第4話 『2人の家』その1


「ここがリビングだ」

 

 ライトの家に入ったレイが最初に思ったことは、「この家何もない」だった。玄関の靴箱には靴が2足置いてあるだけ。置物の類などは一切ない。家に上がり廊下を進んだ先にリビングがあり、扉を開くと窓際にポツンと一つベッドが置かれていた。ベッドの上には小さな置き時計が一つ。そのほかには家具らしいものはないし、飾りものなどもない。一見すると空き家かと思うほどだ。


「生活感ないなあ」


「そうか? まあ、あまり家にいることもないからさ」


 ポツリと感想をこぼすレイに答えるライト。2人はそのまま部屋を進み、何気なく台所の方に向かう。そこには最低限の調理器具は置かれていたが、そのほとんどが未使用だ。フライパンには焦げ目一つなかった。


「これ、絶対料理してないですよね」


「あー。一応自炊のためにと思って買ったんだが、したことないな」


「やっぱり」


 次に目をやるのは、台所の奥にある冷蔵庫だ。


「すごいおっきな冷蔵庫ですね。これ」


「だろ? これは高かったんだ」


 光沢のある黒で塗られた大きな冷蔵庫。これほどのものは一般家庭にはまずない。レイが前仕えていた商人の家にさえここまでのものはなかった。


「あの、開けても?」


「いいぞ。大したものは入ってないけどな」


 ライトの了承を得て、扉をスッと開ける。次の瞬間に目に飛び込んできたものに、レイは言葉を失った。


「お、おお……」

 

 中に入っていたのはポーションの山。巨大な冷蔵庫を全て埋め尽くさんばかりに積まれたそれは全てウェールシャー製の高級ポーション。赤と青のポーションが綺麗に半分に分けられている。その数はもはや店の在庫かと思うほど。


 ふと冷蔵庫の横にあった二つのゴミ箱に目をやる。一つにはポーションの空き瓶がぎっちりと積められていて、もう一つには何か携帯食料のようなものが入っていたであろう箱がこれでもかと山積みになっていた。


「わ、わああ」


 異常すぎる光景を目にしたレイは思わず後ずさる。震える手で冷蔵庫の扉をゆっくりと閉め、ふぅとため息を吐く。


「これ、不健康すぎるでしょ」


「ん。何か言ったか?」


「いえ、何も」


 首を傾げるライト。


「あとは、二階だな。こっちにきてみろ」


「あ、はい」


 その後、廊下の階段を登り二階にも行ってみる。二階には2部屋あったがどちらも何も置かれていなかった。どうやらこの家の家具はあの冷蔵庫とリビングに置かれたベッドくらいのようだ。


「こんな感じで、俺はリビングで寝てるから2階の部屋はほぼ使ってない。レイの好きな方を使うといい」


「あ、ありがとうございます」


 レイは内心、物があまりになさすぎる家に戦慄を覚えていたが、それを押し殺す。やはり王国最強の騎士なんて呼ばれている人は、変わり者なのだろうか。


「次は風呂場だ」


 二階を見終わったあと、ライトは一階に戻って風呂場を案内する。脱衣所にはクローゼットが置かれていた。この家で発見した三つ目の家具だ。


「ここが風呂場。シャワーは一応お湯が出る。温度は調節効かないから水をだして自分で調節してくれ」


「お湯が出るなんて、ありがたいですね」


 レイの身分だと基本的に水浴びだ。それも最近は全くできていなかった。自分を見下ろす。ボロボロの服。埃まみれの体。こんな姿で家の中をうろつくのは流石に申し訳ない。


「入ったらどうだ?」


「え」


「着替えならクローゼットの中にある俺のを使えばいい。サイズはさすがに大きいだろうが、着られないことはないだろ」


「えっと、お言葉に甘えていいでしょうか」


「ああ。その間に俺はなんか食べ物を買ってくる。この家には今何もないからな」


「あ、何から何までありがとうございます……」


「いいって。じゃあ、またな」


――――――――――――――――


「ふうっ」


 お風呂から上がったレイは、今はライトの服に着替えていた。白のシンプルなTシャツに、紺色のズボン。どちらもダボダボでサイズが合っていないが、ベルトでどうにか押さえている。ボサボサだった黒髪は今はツヤツヤに輝き、汚れた体も綺麗になっている。長かった前髪を分け、顕になった顔は非常に整っていた。黒い瞳に大きな目。幼さの残るその顔立ちは中性的だ。男性的な体つきを衣装で隠し、声を発さなければ少女に間違われそうだ。


