『休暇中の2人』その3


 ライトがとった休暇も残り少なくなってきた。残りの休みは今日を入れてあと3日だ。2人は今日、アクアラーグの町に再びきていた。ライトはもちろん変装済みだ。金色の髪は今白髪に変わり、メガネもかけている。


「久しぶりって感じもしないですが、やっぱりいいですね。海沿いの町っていうのは心が落ち着きます」


「そうだな。それにあの時はよく周れなかったしな。今日はのんびり観光といこう」


 ちなみに、ここに来る手段だがライトの魔転装術を使った。最初はレイが渋ったが、あれほど速い移動手段はない。今ではそれに少し慣れてきていた。


「銀幕の騎士のところには行かないんですか。今度来た時は町を案内してくれるって言ってたんですよね?」


「ん? ああ。社交辞令だろうよ。俺は一応彼女の上司に当たるわけだし、そういう言い方もするさ」


「そうなんですか」


 2人は港の方に向かう。この前大きな戦いがあったはずなのに、港はもう元の姿になっている。いくつもの船が行き交い、平和そうだ。


「大きな被害がなくて、よかったですね。これもライトさんのおかげです」


「大袈裟な。ってわけでもないのか。実際シードラゴンはやばい相手だったしな」


 Sランクの魔物が出たにもかかわらずほぼ無傷と言ってもいい状態の町。それは普通考えられないことだった。この場にライトがいなければ、戦いに勝利はしても街への被害は甚大だっただろう。


「あ、ここら辺は商店街だな」


「見てみましょうか。確か副団長さんにお土産頼まれてるんですよね? 何かいいのがあるといいですね」


 2人がまたこの町を訪れている理由。それはライトが休暇を申請するときにあったウォルター副団長から言われた言葉にあった。


「休暇の最終日にはお土産もって遊びに来いって言われたからな……。手ぶらで行くわけにも行かないし」


 ライトの師匠であり、上司でもある副団長の言葉に逆らう気にはならない。そのためわざわざこのアクアラーグの町に土産物を買いに来たのだ。


「それなら、ここにしかないものがいいですよね」


「そうだなあ」


 商店街を歩いていく。魚の干物がいくつも干してある魚屋。港町らしい、海をモチーフにした雑貨が売られている店。綺麗な貝殻で作られた装飾品や置物。どれもこの町ならではのものではある。でも、副団長に送るものとなると、何がいいのか悩ましい。


「ん? あれ、あの人はもしかして……」


「どうしました? ライトさん」


 ライトが見ている方を見る。そこにはのロングヘアの女性がいた。


「あの人が、どうしました?」


「ああ。あの人、『銀幕の騎士』だ。変装しているが俺にはわかる。魔力の洗練具合が一般人のそれじゃない」


 変装していても、漂うオーラはライトの目からは隠せない。わずかに感じ取れる魔力の質も、強者特有のものだ。


「え、こんなところに? 買い物でもしてるんでしょうか」


「まあ、そうだろうな。そっとしておいてやろう……って、目が合ってしまった」


 向こうもライトに気付いたのだろう。こちらを見てびっくりしたように目を見開いている。


「目が合ったのなら無視するわけにもいかないか……ちょっと行ってくる」


「あ、はい」


 ライトは何かの店の前でこちらをみて呆然としている銀幕の騎士に歩み寄る。向こうもあくまでお忍びだろう。あまり目立たないように声をかける。


「やあ。奇遇じゃないか」


「ら、ライハルト様」


「ん?」


 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だ。ライトが知っているクライスは、もっとこう、声量のあるハキハキした話し方をするはずだ。


「ああ。この姿の時はライトって呼んでくれ。それなら正体がバレる心配はないから」


「ら、ライト……様?」


 さっきと同じ声量だ。なにかモジモジとして、覇気がない。顔も俯きがちで、オドオドしている様子だ。一体どうしたのだろう。


「どうした? 体調でも悪いのか?」


「いぇ、そんなことゎ……」


 今にも消え入りそうな声だ。か細く力ない。


「ああそうか。あなたの場合は声でもバレてしまうからな。大きな声は出せないのか。この町の有名人は辛いな。ところで、何の買い物を……」


 ふとクライスの見ていた店を見る。そこには『閃光の騎士』のグッズが所狭しと並んでいた。ライトはヒュッと息を呑む。


「あの、これゎちがくて……」


 クライスの手元をよく見ると、その手にはライハルトの人形が握りしめられていた。それだけではない。彼女が持つバッグにも、バッジやキーホルダーがじゃらじゃらとくっつけられている。そのどれもが『閃光の騎士』グッズ。


「何やってんですか!」


 ライトの背中が後ろからバシッと叩かれる。振り向くと、そこにはレイがいた。


「その人が銀幕の騎士なわけないでしょ。困ってるじゃないですか。行きますよ」


「え? あ、だって、そんなわけ」


 しどろもどろになるライトの手を引っ張り、無理やり連れていく。


「すみません。連れが失礼を。ほら、行きますよ、ライトさん」


「あ、いぇ……」


 そのまま少し歩き、女性から離れたところでレイはライトの手をようやく離す。


「どう見ても人違いじゃないですか。やってることほとんどナンパでしたよ?」


「あー。そう、なのかあ。そうだよな。人違いか……」


 少し納得がいかないが、人違いだとしか思えない。キャラが違いすぎるし、あのオドオドした態度はあのクライスだとは考えられない。ただ、そうだとすると騎士隊長クラスの魔力を持つものが一般人としていることになるが。


「一般人であの魔力か……。世界は広いんだな」


「何言ってるんですか? ほんと、ライトさんて戦い以外はポンコツですよね」


「ひどい」


 2人は会話しながら離れていく。その様子を眺めていたの女性はふうっと安堵のため息を吐く。


「びっ、くり、した。まさかライハルト様がいるなんて」


 やはり声量は小さい。騎士としている時の凛とした姿は見る影もなく、小動物のような様相でオドオドしている彼女は、まごうことなき『銀幕の騎士』クライス・メイタルだ。今は変装によって薄紫色の髪は茶色へと変わっていた。


「し、心臓が。私のこと、バ、バレてないよね」


 まさかライハルトのグッズを漁りに来ているときに本人に会うとは、夢にも思わなかった。どうやら人違いだと思ってくれたみたいだが、自分のこの趣味を知られたら引かれてしまうかもしれない。それにしても。


「白髪も、カッコよかった」


 髪の色が違っても、彼がライハルトだとすぐにわかった。顔の造形を見れば一瞬だ。


「しかもメガネって。もはや狙ってない?」


 メガネをかけただけでかなり印象が変わる。知的な印象が追加されて、かっこよさの種類がまた違った。


「はあー。まさかこんなところで会えるなんて。でも、さっきの子は誰だろう。妹さん……ならいいけど。歳の差も結構ありそうだったし」


 ライハルトを連れて行った人物。その関係性が気になるが、まあ恋人ということはないだろう。まだ子供といってもいいくらいの年齢だった。


「おい姉ちゃん。いつまでうちの商品持って突っ立ってんだ? 買うのか買わねえのか、どうすんだ?」


「あ、買ぃます……ごめんなさぃ」


 グッズ屋の店長に怒られ、尻すぼみで謝るクライス。オドオドした性格は素だ。人と話すときはどうしてもこんな感じになってしまう。仕事になればスイッチが切り替わるのだが、オフの時はどうもだめだ。


「また、会いたいなぁ」


 銀幕の騎士の呟きは商店街の喧騒の中に消えていった。

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