第7話 『休暇中の2人』その1


「今日から剣の稽古よろしくお願いします。ライトさん」


 今日は休暇3日目の朝だ。アクアラーグから帰ってきた次の日の朝になる。ライトとレイの2人は今家の庭にいた。レイが剣術を学びたいとライトに頼んだのだ。

 

「ああ。しかし、急だったな。どうして剣を習おうと思ったんだ?」


「ええと、その、護身用ですね。いざという時に身を守れないとと思って」


 レイは嘘をつく。本当は昨日のアクアラーグでの戦いを見て、騎士への憧れが生まれたために剣を習おうと思ったのだ。でも、それを口にするのはなんだか恥ずかしかった。


「そうか。強くなるのに越したこともないしな」


 2人は軽く体をほぐす。準備体操だ。腰には訓練用の木剣が装備されている。これはレイの頼みを受けて昨日急遽武器屋に行って買ってきたものだ。


「それじゃあ剣の握り方からいくぞ」


「はい」


 まずは剣を扱う上での基本的なことを教えていく。握り方、構え、剣の振り方。


「あとは、剣術の練習といったら素振りだ。俺の真似をしてやってみろ」

 

 木剣を中段に構え、袈裟斬り、一文字斬りと基本的な動きを素振りで行う。そんなライトの動きを見よう見まねで真似するレイ。最初はぎこちなかったが、素振りを繰り返すうちにだんだんなれてくる。


「いい感じになってきたな。ところで、これは最初に聞いておきたいんだが……」


「はい。なんですか?」


 レイは素振りを止め、ライトに向き直る。


「レイは剣を学びたいのか、強くなりたいのか。どっちだ?」


「へ?」


 ライトに言われた意図がよくわからない。


「剣をいくら極めても、シードラゴンには勝てない。そう思わないか?」


「確かに、その通りです」


 先日見たシードラゴンを思い出す。20メートルの巨体に、恐ろしい威力のブレス。あれは剣術でどうこうできるような魔物ではない。


「レイが剣を学びたいだけなんだったらそれでいい。剣術を教えよう。でも、強くなりたいのならやり方を変えないといけない」


 レイが憧れたのは、あの日見た『閃光の騎士』と『銀幕の騎士』の姿。シードラゴンを相手に圧倒的な戦いをみせる、あの姿だ。だから、答えは決まっている。


「僕は強くなりたいです。どんな魔物でも倒せるくらい。そのためなら手段は選びません」


「そうか」


 レイの揺るぎない目を見て、ライトは何かを感じ取る。その目に宿っているのは決意だ。何があったのかはわからないが、レイの本気をライトは感じた。


「それなら、まずは魔力での身体強化を覚えよう。魔力の活性化のやり方は覚えているか?」


「はい」


「ちょっとやってみてくれ」


 そう言われ、レイは全身の魔力を活性化させる。体の至る所を魔力がぐるぐると循環する。黒色の魔力がレイの体からたちのぼり、魔道具で白になっていた髪色も元の黒に戻る。


「あれ、ずいぶんとスムーズにできるようになってるな」


「アクアラーグから帰ってきてから、昨日の夜ずっと練習してました」


 へへ。とレイが照れたように言った。


「そうなのか。しかし飲み込みが早いな。これならすぐに魔法が使えそうだ」


「ほんとうですか!?」


「ああ。魔法の発動に必要なのは『鮮明なイメージ』と『強い意志』だと言うのは話したよな。活性化ができたなら、もうできるはずだ」


「イメージと、意志……」


「その中でも身体強化魔法はイメージしやすい。自分の体のことだからな。試しにやってみろ。最初は詠唱をするといい。言葉はイメージを強くするからな」


「あ、わかりました」


 レイは集中する。活性化した魔力が、自分の体に一体化し、強くするイメージ。


「〈身体強化〉」


 詠唱した瞬間、吹き上がる魔力が凝集し、レイの体にまとわりつく。

 

