『レイヴン』その3


 ライハルトの腕の中でひとしきり泣いた少年は、我に返り腕から離れる。


「す、すみません。僕」


「少年。君はその黒髪と、能力によって苦しめられてきたんだろう。それはきっと俺の想像を絶するものだったんだろうな」


 優しく、ライハルトが語りかける。


「だが、俺が素晴らしい能力だと言ったのも本当だ。『閃光の騎士』がいうんだ。間違いないだろ?」


「は、はい。その、ありがとうございます」


 少年が少しだけ微笑む。初めて自分を怖がらないでくれた人。初めて自分を助けてくれた人。……初めて自分のために怒ってくれた人。少年は初めて、心から信頼できる人物に出会った。


「しかし、あの騎士たちはやりすぎたな。必ず厳しい処分を下しておく」


「き、厳しい処分って、どんな?」


「よくて騎士の資格剥奪。もしくは国外追放になるな。あとは炭鉱で生涯強制労働あたりか。当然だろう。一市民をよってたかって暴行したんだから。俺も証人になる。有罪は免れないさ」


 騎士の人員がごそっと減ってしまうが、仕方がない。あの場にいた者の顔は全て控えてある。懐から一枚の紙を取り出す。


「俺の〈光魔法 〉を使えばこんなこともできるんだ」


 そこに写るのは、あの場で少年をよってたかって暴行していた現場の写真。犯行を確信した時に撮ったものだ。これがあれば言い逃れなどできはしない。


「だが、しまったな。あの場にいない者でも暴行をした可能性はあるのか。詳しく取り調べをしないといけないな」


「ちょ、ちょっと待ってください。僕なら大丈夫ですから、その、無かったことにはできませんか?」


「はあ? お前、奴らを許すのか? あれだけされて?」


 ライハルトは信じられない思いで少年を見る。少年は少しバツが悪そうに苦笑いをしている。


「その。僕は〈闇魔法〉使いですし、怖がられてもしょうがないので。今までも似たようなことはされてますし」


「ダメだ。それは違うぞ。それが普通だと思うな」


 この少年は、迫害されることに慣れすぎているんだろう。少年の中での自分の価値が低すぎて、自分がされたことの重大さに気づいていない。


「まあいい。それはとりあえず後でゆっくり話すとして」


 ライハルトはゆっくりと立ち上がる。長い時間座り込んでいたからか少し足が痺れている。軽くポンポンと埃を払うと、少年に向き直る。


「お前、うちに来ないか? どうせいくあてもないだろう?」


「え?」


 突然の言葉に、少年の口がぽかんと開く。


「ああいや、もちろん嫌なら断ってくれて構わない。ただちょうど、家事をやってくれる奴がいたらなと思ってたんだ。それにお前の〈闇魔法〉。そんな優秀な魔法を腐らせておくなんて勿体無い。あ、もちろん金の心配ならいらないぞ。家事をやってくれるならだが、どうだ?」


 ライハルトの言葉が少年の頭に染み込むのに、少し時間がかかった。今まで生きてきて、全く馴染みのない言葉だったからだ。「あなたの家においてください」なら何度も言ってきた。「気味の悪い化け物」も何度も言われてきた。そしてその度「この家を出ていけ」と言われて生きてきた。


「僕を……家においてくれるんですか?」


「ああ、そう言ってる。別に悪い話ではないだろ? 俺の家も散らかってる訳じゃないし、部屋も余ってるからな」


 田舎の一軒家なだけあって、建物も土地も広い。ちょうど1人で持て余していたのだ。


「でも、今日会ったばかりの僕を信用できるんですか?」


「人を見る目は確かな自信がある。言っておくが同情とかじゃないぞ? 単純にお前のその能力を買ってるんだ。闇魔法があれば、ポーションを買う必要もなくなるかもしれないしな」


