『港町アクアラーグ』その3


 2人が水晶のトンネルを出ると、館内は騒ぎになっていた。係員が誘導し、水族館の外に出るように呼びかけている。


「急げ! 早くここから出るんだ!」

 

「何があった?」


 呼びかけをしている係員に尋ねるライト。


「魔物の群れが海からこの街に向かってきている。今すぐに館の外に出てくれ。海のそばは危険だ」


「魔物が……わかった」


 事態は深刻のようだ。ここにきていた客たちは皆血相を変えて出口の方に向かっていく。


「レイ。早くここから出よう。お前はケガしないように気をつけて歩けよ」


「わ、わかりました」


 案内に従って外に出る。港の方では多くの騎士たちが集まり、隊を作っていた。海の沖の方を見ると、水面に多くの魔物たちがひしめくのが見える。


「あれは……魚の魔物?」


「低級魔物の群れだな。といっても、ずいぶんと数が多い。町になだれこんだら大変なことになるな」


「それ、まずいんじゃ」


「いや、ここにはあいつがいるはずだからな」


「あいつ?」


「王国騎士団第六部隊長『銀幕の騎士』クライス・メイタルだよ」


 ――――――――――――――――


 港にはアクアラーグの誇る騎士団が集結していた。正式名称は王国騎士団第六部隊。王都の次に重要な拠点であるアクアラーグに設立された、王国直轄の部隊だ。そして、その先頭に立つは第六部隊長『銀幕の騎士』クライス・メイタル。18歳にして王国騎士の隊長に名を連ねる凄腕の騎士だ。


 彼女は一言で言うならば、清廉。立ち姿は凛とし、薄紫色の長い髪はシニョンにして後ろで小さくまとめられている。体は分厚い全身鎧を纏い、右手には大きな杖を持ち地面に突き立てている。鋭い瞳が沖にいる魔物を見据え、威風堂々と佇んでいた。彼女が口を開く。


「我らがアクアラーグを踏み荒らさんとする害獣どもが向かってきている。海を埋め尽くほど数。実に呆れるが……全て雑魚だ」


 苛烈な口調。荒々しく響きわたるその声は、後ろに並ぶ騎士たちの体を震わせる。


「害獣どもを1匹たりとも通すな。我ら王国騎士は民の剣であり、盾である! あの雑魚どもを……」


 彼女、クライスが右手に持つ杖をおもむろに持ち上げ、魔物の群れに突きつける。


「蹂躙せよ」


 怒号のような掛け声が響き渡り、騎士たちが魔法を展開する。隊の最前列から赤色と緑色の魔力が吹き上がる。


「〈ファイアーボール〉!」


「〈エアカッター〉!」


 騎士たちが放った魔法が魔物の群れに殺到する。直撃を受けた魔物たちはその体を爆散させて海に消える。


「〈宝石の棲家ジュエル・コロニー〉」


 クライスの詠唱で、地面から巨大な水晶が生える。その大きさは人の背たけなど大きくこえ、地面から10メートルほどもせりあがる。幻想的なその結晶は光を受け魅惑的に輝く。


「〈水晶の弾丸クリスタル・バレット〉」


 次の詠唱で、巨大な結晶から無数の水晶が放たれる。その一粒一粒はごく小さく、小指の先ほどしかない。だが、放たれるその量はとてつもない。空を埋め尽くすほどの水晶の群れが妖しく光り、まるでカーテンを降ろしたように魔物の群れを覆い尽くす。その中にいる魔物たちは水晶の弾丸に貫かれて生き絶える。その威力は圧倒的だ。魔物の群れの3分の1ほどが一度の魔法で壊滅した。


「まだまだいるな。実に鬱陶しい。総員、合体魔法を使え!」


 魔物は数を減らしつつも、確実に町に迫ってくる。クライスの命令により、騎士たちが再び魔法を展開する。


「〈フレア・アロー〉」


 複数の騎士たちが発した魔力が空中で混ざり合う。合体魔法。異なる属性の魔法使い同士が協力して作り上げるその魔法は、激しく燃え盛る青い炎となって魔物たちに襲いかかる。その威力は、二つの魔法を掛け合わせることによって数倍に高まっている。着弾した魔法は大爆発を起こし、周囲の魔物を蹂躙する。


「隊長。そろそろ上陸する魔物が現れそうです」


「ふむ、思ったより早いな」


 町に迫る魔物たち。陸地に上陸させ、町中での戦闘になればアクアラーグの町に被害が出てしまう。


「私は防御結界を張る。攻撃は貴様らに任せるぞ」


「はい」


 クライスは杖を地面に突き立てると、薄紫色の魔力が地面を伝い海岸沿いに走っていく。


「〈銀幕の水晶壁クリスタル・ミラージュ〉」


 活性化した魔力が伝った地面から、無数の結晶がせりあがる。それはまるで透明な城壁のように海岸を覆い尽くした。上陸しようとしていた魔物たちは、壁に阻まれていくことができない。唯一、クリスタたち騎士隊の目の前の壁だけは空いており、そこから魔物たちが侵入してくる。


「隊長が防御魔法を貼ってくれた! 俺たちは入ってくる魔物どもを駆逐するのみ! ものども、続けぃ!」


 1人の騎士の号令で、魔物との白兵戦が開始する。これからは陸上戦だ。クライスは魔法を行使しているため動くことができないが、他の騎士たちがどんどん魔物を狩っていく。このままいけばこちらには目立った被害なく勝利することができるだろう。


