『銀幕の騎士』その3


「行ってしまったか……」


 アクアラーグの港にて、『銀幕の騎士』クライス・メイタルは空に走る残光を眺めてそう呟く。彼女の周囲に集まって来た人々もそれを眺めて残念そうに声を上げる。


「アクアラーグの民たちよ。『閃光の騎士』の力添えにより、この町の脅威は消え去った」


 クライスの言葉に注意が集まる。


「Sランクの魔物という恐るべき脅威を前にして、この町に特に被害なく勝利できたのは彼の力があってのことだろう。まずは彼に感謝を捧げよう」


 その言葉に大きな歓声が上がる。クライスと共に戦う『閃光の騎士』の姿は、人々の目に焼き付いている。


「今日はこの勝利を祝して宴を開こうと思う。知っているか? ドラゴンの肉は……美味いんだ」


「「うおおー!!」」


 一際大きな歓声が上がる。魔物の肉など基本的には食えたものではないが、いくつか例外がある。中でも、ドラゴンの肉は超高級食材として知られている。今回討伐したシードラゴンの肉もそうだ。あの巨体であれば、街の人々に十分に行き渡る。


「騎士の諸君。貴様らに命令だ。速やかにドラゴンを回収し素材の解体作業に入れ。夜までに間に合わせるように」


「そ、そんな無茶な。明日1日かけても終わるかどうか……」


「あ?」


 クライスの眼光が鋭くなり、視線がプレッシャーを帯びる。それを受けた騎士たちは一歩たじろぐ。


「間に合わせろ軟弱者ども。貴様らは鍛え直さねばならないな。明日からは覚悟しておけ。もう一度ドラゴンが来た時にも蹂躙できるほどの実力をつけてもらうからな」


「は、はいいい!」


 息が止まるほどのプレッシャーを受け、騎士たちが一斉に動き出す。


「それとそこらに散らばっている魔物どもも片付けておけ。貴様らは『閃光の騎士』のおかげで楽ができただろう? 体力は有り余っているだろうからな」


 クライスの言葉に絶望の表情を浮かべる騎士たち。その様子を見ていた市民の人々はそんな騎士たちに哀れみの視線を送っていた。


 ――――――――――――――――


「ふう」


 後処理を部下に任せた後、『銀幕の騎士』クライス・メイタルはアクアラーグの町にある家に戻って来ていた。宴まではまだ時間がある。それまで休みに来たのだ。


「おかえりなさいませお嬢様」


 家のメイドたちがクライスにお辞儀をして迎える。クライスの実家はこの町の中でも有数のものだ。先祖代々続く名家。メイタル家の名は有名だった。


「ああ。ご苦労」


 家に入り更衣室に向かう。中に入るとメイドたちがクライスの着ている鎧を脱がしていく。そこに1人の人物がやって来て、ドアを開ける。


「おかえりなさい。クライスちゃん。すごい戦いだったじゃない。怪我はなあい?」


 上品な佇まいの女性だ。茶色の髪は肩まで伸び、目元は柔らかく、優しそうな印象を与える。歳は40代くらいだろうか。


「かあさま。ちゃん付けはやめてくれないかと何度も言ってるだろう。気が抜ける」


「あ、そうだったわね。ごめんなさいね? それで、怪我はないかしら」


 鎧を脱いだ後のクライスの体をジロジロと眺める。鎧の下にはシャツを着ているが、体のラインがわかってしまう。


「怪我はしていない。だからあまりジロジロ見ないで」


「心配なのよ。我が子だもの。でもよかったわ。家の屋上から見ていたけれど、とってもハラハラしたわ。なんともなくてよかった」


 クライスの母は、戦いのあと毎回こんな感じで聞いてくる。心配性なのはわかるが、アクアラーグの筆頭騎士であるクライスにとってはそれが少し煩わしい。


「かあさま。私は一応この町の騎士隊長なんだ。いつまでも子供扱いしないでほしい」


「あらごめんなさい。わかったわ」


 あまり悪びれてない様子で言う母に、少し不満げな顔をするクライス。こういった反抗的なところが母にクライスの反抗期を思い出させ、子供扱いさせる要因になっているのだが、本人はそれに気づかない。


「それにしても、『閃光の騎士』様はかっこよかったわね。見てほら。商店街にグッズが売ってたのよ。さっき見つけて、買って来ちゃった!」


 そう言って母が取り出したのは、『閃光の騎士』の似顔絵が描かれたタペストリーだ。剣を構えるライハルトの横は「悪党どもに容赦はしない」というセリフが添えられている。


「そ、それは」


 クライスが少し引き攣った顔でそれを見る。


「これ、人気すぎてなかなか入荷されない希少品なんだって。今日たまたま入荷したらしくて、少し高かったけれど買っちゃった。描かれている絵も本人そっくりらしいんだけど、どうかしら。あなた目の前で本人を見たでしょ? 似てる?」


