『休暇中の2人』その2


「ついにできた……!」


 ライトとの修行を始めてから4日目の朝が来た。その間にレイの剣術の腕はメキメキと上達し、今では身体強化魔法をかけながらライトと模擬戦をできるまでになった。ただ、ライトは魔力を一切使っていないにも関わらずレイの剣は一度もかすりもしていない。


 そんなレイだったが、剣の修行と家事をしている時間以外は魔法の特訓に明け暮れていた。目的は、身体強化魔法以外の魔法の習得。そして今日、それが身を結び一つの魔法を習得するに至ったのだ。


「ライトさん、ライトさん! できましたよ、ついにできました!」


 今は早朝。2階にある自分の部屋で魔法の練習をしていたレイは、一階に駆け降りリビングのドアを勢いよく開ける。中ではライトがちょうどベッドから起き上がるところだった。


「なんだ? 騒がしいな。……もう朝か。それにしてもちょっと早いんじゃないか。今日も休みだっていうのに」


 時刻は朝6時だ。仕事をしている時ならすでに起きて朝礼に出ている時間だが、休暇中の今はそんなに早く起きる必要はない。ライトは眠そうな目をこすりながらあくびをしている。


「あ、ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃって。癒しの魔法を開発したので、ライトさんにもかけてあげようと思ったんですが……まだ寝てたいですよね」


「ちょっと待て」


 しょぼんと落ち込んで2階に戻ろうとするレイを引き止める。ゆっくりと振り向くレイ。


「かけてくれ。今すぐにだ」


 1週間の休暇を経てかなり体を休めたライトであったが、慢性的な疲労感、肩こりや頭痛、腰痛などは未だ抜け切らずにいた。休暇前に一度倒れるところまでいったのだ。長年の過労で体に負ったダメージは大きい。ここ数日はだいぶ調子が良くなってはきているが、万全とは程遠い状態だった。


「え、でも、寝ていたいんですよね? 早く起こしやがってって、思いましたよね? ライトさん」


 無邪気そうに聞いてくるレイだが、その口角は少しだけ上がっている。意地悪をしているのだ。レイにしては珍しい態度だ。それに気づいたライトであったが、背に腹は変えられない。この疲労感が少しでも癒えるならば。


「いや、もう起きたよ。それよりも、レイが開発した魔法を見てみたい。俺にかけてくれないか」


「あー。どうしましょうか。僕の未熟な魔法をライトさんに見せるのも恥ずかしいですし、せっかくの睡眠時間を奪ってまで見せるものでもないかもしれませんね。あーあ。せっかく開発したんですけどねー」


 意地悪な笑みを見せるレイ。黒い髪を下ろしたその姿は意地悪な少女にしか見えない。


「お前さ、ちょっとおかしくなってない……いいや、なんでもない。頼むよ、レイ。お前の魔法、見せてくれ」


「えー。しょうがないですね」


 レイは楽しそうにライトに駆け寄る。新しい魔法を習得して少しハイになっているのかもしれない。その様子はいつもと違う。こんなテンションのレイは見たことがない。


「さっき自分にもかけましたが、これはすごいですよ。剣の修行でなった筋肉痛が一瞬にして消えました。まるで生まれ変わったようです」


 レイはそういうと、右手を掲げてライトの方に向ける。黒い魔力が吹き上がり、活性化した魔力がレイの右手に集まる。


「僕が開発した癒しの魔法。名付けて、〈再生リペア〉」


 活性化した魔力が鈍く光ると、ライトの体に入り込んでいく。その効果は劇的だ。今まで感じていた疲労感、全身の不調全てが吹き飛んでいく。それは確かに、生まれ変わったようだった。


「お、おおおお。おおおおお!」


 今までに感じたことのない多幸感。体がありえないほどに軽い。頭の中は冴え渡り、視界が一気に開けた気分がする。視覚、聴覚、嗅覚、思考力。その全てが何段階も引き上げられ、まるで今までとは違う世界にきたようだ。


「これはっ! すごいぞ、すごいぞレイ。まるで俺が俺じゃなくなったみたいだっ! いや、違う。今までの俺がどれだけ酷い状態だったか……それがよくわかる」


 ベッドに立ち上がったライトはそのまま語り出す。かなりハイになっているようだ。


「これが、本当の俺! これが本来あるべき姿だったんだ!」


「あ、あの、ライトさん」


 困惑した様子のレイがライトに声をかける。その顔は少し申し訳なさそうだ。


「ぼ、僕、多分魔法を失敗しちゃったみたいで……。この魔法、頭がおかしくなります。ハイになっちゃうみたいで」


 レイがかけた魔法は不完全なものだった。その効果は、身体機能を完全回復させた上で、さらに身体機能にバフをかけるというもの。しかし魔法の調整をミスし、脳の機能にまでバフをかけてしまったことで正気を失うようだ。


 レイは魔力を消耗したことで正気に戻ったようだ。ベッドに仁王立ちするライトを宥めようと近寄るが、それを手で制される。


「失敗? 何をバカな。これは素晴らしい魔法だぞ。俺が今からそれを証明してやる」


「な、なにを」


「〈魔転装術 光の聖騎士ホーリー・ナイト〉」


 嫌な予感がしてライトに手を伸ばすレイだったが、部屋の窓を開けて飛び出すのを止めることはできなかった。


 ――――――――――――――――


「あー。その、レイ。すまない」


 ほんの数分後に戻ってきたライトは、気まずそうな顔で玄関から帰ってきた。


「いえ……。こちらこそ、不完全な魔法をかけてしまって申し訳ありませんでした」


「いや、まあ……。それは後で調整が効くだろうし、素晴らしい魔法だったのは確かだ。あとこれ、お土産。料理の材料にしてくれ」


 ライトが手に持っているものをレイに渡す。


「これは、大きなタコ? イカ? 一体なんでしょう……」


 それは、輪切りにされた大きなタコの足にもイカの足にも見えるものだ。太さは大人の人間の胴体よりもある。レイは両手で受け取るが、ずしりとした重さにバランスを崩しそうになる。


「おっも。ちょ、これなんですかライトさん」


「クラーケンの足だ。ちょっと狩ってきた」


「はあ!? クラーケンって、伝説の海の魔物のことですか!? この数分で!? そんな、ありえない……」


 クラーケンといえば、Sランクの魔物だ。その強さはシードラゴンに匹敵すると言われるが、討伐例はかなり少ない。海のかなり沖の方にしか生息していないからだ。その身は海のどんな生物よりも美味だという伝説が残っているが、嘘か本当か定かですらない。


「シードラゴンと縄張り争いをしてたとこを見つけてな。やられそうになってるシードラゴンを助けたんだ」


「なにやってんですか……」


 ライト以外の人に言われたら何をバカなことをと一笑に付するところだが、この人がいうなら本当のことなんだろうと納得する。というか、手の中にある巨大な足を見たら信じるしかない。


「じゃあ、とりあえず朝食にしますか、これ」


「ああ、よろしく」


 台所に持って行き、包丁で切っていく。このサイズでは捌くのも一苦労だ。


「どんな味がするんだろう……」


 タコなのかイカなのか。それとも別の何かなのか。未知の食材を前に戸惑いながら調理を進めていった。

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