『港町アクアラーグ』その2


 港町アクアラーグ。王都アースから南に向かったところにあり、大きな湾に面した町だ。王国の貿易の拠点にもなっていて、海では毎日多くの船が行き交い、陸では多くの馬車が行き交う。城壁に囲まれた中には数々の建物が立ち並び、王国の中でも発展した場所だ。


「うわー。船がいっぱいありますね」


「すごいな。こんな景色が見れるのもここくらいかもしれないな」


 港には多くの船が停まっている。大小様々で、漁船のようなものもあれば大きな客船もある。昼頃だというのに多くの人で賑わっていた。


「さて、まずはどこに行きますかライトさん」


「行き先はもう決まってるんだ。ここにきたならまずは、アクアラーグ水族館だろ」


「さっそくですか。お昼ご飯はどうします?」


「水族館に行けば飲食店がある。そこで腹ごしらえをしてから見てまわろう」


「いいですね! そうしましょうか」


 2人は歩き出す。水族館までは港から少し歩けばすぐだ。海沿いに歩いていくと一際大きな建物が見えてくる。敷地に入ると、巨大な魚の魔物の像が2人を出迎える。


「お、おお。こんなのが海にいるんですか……?」


 大きな口には鋭い無数の牙。凶悪な顔つき。そして何よりその大きさ。見上げるほどに大きなその像は、15メートルはあるだろうか。


「メガロドン。Aランクの魔物だな。この像は実物大で作られたものだ。この水族館の目玉でもある魔物だな」


「え、水族館って、魔物を展示してるんですか?」


「ん? そうだぞ。ここではメガロドンのショーが見れるんだ。俺も小さい時に見たきりだが、すごいぞ」


「メガロドンの、ショー」


 レイは目の前の像を眺め、ごくりと喉を鳴らす。こんな魔物が生きて動いているなんて、想像しただけで恐怖だ。


「一体、どんなショーなんで


「ふっ、意外と冗談も言うんだな。ほら行こう。昼時になると混むから、その前にメシだ」


「えっ。あ、いやそういうつもりで言ったわけじゃ……」


 2人は水族館の中に入っていく。入り口でチケットを買い、ゲートを通り展望台の方に行く。そこにはレストランがいくつもあり、席では食事をする多くの人々がいた。


「すごい。ここからは海が見えるんですね」


 展望台の壁は一面ガラス張りになっている。そこからは海が一望でき、非常に景色がいい。2人は窓際の席に座る。


「レイは何がいい? 俺は海鮮盛りにする」


「僕も同じのにします」


 水を持ってきたウェイターに注文すると、2人はふうと一息ついた。


「長旅で疲れないか?」


「僕は大丈夫です。馬車は快適でしたし。それよりもその、ろくに働いてもないのに僕も旅行についてきてしまって良かったんでしょうか?」


 ライトの執事として雇われたはずのレイだったが、それほど働いている気がしなかった。ライトとはあまり顔を合わせないし、家の掃除や料理などはやっているが、家においてもらっている立場にしては楽していると思っていた。それなのに旅行にまでついて行かせてもらっているのは罪悪感がわく。


「まあ、今回の旅行はあくまで休暇だからな。レイも仕事のことは忘れてくれ。そのあたりのことは帰ったらゆっくり話をしよう。給金のこともだし、業務内容のこともあまり話してなかったし」


「ライトさん、本当に忙しそうでしたもんね。僕としては、家においてもらえるだけでもありがたいですし、給金なんていらないくらいなんですが」


「それじゃ流石にな」


 2人が話していると、ウェイターが海鮮盛りを運んできた。


「ごゆっくりどうぞ」


 目の前に置かれたのは彩り豊かな海鮮がこれでもかと盛り付けられた豪華なプレートだ。添えられた野菜もみずみずしく、特製のドレッシングがふんだんにかけられている。ついてきたスープも魚のあらでとられた出汁がよく香る。食欲をそそる料理だ。


「うまそうだな」


「すご。これ、いただいていいんですか」


 目をキラキラさせるレイに、ライトは少し苦笑しながら頷く。レイは顔だけ見ると少女のような外見だ。ライトはなぜか自分に娘ができたような気分になっていた。


「おいしい! これ、すごく美味しいです。ライトさん」


「気に入ったか?」


「はい。生の魚って食べたことなかったんですが、こんなに美味しいんですね」


「ここで食べる魚は新鮮だからな。王都で生魚を食べるのはやめておけよ? 腹を壊すから」


「そうなんですね。ここでしか食べられないのかぁ……。ほんとに美味しい」


「馬車では保存食ぐらいしか食べられなかったもんな。余計に美味しく感じる」


「ほんとそうですね」


 料理に舌鼓を打つ2人。お腹が減っていたこともあって、すぐに平らげてしまった。


「ふう。腹ごしらえも済んだことだし、行くか」


「水族館の方ですね。どんな感じなのか楽しみです」


 レストランを出て2人が向かうのは、階段だ。下に降りていくようだ。


「あれ、この先って地下ですよね。水族館ってこっちにあるんですか?」


「ああ。この先は海の中だぞ」


「は?」


 海の中。そう言われてレイは頭に疑問符を浮かべる。レイが想像していたのは建物の中に大きな水槽があってそこを魚が泳ぐ風景。だが、この先にある光景はそんな想像をはるかに超えてくる。


