第6話 『銀幕の騎士』その1


 ライトのレイの2人は水族館を出てから、港から離れた高台の方に避難してきた。ここからは魔物の群れがよく見える。そして港にいる騎士たちも。この高台には多くの人たちが詰めかけていた。人々の間にはそれほど悲壮感はなく、これから始まるであろう騎士たちの戦いに興奮した様子の人たちが多い。


「『銀幕の騎士』の戦いが見れるぞ」


「大丈夫なのかよ。すごい数の魔物だ」


「アクアラーグの誇る騎士団があの程度の魔物にやられるわけねえよ。こんくらいの戦いは前にもあったが、クライス・メイタルがいればなにも問題ねえ」


 町民らしき人々が話しているのを横目に、レイはライトに問いかける。


「『銀幕の騎士』ってあそこの先頭にいる人ですよね。一体どんな方なんですか?」


「どんなって……、俺も数えるほどしか会ったことはないが、いかにもな騎士っぽい人物だったな。さっき水晶のトンネルを見たろ? あれを作ったのがクライス・メイタルの祖先だ。彼女も水晶魔法の使い手だ」


「水晶魔法……」


 レイはあまりピンときていない様子だ。魔法の属性には火、水、風、地。そして光と闇があることは知っているが、それ以上の知識はレイにはない。


「基本属性の地魔法から派生した魔法だな。水晶を操るのに特化した魔法だ。まあ、見ていればわかる」


 ライトはそういうと港を指差す。


「戦いが始まるぞ」


 戦いの火蓋は、騎士団の放った魔法によって落とされる。色とりどりの鮮やかな魔法が次々に放たれ空を彩り、魔物の群れがどんどん倒されていく。そして、『銀幕の騎士』クライス・メイタルが放つ水晶魔法は美しく、艶やかだ。水晶魔法が放たれるたびにここにいる人々から歓声が上がる。銀幕の水晶壁クリスタル・ミラージュが発動された時などは大喝采が起きる。


「すごい……あれが水晶魔法なんですね。こんなの負ける気がしないですよ。ねえライトさん……ライトさん?」


 レイが興奮してライトに話しかける。だが、ライトの顔は険しい。


「魔物の動きが……変だ」


「え、どういうこと、ですか?」


「普通、魔物っていうのは群れを成して動くことはない。例外があるならば、統率者がいる場合なんだが……今回の群れには、ボスらしき魔物がいないんだよ」


 魔物は基本単独行動。群れをなす場合は、上位者に従っている場合のみ。それが一般的な魔物の生態だ。


「まだ沖の方にいて、姿を見せていない。ということはないんですか?」


「もちろんその可能性もある。だが、俺にはあの魔物たちが何かから逃げているように見える。これはあくまで俺の勘だけど」


「それって、つまり」


 ライトの言うことが正しければ。レイがそれに思い至るのと同時に、周囲の人々から叫び声が上がる。


「おい! あれ見ろ、ドラゴンだ!」


「ほんとうだ! 沖からでかいドラゴンが来るぞ!」


 ライトの予感が当たる。沖からこの町を目指してやってくるのは、Sランクの魔物シードラゴン。街一つなど軽く滅ぼしてしまうだけの力を秘めた、最悪の魔物だ。


「シードラゴンか!」


「知っているんですか。ライトさん」


「ああ。考えうる限り最悪の魔物だ。下手したらこの街が滅ぶぞ」


「た、大変じゃないですか」


 そうこう言っているうちに、シードラゴンと騎士団の戦いが始まる。状況はあまりよくない。シードラゴンの攻撃をクライスの水晶魔法が防いでいるが、防戦一方だ。端的に言えば火力が足りていない。騎士たちの魔法による攻撃が弱いというよりは、シードラゴンの頑強さが異常だ。魔法の攻撃をものともせず、傷を負ってもすぐに癒える。


「お、おい。やばいんじゃ」


「そんな。『銀幕の騎士』が押されてるのか?」


 水晶で作られた防壁がシードラゴンの攻撃によってどんどん削られる。ついには角を突き立てられ、城壁の一角が完全に崩される。そして、シードラゴンはブレスを放とうと口を開ける。その先にあるのはこの高台だ。周囲の人々から大きな悲鳴があがる。


「俺は行く。レイ、少し待っていてくれ」


「は、はい」


 ライトはかけていたメガネとピアスを取りレイに渡すと、全身から黄金の魔力を吹き上げる。今まで正体を隠すために変装していたが、そんな場合ではなくなった。白髪が金髪に変わり、ライトの姿が一瞬にして光と化して港に移動する。ライトの目下には今にもブレスを吐こうとしているシードラゴンがいた。


「〈光の盾よ〉」


 光を収束させて盾を作り出す。超高温の光の盾は水のブレスを一瞬にして蒸発させる。クライスの方を見ると、ライトを見て驚いたように目を見開いていた。地面に降り立ち、声をかける。