「所詮は雑魚の群れだったか」


「た、隊長。あれを見てください!」


「どうした?」


 クライスが部下の指差す方を見る。海の沖の方だ。そちらの方から何か大きな水飛沫が上がっている。


「あれは……なんだ?」


「た、隊長。メイタル隊長。あれは……ドラゴンです。シードラゴン。Sランクの魔物です!」


「なんだと?」


 近づくにつれ、その姿が露わになる。細長い体、青くしなやかなその体躯は、美しい陶器のような質感だ。体にはいくつものヒレがあり、頭部には巨大な2本の角とたてがみのような体毛が生えている。その体長は20メートルはあるだろう。現れれば一つの街など簡単に滅ぼしてしまうほどの魔物だ。


「今動けるもの! 総員、戦闘体制を整えろ! 魔法の用意を! 距離があるうちにありったけの魔法を叩き込む!」


 クライスの号令で、騎士たちが動き出す。シードラゴンがこの港に着くまではまだ距離がある。町に近づかれる前にどうにか撃退しなければ、どれだけ被害が出るかわからない。


「〈結晶槍クォーツ・ジャベリン〉」


 出現させた水晶の城壁から細長い結晶が生えていく。それはまるで横に生えるつららのようだ。


「撃て」


 有効射程まで近づいたシードラゴンに騎士たちの一斉攻撃が殺到する。火、水、風、地。それぞれの属性の魔法が色とりどりに空を染める。が、シードラゴンが海水を操り作った防御壁に阻まれてかき消される。クライスが放った水晶の槍はその防壁を貫くが、威力は減衰する。シードラゴンの体にかすり傷を与えるだけだった。


「この程度の攻撃では、効果がないか」


 苦い顔を浮かべるクライス。雑魚魔物の群れもいまだに殲滅し切れてはいない。目の前で騎士たちと戦いを繰り広げている。全戦力を上げてシードラゴンに攻撃を仕掛けたいが、それは今の状況では難しかった。


「隊長、ブレスがきます!」


「わかっている」


 シードラゴンが体をくねらせ、その口に魔力を溜めている。その魔力量は膨大だ。あれをまともに受ければ町の損壊は免れない。


 クライスは再び杖を地面に突き立てる。魔力が水晶の城壁を伝って、結晶をさらに成長させる。分厚く、高く。そこにシードラゴンが放った水のブレスが到達する。


 ブレスは薙ぎ払うように放たれ、水晶の城壁をガリガリと削っていく。バラバラと破片が散らばり、海に落ちていく。


「凄まじいな。私の水晶を破壊するか」


 杖を通して魔力を伝えると、大きく抉られた水晶が修復されていく。


「グオオオオオ!」


 ブレスが効果を示さなかったのが気に食わなかったのか、ドラゴンは水晶の城壁に体を叩きつける。巨大なシードラゴンの体当たりを受け城壁の一部が大きく崩れるが、クライスの魔力によってすぐに修復される。

 

「まずいな……このままでは」


 クライスは小声で呟く。水晶の城壁を修復するのに消耗する魔力はバカにならない。本来ならばすぐに攻撃に移りたいが、銀幕の水晶壁クリスタル・ミラージュを維持している以上はあまり強力な魔法を使うことはできない。かといってこの魔法を解いてしまえば魔物の群れによってこの町は壊滅的な被害を受けるだろう。それでは本末転倒だ。


「ありったけの魔法を叩き込め! 隊長ばかりに戦わせるな。町を守れ!」


 部下たちがシードラゴンに魔法を叩き込む。至近距離からの攻撃はシードラゴンに傷を負わせていくが、青い魔力がドラゴンの体を包むと傷が癒えていく。


「水魔法か。厄介な」


 水属性の魔法には体の治癒能力を向上させるものがある。シードラゴンの属性も水だ。生半可な攻撃ではすぐに回復されてしまう。


 2本の大きな角を振りかぶり、水晶の城壁に突き立てる。深々と刺さったその角を大きく上に振り上げると、水晶の城壁は根本から砕け散る。シードラゴンの巨体がすぐ目の前に露わになる。


「隊長!」


 すぐさまブレスを吐く体勢になるシードラゴン。その狙いの先にはクライスの姿があった。その後ろには多くの市民の姿がある。もしブレスを躱したら、その人々が犠牲になる。


「舐めるなよ。駄竜が」


 クライスはわずかに震える手を固く握りしめ、不敵に笑いながら吠える。


「この町を長きに渡り守ってきたメイタル家の長子たるこの私が、お前などにやられる道理はない」


 それは、恐怖を感じる自分を鼓舞する言葉。騎士の矜持を胸に、誇りあるこの名に恥じぬように。固く握りしめた杖を突きつけ、覚悟を決めた視線を目の前の竜に突きつける。


「〈光の盾よ〉」


 シードラゴンのブレスがクライスに放たれた瞬間、黄金に光り輝く大きな盾がクライスの目の前に現れる。


「なっ」


 放たれたブレスは光の盾に弾かれ、空中に霧散する。


「大丈夫ですか! 隊長! こ……これは、光魔法?」


 空中に現れた光の盾はゆっくりと消えていく。こんなことができるものなど、この王国で1人しかいない。


「まさか……」


 クライスは信じられない思いで空を見上げる。そこには1人の人影があった。金色に輝く髪。Tシャツに長ズボン、足にはサンダルというこの場には到底似つかわしくない格好。その人物はゆっくりと地面に降りたつ。


「助太刀に来た」


「『閃光の騎士』ライハルト・セイン」


 クライスの目の前に、王国最強の騎士の姿が現れた。

 

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