第8話 『僕は騎士になりたい』その1


 今日はいよいよ休暇最終日だ。外はもう日が昇り、時刻は昼前になっている。ここ最近の朝の日課である、レイとの修行を終えたライトはリビングに置かれたダイニングテーブル――この休暇の間に揃えた家具の中の一つだ――の椅子に座り、何度もため息をついていた。


「はあー」


「あの、ライトさん。早く行ったほうがいいんじゃないですか? 副団長さんを待たせているんでしょ」


 休暇の最終日くらいは遊びに来てくださいね。ライトが副団長に言われた言葉だ。テーブルの上には彼に持っていく予定の旅行のお土産が置かれており、あとは行くだけだ。けれども、ライトの重い腰は上がらない。


「んー。時間までは指定されてなかったからな。夕方ごろでもいいかなと思ってきた」


 ライトの師匠でもある、王国騎士副団長。ライトは彼のことが苦手だった。嫌いというわけではないのだが、これから会うと思うと憂鬱だ。


「いや、きっと待ってますよ? 何でそんなに苦手なんですか。師匠なんでしょう」


 レイはそれが疑問だった。聞けばこれほどの長期休暇をくれたのも彼の師匠である副団長であるというし、悪い人というわけではなさそうだ。なのにライトは会いたがらない。


「いやあ……。なぜって言われても、なあ」


「何ですかそれ」


 煮え切らない態度のライトに呆れて失笑する。ライトにも苦手な人がいるというのも意外だったし、こんな態度も珍しい。


 そんな時、コンコンと玄関のドアがノックされる音が聞こえる。


「あれ、誰だろう」


「郵便かなんかだろ」


「僕、出てきます」


 レイの髪は髪染めの魔道具によって白く変わっている。黒髪は目立つから普段の生活でも寝る時や入浴の時以外では常につけている。闇魔法使いということがバレたら面倒だ。


「はい。どちら様でしょう?」


 ドアを開けた先にいたのは、青髪のオールバックの老紳士。格式の高そうな服装をし、メガネをかけている。右手で杖をつき、左手には手提げ袋を持っていて、まるでどこかの商店に買い物に来た貴族のようだ。その老紳士はレイを一瞥すると、その顔に穏やかな笑みを浮かべる。


「ウォルター・ミーズファルツと申します。今日はライハルトくんに会いに来たのですが、おられますかな?」


「あ、は、はい! 今呼んできます」


 ウォルター・ミーズファルツ。その名前は確か、王国騎士団の副団長の名だったはずだ。レイは慌てて中のライトを呼ぶ。


「ライトさん! 副団長様が来られましたよ!」


「はあ!? ちょ、いま、行きます!」


 中からドタバタと足音が聞こえ、リビングの扉を開けてライトが顔を出す。その表情は少し引き攣っている。


「ふ、副団長。わざわざご足労いただけるとは……」


「やあ。ライトくん。久しぶりですね。休暇は楽しめましたか?」


「お、おかげさまで。ゆっくりできました」


「それはよかった。ああ、今日は私も休暇をとっていましてね。騎士団の副団長としてきたわけではないので、堅苦しくしなくて結構ですよ」


「そうですか?」


「敬語もやめなさい。あなたのことは自分の子供同然に思っているのですから、距離があるようで嫌です」


 まだ小さい頃に親を無くしたライトは、副団長ウォルターに引き取られ育てられてきた。そのため、ライトにとってもウォルターは実の親のようなものだ。


「わかったよ。ウォルさん。でも、わざわざここまで来てくれなくても、今から行くところだったんだぞ?」


「ふふ。そうですか? ライトくんのことだから私はてっきり日暮れごろに来るんだろうと思っていましたが」


「い、いや、そんなことは」


 バレている。ライトは必死に引き攣る顔を隠しながら苦笑いを浮かべる。


「あの、お二人とも。ここでは何ですから、どうぞ上がってください」


 レイが2人に声をかける。


「おや、気遣いありがとうございます。それでは上がらせてもらいます」


 家に上がりリビングに入ると、ウォルター副団長は少し驚いたように部屋の中を見回す。数日前まではベッドぐらいしか置かれていない簡素な部屋だったが、今はダイニングテーブルやソファ、置物や間接照明などのインテリアが整えられたちゃんとした部屋になっていた。存在感のあったベッドも、今は2階の部屋に移動され、ライトは今その部屋を寝室にしていた。


「以前来た時からすると、随分と様変わりしましたね」


「ああ。ここにいるレイが家具をいろいろと揃えてくれたんだ」


 ライトはそういってレイの方に手を向ける。


「レイさん、ですか。初めまして」


「初めまして。ライトさんに家にお世話になっている、レイヴンと申します」


 穏やかに微笑むウォルターに、挨拶を返すレイ。レイヴンと名乗ると、ウォルターは一瞬無表情になってすぐに元の表情に戻る。それに少し疑問を覚えるレイだったが、ライトの言葉で打ち消される。


「レイにはこの家の家事をやってもらってる。行く当てのないとこを俺が拾ったんだ」


「そうでしたか。いやはや、あなたも隅に置けませんね」


「は?」


 ウォルターの言葉に首を傾げるライト。


「同棲相手がいるのなら、早く言って欲しかったですね。2人の家に急に押しかけるなど、野暮なことをしてしまいました」


「いやいや、ちょっとまてウォルさん。何か勘違いしてるな。確かに女っぽい見た目はしてるけど、レイは男だって」


 どうやらウォルターはライトとレイを男女の仲だと勘違いしているようだ。レイの顔は一見少女のように見えるから、無理もないかもしれない。ライトはその誤解を解こうと慌てている。