「助太刀に来た」


「『閃光の騎士』ライハルト・セイン」


 騎士たちのどよめきが聞こえる。それはそうだろう。こんなところに『閃光の騎士』がいるなど、普通は思わない。


「王国騎士団第一隊長殿が、なぜこんなところに?」


 クライスが絞り出すような声で言う。第六隊長であるクライスからすると、ライハルトは上官に当たる。


「加勢に来ただけだ。Sランクの魔物相手では人手が足りないだろう」


「戦闘に参加する格好にはとても思えないが」


 今のライトはTシャツに長ズボン、足にはサンダルという格好だ。舐めているのかと言われても反論はできない。


「うぐ……休暇中だったものでね。着替えている場合ではないと判断した」


「いや、救援感謝する。貴殿がそれで問題ないのなら、私も異論はない。ぜひ協力をお願いしたい」


「もちろんだ。それと、今は立場を気にしないで欲しい。ここではメイタル殿の指揮下に入ろう」


 その言葉を聞き、クライス・メイタルの顔に微笑が浮かぶ。


「第一隊長殿を指揮できるとは、光栄だ。それでは、この町の守りをお願いする。あの駄竜は……私が撃滅する」


 自慢のブレスを打ち消され呆然としていたシードラゴンに向けて、クライスは右手の杖を突きつける。


「了解した。この町には傷一つつけさせないと約束しよう」


「その言葉、心強い」


 杖をくるりと振り回し、地面に突き立てる。放たれた薄紫色の魔力があたりに広がると、町の周囲に築かれた水晶の城壁は一瞬にして粉々に砕け散り、その破片が大量に空を舞う。


「我がメイタル家が誇る相伝の技。水晶魔法の真髄を見せてやろう」


 空に舞う水晶の破片が一斉に光り輝く。薄紫色の魔力が吹き荒れ渦を巻き、クライスの元に集結していく。


「〈魔転装術 水晶の騎士クリスタル・ナイト〉」


 クライスの体は魔力に覆われ、その形を変えていく。自身の体を魔力そのものに変える魔法、〈魔転〉。〈魔転装術〉は、それをさらに発展させた、魔法を極めし一握りの猛者だけが到達できる魔法使いの極地。


 クライスの体は薄紫色の水晶へと姿を変え、同じく水晶で作り出された馬に跨る。そして、手に持つ杖にも結晶が集まり、巨大なランスへと変貌する。その姿はまるで水晶の彫刻作品のように、芸術を感じさせる。半透明の騎士は、神話の世界から飛び出してきたかのようだ。


「ゆくぞ」


 クライスの足元から生えた水晶が道となってシードラゴンの元まで伸びていき、そこをクライスの乗った水晶の馬が駆け上がっていく。腰のあたりにはランスを携え、そのまま突撃する。速度の乗った重い一撃はシードラゴンの体を大きく抉った。


「グオオオオ!」


 苦悶の叫び声を上げる。身を捩ったシードラゴンは、尻尾をクライスに向かって叩きつける。大技を放った後のクライスはその攻撃を避けられない。


「〈光の剣よ〉」


 眩い光が輝くと、目前に迫っていた尻尾はスッパリと輪切りにされる。そちらに目をやると、光の剣を携えたライハルトが剣を振り抜いた姿が見える。


「はは。『閃光の騎士』の援護とはこれほど心強いものなのか!」


 クライスが手に持つランスを横なぎに振るうと、シードラゴンの巨体を大きく吹き飛ばす。大きな水飛沫を上げながらその巨体が海に倒れこむ。


「魔物の群れは片付けた。ここからは共闘と行こう。メイタル殿」


 クライスは港にチラリと目を向ける。あれほどいた魔物の群れはすでに殲滅されていた。その光景にぞくりと体を震わせ、興奮する。


「すごい。素晴らしい! これは私も負けてられないな! 背中を預けていいか? ライハルト殿」


「任せてくれ」


 やる気をたぎらせ、クライスは魔力を極限まで活性化させる。その勢いのまま、海から起き上がってきたシードラゴンに再び突撃する。


「〈水晶の輪舞会クリスタル・ロンド〉!」


「〈光よ、穿て〉』


 クライスが足場にしていた水晶が砕け散り、巨大な結晶がシードラゴンに向けて殺到する。とてつもない威力が込められた水晶の一撃一撃が、シードラゴンの体を殴りつける。そこにライトが光魔法を放つ。光を収束させて放たれた眩い光線は、宙に浮かぶ水晶に当たると乱反射してシードラゴンの体を貫いていく。乱反射した光は、プリズムによって虹となり空中を彩る。その景色はとても戦闘の様子とは思えないほど幻想的だ。


「くらえ」


 いつのまにか天に駆け上がっていたクライスが、シードラゴンの頭上から勢いをつけて落下する。体に向けて、天空から突き刺さるランスでの一撃ランス・チャージ

 

「ガアア!」


 悲鳴を上げながらも、シードラゴンは魔力を口に集中させる。ブレスを吐こうとしている。


「〈光の盾よ〉」


 そのブレスはライトの魔法によって防がれ、クライスに届かない。


「ずいぶんとしぶといようだな。後何回その体を抉れば貴様は倒れる?」


 光の盾の向こうからランスを構えたクライスが現れる。その突撃はシードラゴンの頭に直撃し、脳天を深々と貫いた。

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