『失敗、決裂、すれ違い』その2


「どういう、こと?」


 第一部隊副隊長エアリス・フォール。彼女の耳に飛び込んできたのは信じられない知らせだった。執務室の椅子から立ち上がり、机から書類がこぼれるのも構わず報告をしにきた2人の騎士の元に行く。


「はい。もう一度報告します。私たちはトワイライト地区西部へとオーク退治に赴きましたが、そこでレイは魔物にやられて死亡しました」


「なぜ!?」


 女騎士からの報告に、普段のエアリスからは考えられないほど表情を歪ませて叫ぶ。その声は悲痛に満ちていた。


「そこまで危険な任務ではなかったはず。彼の実力なら何も問題ないと判断した。……何が起こったの?」


「その、彼の実力が足りていなかったものと思われます。私たちもまさか、オーク如きに遅れをとるとは思わず……」


「なぜ守れなかったの」


「いやその、今回のリーダーは彼で」


「だからなに? レイはまだ見習い騎士だった。リーダーといってもあくまで経験を積ませるための仮のものだった。だからあなたたちに着いて行かせたのに。それで、彼の遺体は?」


 少しだけ落ち着きを取り戻したエアリスだが、その悲しみの表情は未だ抜けない。今回の依頼は、死人が出るようなものではなかった。エアリスにとってその報告は青天の霹靂だった。


「あ、その。遺体は回収できませんでした」


「どうして? まさかあなたたちもオークに遅れをとったとでも言うの? 何か問題が起きたの?」


 矢継ぎ早に繰り出す質問に、女騎士はしどろもどろに答える。


「あその、私たちは問題なく勝てましたが、その」


「戦ったところが崖だったのです。レイの死体は崖の下に落ちてしまって」


 赤髪の騎士が助け舟を出す。


「そう。なら捜索を出さないと。まだ生きている可能性もある」


「いやいやいや! それは必要ないかと」


 少し上擦った声でエアリスを引き止める女騎士。捜索はまずい。レイの死体がもし見つかれば、胸の傷や炎魔法を使った形跡で誰の仕業かバレてしまう。そんな女騎士の様子に違和感を覚えたのか、エアリスの眼光が鋭くなる。


「なんで、そう思うの?」


「あ、あの」


「崖はかなり高く、助かる見込みはまずありません。それに、あそこにはオークがいます。遺体はすでに食われてしまっているかと」


 再び助け舟を出す赤髪の騎士だったが、その言葉にエアリスの眉がぴくりと動く。


「オークが、いる?」


「あ」


 失言を悟った赤髪の騎士は慌てて口を押さえる。だがもう遅い。


「オークは討伐したのではなかったの? 一体どう言うこと?」


「あ、あの! まだいたのです! オークが! 崖の下にもう一つ群れがあったのです!」


 慌てて弁明する赤髪の騎士。そこに、ガチャリと扉が開いて誰かが入ってくる。


「どうした。騒々しいぞ。何かあったのか」


「ラ、ライハルト隊長」


 珍しく本部に立ち寄っていたライトが騒ぎを聞きつけやってきたのだ。ライトは2人の騎士に詰め寄るエアリスを見て、目を丸くさせる。


「なんだ。何があったんだ。お前たちは、レイと一緒に討伐任務に行ったはずじゃ」


 今日の朝、レイが目の前の2人の騎士と共に騎士団本部を出発するのをライトは見ていた。だから、この2人がここにいて、レイがいないというのはおかしい。


「ライハルト隊長。この2人が、レイは死んだと報告してきました」


「は?」


 ライトの頭に、まるで鈍器で殴られた時のような衝撃が走る。


「そんなわけ、ないだろ……」


 絞り出すような声になる。そんなこと、信じられるわけがない。


「本当です! 本当なんです! 目の前であいつが死ぬところを見たんだ!」


「そうよ! 生きてはいません。私も見ました。崖の下へと落ちていくところを」


 その言葉に目の前が真っ暗になる。本当に死んだと言うのか。なぜ。今回の任務はそんな危険なものではなかったはず。


「隊長。この2人の証言に少し違和感があります。裏があるかと」


「なんだと?」


 エアリスの言葉にライトの顔が歪む。


「お手数をかけますが、依頼場所の森まで、レイの捜索をお願いしても?」


「すぐにいく」


 エアリスの言葉を聞き切る前に、ライトは執務室の窓を開けて飛び出す。残光を残して。


「どこだ、レイ!」


 光の速さで瞬く間に森へとやってきたライトは、レイの痕跡を必死に探す。上空から見ると、一箇所開けたところがあった。しかもそこは崖になっている。


「あそこか!」


 崖の上に降り立つ。そこには戦闘の跡があった。土魔法を使った跡が地面に残っている。そして、崖のふちのあたりには焦げたような跡。


「まさか、この下か?」


 下を覗くと、そこには森が広がっているだけで何も見えない。ライトは無造作に飛び降りる。


「なぜ、なぜ俺は、様子を見にこなかったんだ!」


 ライトの光魔法を使えば、定期的にレイの様子を見に来ることができただろう。レイの初仕事だから邪魔をしないようにと遠慮していたが、今思えばなんてバカな判断だっただろう。たかがオーク討伐と、レイの実力を過信して油断してしまったのだ。相手は魔物だ。何が起きるかわからないのに。