「男?」


 ウォルターはレイを見て驚いたような声を上げる。レイの体つきを見れば男性のものだとわかるのだが、今はゆったりとした服を着ているためわかりづらい。


「あはは。僕そんなに女性っぽい見た目ですか? 一応男ですよ。筋肉もほら、結構ありますし」


 レイが腕を捲ってちからこぶをつくる。確かになかなかの筋肉だ。ここ最近の剣術の訓練も効いているようだ。


「なるほどそうでしたか。これは失礼を」


「いえ。あの、とりあえずどうぞ、椅子にお掛けください」


「ありがとうございます」


 ダイニングテーブルに着席する。ウォルターは左手に持っていた手提げ袋をテーブルの上に置くと、中から筒のようなものを取り出す。


「実は私、お茶の葉を持ってきたんです。よければどうぞ、レイさん」


「わ、ありがとうございます。こんな美味しそうなお茶」


 レイが受け取ったそれは、サンライズ商店街にある高級喫茶店『ことりのさえずり』の茶葉だ。筒の外装にはおしゃれな模様が彫り込まれており、いかにも高そうな感じを演出している。


「ほら、以前この家にはお茶の葉なんてなかったでしょう? だから今日はライトくんと一緒にと思って持ってきたんです。どうぞレイさんもご一緒に。このお茶は私のお気に入りなんです」


「いいんですか? ありがとうございます! それじゃあ僕はお茶を淹れてきますね」


 茶葉を持って台所の方に消えていくレイ。ウォルターはそれを微笑みながら見送った。


「休暇中、アクアラーグに旅行に行ったらしいですね。聞きましたよ。『閃光』と『銀幕』の共闘のお話」


「え、ああ。もう広まってるのか。そんな話」


 ウォルターが切り出した話題は、先日起きたアクアラーグでの戦いの話だ。ウォルターが知っているということは、そのことは王都まで伝わっているらしい。


「Sランクが出たともなれば、話題性としては大きいでしょう。今王都の市井ではその話で持ちきりですよ。港町に襲来したSランクの魔物を『閃光の騎士』と『銀幕の騎士』が町に被害を一切出さずに討伐したと。あなたもなかなか派手にやったみたいですね? 新たな英雄譚が生まれそうな勢いです」


「そんな、大袈裟な」


「大袈裟などではありませんよ。その戦いの目撃者の中に演劇の関係者もいたみたいでしてね、今『閃光の騎士とシードラゴン』という演目で脚本を書いているそうですよ。予算についてもすでにもう集まっていて、かなり大掛かりな設備を作るみたいです」


「ええ……」


 そんなバカなと思うが、騎士団の副団長であるウォルターが言うならそうなんだろう。だって、『閃光の騎士』に関する商業関係の権利を持っているのは騎士団本部だ。演劇の話も当然そちらに許可をもらいにいくわけで、ウォルターはその責任者でもあるのだから。


「第一、なぜ俺なんだ。あの戦いの主役は『銀幕の騎士』だっただろう。作るなら『銀幕の騎士とシードラゴン』じゃないのか」


「何でも、銀幕の騎士のピンチに駆けつける閃光の騎士を見て今回の脚本を思いついたようですよ。多分、主役もあなたになるように脚色されるのでしょうね」


「ダメだろ、それは」


 ライト自身は自分があまり目立つことは得意ではない。本当なら閃光の騎士グッズとかも売って欲しくないし、そもそも『閃光』だなんて大層な二つ名も、望んではいない。


「まあ、騎士なんてものは戦いがない時は人気商売なところもありますからね。あれこれ担ぎ上げられて、勝手なイメージでもてはやされる。でもそれは平和な証拠ということで、喜ばしいことじゃないですか」


「他人事だと思って……」


 そんな話をしていると、レイがお茶を持ってやってきた。


「どうぞ」


「ありがとう」


 お茶を3人分テーブルに置いてレイも席につく。


「ライトさん。お土産は渡しました?」


「あ、忘れてた」


「おい」


 ライトのポンコツ具合に呆れるレイ。その様子を微笑みながら眺めるウォルター。ライトはアクアラーグで買ったウォルターへの土産物を取り出し、差し出す。


「ほう。これはこれは」


 それはメガネだった。フレームにはアクアラーグの海に生息するジュエルタートルの甲羅が使用されている。それはまるでサファイアのように青く半透明に輝き、海の水面を思わせるような甲羅の模様が美しい。


「綺麗ですね。これを、私に?」


「ああ。かなり悩んだんだけど、どうせなら日常で使うものがいいかと思って」


「嬉しいですね。ありがとうございます」


 にっこりと笑うウォルターに、ライトは一つ息を吐く。どうやら喜んでもらえたようで、安心したのだ。プレゼントを送ったのなんて久しぶりだ。実のところこのメガネはレイに選んでもらったものなのだが、ライト自身もそのデザインを気に入っていた。


「かけてみても?」


「もちろん」


 ウォルターはすでにかけていた銀色のメガネを外し、もらったメガネをかける。青いフレームはまた印象が違って見える。


「どうですか。似合いますかね?」


「ああ、似合ってる」


「素敵ですね」


 朗らかに笑うウォルターとライトの姿は、本当の親子のようだった。



 

  

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