「ポーション?」


「ああ。あれは怪我を治すだけじゃなくて、疲れ目とか肩こり、腰痛にも効くんだよ。効果はものすごいんだが、その分毎月の出費もデカくてな……」


「ぷっ」


 真面目な顔で貧乏くさいことを言うライハルトがおかしくて。王国一の騎士、『閃光の騎士』の印象とかけ離れていて。思わず吹き出してしまう。


「あは、あはは、あはははは!」


「おいおい、こっちは大真面目なんだが」


「ご、ごめんなさい。でも、『閃光の騎士』も肩こりとか腰痛とかで悩むんだなって思ったら、おかしくて」


「そりゃあ、俺だって人間だからな」


 きらりと流れる涙を指でぬぐって立ち上がり、少年はライハルトに満面の笑みを向ける。


「僕でよければ、お願いします」

 

「決まりだな。ああ、そういえば自己紹介をしていなかった。俺の名はライハルト。ライハルト・セインだ」


「はい知ってます、『閃光の騎士』様。僕は、レイヴンです」


「レイヴン? そうか……」


 ライハルトは一度目を閉じる。そのまま少し考え、口を開く。


「それなら、レイだな。今日からお前をレイと呼ぶ」

 

「レイ?」


「これから一緒に住むんだから、愛称くらいあってもいいだろ? 俺のことは『ライト』でいい。親しい人はそう呼ぶ」


「愛称……いいですね! それではライトさんと、呼ばせてもらいます」


「これからよろしくな、レイ」


「よろしく、お願いします。ライトさん」

 

 2人は手を握り合う。少年、レイは久しぶりに心から笑う。いや、ここまで幸せな笑いは初めてかもしれない。


「あー。俺は仕事があるんだよな。とりあえず家まで送るから、俺が帰るまで待っててくれるか?」


「あ、そうですよね。わかりました」


 レイが返事をすると、ライトは急に背中を向けて屈む。


「乗れ」


「え? な、なにを」


「いいから」


 その言葉に押されたレイは訝しみながらもライトの背中に乗る。まさかこのまま走っていくのか?


「なるべく遅く行くが、声を出すなよ。舌を噛む」


「は? あ、あのライトさん、一体何を」


 突如ライトの全身が輝き、眩い光が当たりを照らす。光が晴れた後には、黄金の鎧を纏い、黄金に輝くライトが現れる。背中にいるレイはあまりの光量に目が眩んで視界が真っ白に染まっている。


「行くぞ」


「え、なに」


 そして地面を大きく蹴ると、音もなく瞬時に上空はるか高くに飛び上がる。


「んぅゔぅううう!!!!」


 あまりの重力にレイは音にならない絶叫を上げる。口を開きたくても開くことなどできなかった。おまけに視界はいまだに真っ白だ。何が起きているのかがさっぱりわからない。突如経験したことのない浮遊感に襲われると、直後に横向きの重力がものすごい力で襲ってくる。わけもわからないままでいると、いきなり地面に降ろされる。


「わっ」


 チカチカする視界がようやく開けてくる。どうやらここは、どこかの一軒家の玄関前のようだ。そして目の前には普通の騎士鎧に戻ったライトの姿。


「ゆっくり来たつもりだったんだが……早かったか?」


「は、早いなんてもんじゃない! 死ぬかと思いました!」


「はっはっ。なんだ、大丈夫そうだな」


 愉快そうに笑うライトに、軽くため息をつく。


「ここが我が家だ。そして今日からはレイ、お前の家でもある」


 両手を広げて言うライト。そして目の前の家。あの『閃光の騎士』が住むとは思えないほど質素な造りだが、安心感のある家だ。


「いい家ですね」


「だろ? 気に入ってるんだ」


「ライトさん。本当にありがとうございます。僕を助けてくれて」


「いいって」


 ライトはなんでもないように言う。レイはその姿を眩しそうに見つめる。


「じゃあ、さっそく案内しよう。入ってくれ」


「はい」


 2人は家のドアを開ける。これから、新しい生活が始まるのだった。

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