「レイっ!!」


 地面に降り立つ。落下の衝撃で地面にヒビが入るが、ライトの体にはなんの痛痒も感じない。周囲を見回すと、脱ぎ捨てられた革鎧と血溜まりが目に入る。


「ああ!!」


 ライトはそこに駆け寄る。血の量からして、明らかに致死量を超えている。革鎧もよく見るとボロボロで、ところどころが焦げている。


「レイ。すまない。レイ……」


 遺体は見当たらない。もしかしたら魔物がもう食べてしまったのかもしれない。ライトの目には涙が溜まっていき、こぼれ落ちそうになっていく。


「何が『閃光の騎士』だ。くそったれ。とんだ役立たずじゃないか。大切な時には何もできない。守れなかった……」


 悲しみが溢れ出す。堪えきれずに溢れた涙は握りしめた革鎧を濡らしていく。無力感に打ちのめされる。


「ライトさーん!」


「は、なんだよ。幻聴か? 都合がいいな。しっかりしろよライハルト」


 レイの声が聞こえ、ライトは幻聴を聴くほど打ちのめされている自分を鼓舞する。


「ライトさーん! ここですよー!」


「は?」


 今度は鮮明に聞こえるレイの声に、ライトはキョロキョロと視線を巡らす。すると、洞窟の中からこちらに駆けてくるレイの姿を発見した。


「ええ? レイ、なのか」


「はい! そうです」


 その姿は血でぐちゃぐちゃだ。上半身は裸で、鍛え上げられた体が顕になっている。黒い髪は血で染まり、全身が血みどろの臓物で彩られている。


「お、お前、それ大丈夫なのか」


「あ、これ全部返り血です。オークを倒した時にちょっと……。でも、素手でやってやりました! ボコボコに! ちょっとギリギリでしたけど……」


「お、おう。すごいな」


 曇りない顔で無邪気に笑うレイに、ライトはひきつった笑いを浮かべる。何はともあれ。


「無事。なんだよな? 本当に良かった。本当に、本当に」


 涙が再び溢れそうになるのを必死に堪える。レイの目の前で泣くのは、なんだか恥ずかしい。


「一度殺されましたけど、生き返りました。僕の闇魔法のおかげです」


「なんだと? どういうことだ。何が起きたか詳しく話してみろ」


 あまりに物騒な物言いに、ライトは思わず聞き返す。


「あ、えっと。一緒に来ていた騎士たちにですね。心臓を貫かれて死んだんです、僕。でも、自動発動する僕の魔法あるじゃないですか。ライトさんも知ってますよね? あれが発動して傷が癒えたんです」


「ちょっとまて、お前今、騎士たちに殺されたと言ったか」


「ええ。そうですよ?」


 きょとんとして首を傾げるレイに、ライトは詰め寄る。


「お前と一緒に来た騎士たちに殺されたんだな。あの2人に」


「は、はい」


「よくわかった。なるほど。あの戦闘痕、焦げた革鎧。そういうことか。証拠は十分に揃っているな」


 土魔法の形跡に、火魔法の形跡。冷静になって考えてみれば、どちらもオークが使わない魔法だ。証拠は揃っている。


「帰るぞ。レイ。その前にお前はこれを着とけ」


 ライトは着ていた赤いマントをレイに被せる。王国の紋章が描かれた、騎士のマントだ。それを頭から被ったレイはにっこりと微笑む。


「いつかと同じですね」


「ん? ああ。そうだな」


 レイが誘拐され、それをライトに救ってもらった時。あの時もこうしてマントをかけてもらった。レイは嬉しそうにマントの端を握りしめる。


「帰りましょう。ライトさん」


「ああ。だがまだ終わっていない。お前をそんな目に合わせた奴らを裁かないとな」


「あー。僕はもう気にしてないんですが」


「バカ。何いってんだよ。ほら、行くぞ」


 レイはライトの背中に乗る。なんだか久しぶりな感じがする。背中から伝わる感触は騎士鎧のゴツゴツだけだが、レイは確かな安心感を覚えた。

 

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