魔道具は落下の衝撃で壊れ、髪は本来の黒髪に戻ってしまっている。


「ひどいこと、するなあ」


 その顔に感情はない。明確な悪意。久しく味わっていなかったそれを真っ向から受けたレイは、消沈していた。でも、殺されたにも関わらず、それに対する怒りの感情は生まれなかった。


「やっぱり、そうだよね。僕が思い上がってたんだ」


 闇属性で生まれ、今まで迫害され続けて生きてきた。だから、これくらいのことは慣れている。このくらいのことをされたのは、今日が初めてではないから。


「僕は化け物、なのかな、やっぱり」


 きっとそうなのだろう。この1ヶ月、騎士たちとはそれなりに有効な関係を築いてきたつもりでいた。でも、そんなものは幻想だった。


「僕が騎士になるなんて、バカげた話だったんだ」


 夢を見ていた気分だ。今思うと、なんてバカな夢。


「僕のことなんか、誰も認めない」


 浮かべるのは、絶望の表情。でも、そんなこと最初からわかっていたことなのに、なんで今さらそう思うんだろう。


「ライトさん」


 彼の存在を頭に浮かべる。そう、彼だけは僕を認めてくれた。心から、純粋に。だから、僕はこの世界に生きていてもいいんだと、そう思えた。


「ライトさんも、僕を化け物だというのかな」


 でも、今はそれさえも信じられない。いつか心が変わって、ライトさんすらも僕のことを怖がるのかもしれない。そう思うと、心が張り裂けそうになる。


「とりあえず、会いたいな」


 会って話がしたい。そして、彼は今の僕になんて言うだろうか。ボロボロの鎧を脱ぎ捨て、歩き出した。そこに、オークが5匹、やってくる。


「あ、やっぱりいたんだ。ここに」


 洞窟の中から出てきたオークたち。手には武器を持っている。対するレイは丸腰だ。荷物は全部どこかにばら撒いてしまったらしい。


「依頼はこなさないと、困る人がいるもんね」


 なんでもないように、オークの群れに向き直る。


「そうだよね。ライトさん」


 憧れた背中を頭に思い浮かべて、レイは口元に笑みを作った。

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