「ああ。まさに写したようにそっくりだ」


 そのタペストリーに描かれた絵はライハルトの姿を精巧に真似て作られている。普通に売っているグッズはもう少しデフォルメされていたり、似ていないものが多いのだが、これはかなり出来がいい。人気だというのも頷ける。


「そうなの! すごくカッコいいのね〜。 実はこれもう一個買ったんだけれど、クライスちゃんはいる?」


「わ、私は……」


 2枚目を取り出す母に、クライスは戸惑いながら目を泳がせる。


「そう、だな。せっかくだからもらっておこうかな。希少なものだと言うし。一度は共闘までした戦友のグッズ。私が持っていても不思議ではないよな」


 母の持つタペストリーに手を伸ばし、それを受け取る。布地を汚さないように上部の紐を持つ。

 

「うん? まあ、そうねー。クライスちゃんはいいわね。あんな人と同僚なんだから。たくさん会えるものね」


「王都の騎士とはあまり関わることはないよ。まともに話したのも今日が初めてだし」


「そうなの。残念ね」


「それじゃ、私は部屋で休むよ。今日は魔力を使いすぎた」


「あ、そうよね。ゆっくり休んでね。クライスちゃん」


「うん」


 もはやちゃん付けにツッコむことも忘れ、自室に向かうクライス。懐から鍵を取り出すと、ドアの鍵穴に差し込む。ガチャリと音を立てて扉が開く。


「ふふ」


 パタンと音を立てて扉が閉まり、鍵を閉める。壁のスイッチを押すと火の魔道具が起動して明かりがつく。照らされた部屋の中には、さまざまなグッズが置いてあった。


「ふふふ」


 クライスは楽しそうにくるりと回り、部屋の壁にタペストリーをかける。


「ずっと欲しかったタペストリー。まさかかあさまが買ってくるなんて」


 ニコニコ顔でそれを眺める。このタペストリーの他にも、部屋には『閃光の騎士』グッズが飾られている。テーブルの上にはライハルト人形が5体。その全てが違う種類だ。そしてベッドの上には12体のライハルトのぬいぐるみ。壁にはライハルトの似顔絵。タオルやうちわも飾られ、バッジ、コップ、バッグ、さまざまなグッズが置かれている。ベッドシーツとカーペットとカーテンは金色の布地が使われており、目には非常に優しくない。


「どこにも売ってなかったのになあ。物欲があると手に入らないって本当ね」


 タペストリーを指でなぞる。といっても触れはしない。汚れでもしたら大変だ。触らないように慎重に。


「ああ。私今日変じゃなかったかしら。私にしてはかなり上手に話せたわよね」


 今のクライスの表情は、年相応になっている。普段は騎士として、メイタル家の長子として気丈に振る舞っているが、素の彼女はかなり表情豊かだ。その振る舞いはまさに名家のお嬢様だ。


「ライハルト様。まさか会えるなんて……」


 金色のカーペットに膝をつき、タペストリーに向かって祈りの体勢を作る。クライスにとって、ライハルトは憧れの人だった。実はファンクラブにも入っている。集まりがある時は変装をするし、言葉遣いなども違うので全くバレていない。家族にさえもこのことは隠している。クライスのこの部屋を見られたら、『銀幕の騎士』のイメージが崩れてしまう。


「本当に、お強かった……。私を守ってくださった。一緒に戦ったなんて、まだ信じられない」


 夢のような出来事だった。シードラゴンのブレスから守られた時など興奮しすぎてハイになってしまった。


「ライハルト様の私服姿も初めて見た……Tシャツも着るんだなあ。すぎる。ふふ」


 記憶を思い返し、ニヤけて阿呆なことを言う。騎士をやっている時のクライスからはその姿はまるで想像できない。


「しかも……ふふ。ライハルト様ってお酒弱いんだ。意外」


 唯一の弱点なのかもしれない。そんな情報を知ってしまった自分が何か特別な気がして嬉しくなる。ベッドに倒れ込み、足をバタつかせる。


「はあー。今日は最高だったな」


 憧れの人とたくさん話して、次に会う約束までしてしまった。そんなことがあっては、もはや戦いの疲労も心地よくすら感じる。ライハルトのぬいぐるみを一つ手に取り、にっこりと微笑む。


「またすぐに会えるかな?」


「ああ。会えるさ」


 似ていない声真似をしながらぬいぐるみに喋らせる。そのあまりの似ていなさに自分で笑ってしまう。


「私も、もっと強くなって、いつか」


 あの人の横で、並び合ってまた戦いたい。右手をギュッと握りしめ、クライス・メイタルはその思いを心に決めた。

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