「こ、これは……」


 2人が今いるのは、文字通り『海の中』だった。360度どこを見ても海。全面がガラス張りのトンネルの中を歩いているようだ。そして目の前にはたくさんの魚が群れをなして泳ぐのが見えた。


「どうだ、すごいよな。こんな景色なかなか見れるものじゃない」


「す、すごい。けどこんなのどうやって? これ、破れないんですか?」


 あまりにも非常識な出来事に、軽くパニックになるレイ。一体どんな魔法を使ったらこんなトンネルを作れるのだろう。


「かつて、〈水晶魔法〉の使い手であるタナル・メイタルという偉人がいてな。その人物が生涯をかけてこの海のトンネルを作ったんだ。その強度は例えSランクの魔物の攻撃を受けても壊れない。万が一破損しても修復魔法が発動することになっているし、今はさらにそこに防御魔法の結界も貼られている。まず安全だよ」


「そ、それならよかった」


 ライトの説明に納得したレイは、改めて目の前の景色を見る。色とりどりの魚が泳ぎ、縦横無尽に動き回る様はまさしく大自然。


「すごい……。海の中から見える光景って、こんなに綺麗なんですね」


「ああ。ほんとうに」


 2人はトンネルの奥まで歩いていく。この中は広く、道幅もかなり余裕がある。結構な人数がこのトンネルの中にいるが、ゆったりと景色を楽しむことができる。そして、このトンネルは陸地から1キロほど先まで続いていた。


「あ、ここで行き止まりなんですね」


「そうみたいだな。あとは引き返すことになるのか」


「すごい綺麗でしたね。しかもこんなに奥まで来られるなんて」


「仕事での精神的疲労がなくなっていくのがわかるよ。やっぱり綺麗なものっていうのは癒やされるんだな」


「なんか生々しいのでやめて欲しいんですが……」


 その時、目の前の海中から何か巨大なものがやってくるのが見える。


「あれ、なんですかねあれ。なんか、で、でか」


「あれは……」


 悠々と、その圧倒的な巨体を揺らしながらどんどんこちらに近づいてくる。それに気づいた魚たちは一斉に岩陰に隠れ、あたりから生物の気配が消える。


「でかすぎないですか!?」


 近づくほどにわかるその巨体。それは水族館の入り口に建っていたメガロドンの像よりもはるかに巨大だ。おそらくは30メートルを超える。トンネルの中にいた人たちは皆んな驚き叫び、逃げていく。


「クジラだ。こんなとこで珍しいな」


「何を呑気なこと言ってんですか! 逃げましょう!」


 巨大生物を前にしても余裕を崩さないライトの手を掴み、きた道を引き返そうとするレイ。


「大丈夫だ。魔物でもない生物の攻撃などで、このトンネルは崩れない」


「ええ!? いや、でも」


 そうこう言っているうちにクジラは目前に迫っている。この水晶のトンネルに向かって一直線に進み、そのまま激突。


「うわああ!」


 ズズンというものすごい揺れが走る。そのままトンネルが崩れて落ちるかと思いきや、水晶にはヒビ一つ入っていなかった。


「ああああああ……あ?」


「ほら、大丈夫だろ」


 水晶のトンネルに激突したクジラは、そのまま身を翻してどこかに泳ぎ去ってしまった。


「び、びっくりしました。あんなの、怖すぎますって。よく平気ですねライトさんは」


「まあ、職業柄ああいうのには慣れてるから。魔物と比べたら大したことないし」


 魔物。その身に魔石を宿し魔力を持った生物。その凶暴さ、強さは並の生物とは一線を画す。その生態についてはいまいちよくわかっていないが、魔力が濃く集まる場所で出現すると言われている。


「はは。さすがですね。でも、僕もいい経験ができました」


「だが、あのクジラ様子がおかしくなかったか?」


「え? それって」


「クジラがこんなところにまでくるっていうのも少し不自然だ。それに、何かから逃げているような様子だったような……」


「『館内にいる皆さんにお知らせです。緊急事態が発生しました。今すぐに館の外に出てください。繰り返します。今すぐ……』」


 そのとき、トンネル内部に職員の声が響き渡る。


「ライトさん」


「ああ。何かあったみたいだな」


 2人は急いでトンネルの外に出る道を走った。


 そのとき、トンネルの中に水族館の職員の声が響き渡る。

 

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