「あれ……でき、ました?」


 発動してしまえば、驚くほど呆気なかった。実感が全然湧かない。


「そのまま剣を振ってみろ」


 ライトに言われ、レイは剣を構える。さっき教わったように中段に構え、袈裟斬りで振り下ろす。その瞬間、ブオンという轟音が響き地面の土を大きく舞い上げる。


「ごほっ、ゲホッ」


 埃を吸い込んだレイは咳き込む。それとともに体を包む魔力も宙に霧散していった。


「おいおい、大丈夫か?」


「だ、大丈夫です。ライトさん、僕」


「ああ。できたな」


 先ほどの一撃は明らかに威力が違った。レイ自身自分の放った一撃に驚いている。魔力の伴った一撃は触れてもいない地面を大きく抉っていた。


「それにしても……すごい威力だな。とても魔法の初学者とは思えない」


 その一撃にはライトも驚いていた。魔法を習いたての者が放てるとは思えない威力。腕利きの兵士が全力で放つ一撃にも匹敵するだろう。


「そうですか? 僕、才能ありますかね、へへ」


 頭をかきながら照れるレイ。


「その一撃、まともに当てればDランクくらいの魔物なら一撃で倒せそうだ」


「えっと、Dランクっていうと、例えばどんな魔物が?」


「二足歩行の怪物、オークとか、狼の魔物ハイウルフ、植物の魔物トレントとかだな。Dランクの魔物には並の兵なら5人で討伐にあたる。つまりレイは並の兵よりはもう強いってことになるな」


「ええ!? そ、そんなにすごい一撃だったんですか、今の」


「そうだな」


 魔法を覚えただけでかなりの強さを得てしまったようだ。並の兵士とはいうが、要するに鍛えた大人より強いということなのだから。


「ちなみに、騎士と比べたらどうですかね?」


「ああ。騎士は一応戦闘のエリートだからな。それと比べると、まあさすがに一歩劣るか。基準としては、Cランクの魔物を一撃で屠れるのが騎士の最低基準だからな」


「そ、そうなんですか」


「落ち込むなよ。そんな簡単に騎士の強さに並ばれてしまったら俺たちの存在意義がなくなるじゃないか」


 がくりと落ち込むレイに、ライトが苦笑する。騎士は選ばれし者だけがなれる特別な職業だ。そう簡単にその強さに届かれてしまっても困る。


「それでもすごい魔法だよ。それは普通の身体強化魔法とは違う」


「そうなんですか?」


 レイは気づいていないが、さっき使った身体強化魔法の効果はあまりにも高すぎる。使った魔力量に対して効果がかなり高いのだ。


「俺が思うに、闇属性の魔法は人体に作用する魔法だ。御伽噺にある〈麻痺パラライズ〉や〈猛毒ポイズン〉や〈疫病シックネス〉。そしてお前が使う癒しの魔法。どれも人体に直接作用するものだろ?」


「ああ。確かに、そうです」


 レイ自身も疑問に思っていた。なぜ闇魔法に癒しの力があるのか。御伽噺に聞く闇魔法はもっと最悪の魔法なはずだ。人を害し、病魔を撒き散らす禁忌の術。『癒し』とは程遠い。


「闇魔法の本質は、人体に作用する魔法。だから人を害することも、癒すこともできる」


「そう言うことだな。火魔法が炎を操るように、水魔法が水を操るように。闇魔法は人体を操ることができる。そして、魔力自体に人体に作用するという特性があることで、身体強化魔法を使った時、より効果的に能力が底上げされる。んだと思う。多分な」


「そんなことが。でも、納得です。そうじゃなきゃ魔法を使い始めたばかりの人がいきなり強くなるなんてこと、ないですもんね」


「だけど、やっぱりすごい魔法だよ、闇魔法。そのまま鍛えていったらかなり強くなれるんじゃないか? そういう意味ではレイにはかなりの才能があるってことだ」


 ライトにそう言われ、レイは破顔する。


「ライトさんにそう言ってもらえるとやる気が出てきますね!」


 憧れの騎士に「才能がある」なんて言われれば、調子にのってしまうのも仕方がない。


「今日はまだまだ訓練に付き合ってもらいますよ、ライトさん!」


「お、おう。すごいやる気だな。なんでそんなに強くなりたいのか気になるが……男の子だからか?」


 男子たる者、みんな強さに憧れるものだ。12、3歳の少年なら仕方がないことだと納得したライトは、夕方になるまでレイの修業に付き合った。


 

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