「お、上がったか。スッキリしたじゃないか。というか、見違えたな。お前、男だよな?」


「なに言ってるんですか。というかライトさん、早いですね」


 レイはそんなに長風呂した覚えはなかったが、すでにライトは買い物から帰ってきていた。部屋には袋が置いてある。


「光魔法でちょちょっとな。俺は速さだけなら誰にも負けない自信がある」


「それを買い物にまで活かすのは、ライトさんくらいでは……」


「ほらこれ」


 ライトがスッと差し出したそれを見て、一瞬レイは戸惑う。そこにあったのは小さな髪飾り。銀色のシンプルな装飾が施されたものだ。


「女性用ではあるが、なるべく男が使ってもおかしくないものを選んできた。髪染めの魔道具だよ。その髪で外に出たりするのはちょっと難しいだろ?」


「あっ。いいん……ですか?」


 髪染めの魔道具。単なる髪飾りと違って魔法が込められている分かなり高価なはずだ。レイが以前使っていた、1番安価なものでも5万Gゴールドもした。


「ないと不便だろ。そのままじゃ外出もまともにできない」


「確かに、そうですが」


 レイが1人で外出するのは、正直厳しいだろう。黒髪は目立つ。また誘拐されるかもしれない。


「これからうちの家事をしてもらうんだから、それは必要経費ってやつだな。レイにやってもらいたいのは、この家の家事全般だ。掃除に洗濯、料理、日用品の買い出しとかだな。でも外に行くのに黒髪は危険だし目立つ。だからそれは必要、だろ?」


「そう言われてしまうと、受け取らないわけにもいかないじゃないですか」


 髪飾りを手に取る。シンプルながらなんだかおしゃれだ。少し躊躇いながらも、手で束ねた黒髪を髪飾りで留める。するとその瞬間、髪飾りを中心に髪の色が黒から白へと変わっていく。レイの黒髪は一瞬にして白一色に変化した。


「わ、すごい」


 鏡を見ると、眉毛やまつ毛の色まで白になっている。これならばレイが闇魔法の使い手だと思われることはまずないだろう。


「だいぶ印象も変わるな。白い髪は無属性の証だ。それなら基本属性を使えなくても目立たないと思って」


「ありがとうございます」


「あと、布団も買ってきた。2階においてあるから夜は使ってくれ。服なんかはサイズがわからなかったから、後で自分で買ってきてくれ。それとこれはメシ」


 置いてあった袋を開け、中から食料品を取り出していく。サンドイッチ、葉に包まれた串焼肉、保存の効きそうなパン、果物。ぐううと大きなお腹の音が鳴る。


「あ、あはは。そういえば、しばらく何も食べてないんですよね。安心したらお腹減ってきたな」


 レイは前に仕えていた商人の家を追い出されて以降、何かを口にした覚えがない。あれから何日経ったかは記憶がないが、空腹も喉の渇きも限界だった。


「ちょうどよかった。好きに食べるといい。飲み水は冷蔵庫にあったはず」


 ライトが冷蔵庫から水を取り出し、レイの前に置く。


「さて、そろそろ俺は仕事に戻らなきゃだ。もし買い出しに行く時は金はこの財布から出してくれればいいから」


 無造作にポイっと投げられた財布を慌ててキャッチする。こんなに簡単に人に財布を預けるなんて、この人大丈夫だろうか。


「あ、じゃあ、家事でもして待ってます」


「まずは自分の身の回りのものを整えていいぞ。夕飯も今日は買ってきてあるし、給金とかについても話し合わないとだよな。そのあたりはまた時間があったら打ち合わせしよう」


「わ、わかりました」


 とは言っても、これからお世話になる身だ。できる範囲のことはやっていこうと思う。


「それじゃ、また」


 ライトはそのまま玄関から外に出ていった。1人残されたレイはふう、とため息を一つつく。


「食事もしていかないで行っちゃった。嵐のような人だったな……。この家に何も置いてないのも、仕事が忙しくてほとんど帰れてないからなのかな」


 リビングをもう一度見渡す。よく見るとベッドはかなり高級そうだ。そして大量のポーションを置いておくための巨大冷蔵庫。


「病的な仕事人間、なのかも」


 導き出した答えに納得したレイは、ライトが置いていった食料の中からサンドイッチに手を伸ばし、口に運ぶ。中にはレタスとたまごが挟まれていた。


「おいしい」


 

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