『銀幕の騎士』その2


 王国でも名高い2人の騎士、『閃光の騎士』と『銀幕の騎士』の共闘は高台から見守る人々を大きく沸かせた。2人の行使する魔法はまるで演劇場でのパフォーマンスのように綺麗で、幻想的だ。


「すごい……」


 レイはその戦いに魅入っていた。誰かが本格的に戦う姿は見たことがなく、これほどすごい魔法が存在するのも知らなかった。まるで観劇のようなその戦闘は、しかしこの町を守るために行なわれているのだ。


「これが、騎士……」


 クライスの水晶魔法とライトの光魔法の合体を見て、周囲の人々が歓声をあげる。レイも思わず声を上げてしまった。空に浮かぶ水晶と、その間を走る光。周囲には幾重にも虹が広がり、その景色はまるで神話の中の描かれた戦いのようだ。


「これが、王国騎士、隊長……」


 ライトのことも、すごい人なんだなとは思ってはいたが、この戦いを見るまではあまり実感としてはなかった。


 王国指折りの2人の騎士は、シードラゴンをどんどん追い詰めていき、ついにその頭部にランスを突き立てる。その様子に、人々から大歓声が上がる。


「僕も、僕も……いつか」


 少年の憧れは、誰にも止められない。その静かな決意は、レイの心の中だけにとどまり、その根底に固く、固く残り続けた。


 ――――――――――――――――


「離れろ、メイタル殿」


「む」


 シードラゴンの頭部にランスを突き立てたままのクライスに、ライトが声をかける。その瞬間シードラゴンが暴れるようにのたうちまわり、海面をめちゃくちゃに叩き出す。


「命の灯火が尽きる、最後の抵抗か」


 いち早く離れたクライスがライトの横に降り立つ。


「そのようだ。放っておいても死ぬだろうが、あまり暴れられても困るな。どうするメイタル殿」


「ふ。それならば、私がとっておきをくれてやろう」


 クライスは魔転装術を解除する。水晶で作られた馬は崩れ、体も元の姿に戻る。ランスから戻った杖を振りかざすと、今までの戦闘であたりに散らばった大量の水晶の破片が一斉に空に吹き上がり、集まっていく。


「水晶魔法の中でも、最大の威力を誇る魔法。これまでに生み出したすべての水晶を集め、凝縮し、一つの技をなす」


 シードラゴンの頭上に水晶の破片が集まり、一つの結晶体を作っていく。その大きさはシードラゴンの体を凌駕するほどに巨大だ。


「くらうがいい。水晶魔法最大の攻撃魔法を。〈墜落する結晶体フォールン・アステロイド〉」


 空から巨大な水晶が落ちる。大質量の攻撃は暴れ回るシードラゴンの頭上から絶大な威力を伴って押し潰していく。そして水晶はそのまま、ズズンという地響きと共に海上に突き立った。その下敷きとなったシードラゴンはぴくりとも動かない。


「ふう、終わったか」


 緊張の糸を解いたクライスの耳に、戦いを観戦していた人々の大歓声が届く。後ろを振り返ると、高台には多くの人が詰めかけていた。港にいる騎士たちも、勝利の雄叫びをあげている。


「全く。市民は呑気なものだな。こちらは奴らを守るのに必死だというのに、あんなに喜んで」


 クライスは苦笑を浮かべて言う。


「同意見だな、メイタル殿。だが、あれほど見事な戦いをしたんだ。素直に賞賛されるべきだろう」


「貴殿の力添えあってのことだ。感謝するよ、ライ……その、セイン殿」


「ライハルトでいいさ。さっきもそう呼んでいただろ?」


「ああ……その、戦闘中だったのでつい。では、これからはライハルト殿と呼ばせていただく。私のこともクライスと呼んでくれないか」


 クライスは少しバツが悪そうに照れて言う。さっきまでの凛々しい表情とのギャップに、ライハルトは少し面白く感じる。


「ではそうさせてもらおう。クライス殿。あなたとの共闘、有意義だった」


「そうか。それは光栄だ。私も『閃光の騎士』の実力を思い知ったよ。いつか私もその領域に並びたいものだ」


 クライスは、ライハルトとの実力差を感じ取っていた。先ほどの戦いでは援護をしてもらっていたが、ライハルトであれば単独でも容易くあのシードラゴンを倒せたであろう。クライスとしては華を持たせてもらったようなものだと思っていた。


「私だけではあの魔物を倒せていたか、わからなかった。貴殿がこの町に来ていてくれてよかったよ」


「謙遜を。だがまあ、この町に被害が出なくてよかった」


 クライスが苦戦を強いられていたのは、ひとえにこの町の防衛に力を割いていたからに他ならない。もしその条件がなければ、無傷とは行かないまでも問題なく討伐には成功していただろう。ただその場合はこの町にどれだけの被害が出ていたかわからないが。


「そういえばライハルト殿。貴殿は休暇中ということだったが……」


 高台の方を見る。そこにいたはずの大勢の人々は、港の方に向かって駆け寄ってくる。勝利の喜び、というのもあるだろうが、王国最強とも言われる『閃光の騎士』を一目見ようとする人も多い。今のライハルトは変装も解けてしまっているし、あれに捕まればしばらく旅行どころではないだろう。


「ああ。それどころじゃなくなってしまったな」


「すまないな。せっかく旅行に来てもらったのに」


「いいさ。でもあれに捕まるのは勘弁だな。その前にここから立ち去るとしよう」


 駆け寄る人々の中には、ライハルトの似顔絵が描かれたうちわを持った人や、タオルを持った人などもいる。どうやらこの町でも『閃光の騎士』の名が轟いているようだ。グッズも売られているらしい。

 

「この戦いの功労者をいたわらせてくれないか? 宴を開こう」


「あー。悪いが、やめておくよ。そういうのは得意じゃないんだ」


「そうなのか?」


「俺、酒弱いんだよ。『閃光の騎士』が青い顔して吐いてるとこなんて、見たくないだろ?」


「ふふ」

 

 その言葉を聞いてクライスは吹き出す。その顔は少女のようにあどけなかった。

 

「無理にというのもな。それでは、もしよければ今度あらためて訪ねて来てくれ。私がこの町を案内しよう」


「その時は是非頼むよ。あまり回れなかったから。では、また会おう。クライス殿」


「ああ。また」


 2人は別れを言い合うと、ライトの体が光となってこの場から消え去る。次に現れるのは、あの高台だ。


「わっ。ライトさん!」


 そこにはレイが1人で残っていた。他の人々は全員港の方に向かったらしい。そちらでは突然消えたライトに驚きキョロキョロとあたりを見回している人たちの姿があった。


「レイ。帰るぞ」


「へっ? あの、帰るって」


「〈魔転装術 光の聖騎士ホーリー・ナイト〉」


 実に気軽に唱えられた魔法の極技によって、ライトの体が黄金の輝く鎧に包まれる。


「そ、その魔法、まさか!」


「悪いな。また移動法でいくぞ。舌を噛むなよ?」


 ライトはそういうとレイを担ぎ上げた。お姫様抱っこだ。

 

「ちょっ、ちょっと待って」


「行くぞ」


 金色の発光体が空に向かって飛び上がる。それはスピードを増しながらアクアラーグの上空を通り過ぎ、王都の方角に一直線に伸びていく。アクアラーグの港では、その軌跡の輝く残光を多くの人が眺めていた。


「ぎいいいい!」


 レイの悲痛な声は雲一つない青空の中に消えていった。

 

 

 

 

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