『僕は騎士になりたい』その2
ウォルター副団長が家に来てから4時間が経った。
「随分長い間話し込んでしまいましたね。久しぶりだったのでつい時間を忘れてしまいました」
時刻は午後3時になろうとしている。まだ暗くなるような時間ではないが、結構長い時間おしゃべりをしていたようだ。
「なにか、用でもあったのか?」
ライトが尋ねる。用事でもあるのならあまり遅い時間まで引き留めておくのもまずい。
「いえ、そういうわけではありませんよ。ただ、せっかくの休暇をあまり邪魔するのもね。ライトくん、あなたは少し働きすぎていましたから」
「ああ……」
「今回の休暇を取らせたのも、あなたの体調を心配してのことです。働きすぎて倒れでもしたらと本当に心配でしたよ? まあ、今の様子を見る限りゆっくり休めたようですが」
ウォルターはライトが昼夜問わず働き続けていたのをあまり良く思っていなかったようで、会うたびにライトに小言を言っていた。そのことでライトのウォルターへの苦手意識を生むことにもなったのだが、いまさらの話だ。
「ま、まあな。おかげさまでゆっくりできたよ。レイのおかげでもあるけど」
「レイくんの、おかげとは?」
なにげなく、ポツリと言ったライトの言葉に反応する。
「ん? ああ。レイの魔法のおかげでな。仕事の疲れとかが綺麗さっぱりなくなったよ。むしろ前より調子がいいくらいでな。休暇明けからはバリバリはたらけ……」
「あ、あのライトさん。それは」
「え? あ」
「レイくんの魔法で、ですか」
「あ、いや、それは」
今のレイは髪染めの魔道具によって黒い髪を白髪にしていた。白髪は無属性の証。癒しの魔法を使える水属性は青髪だから、ライトの言葉には矛盾が生じる。ウォルターはレイの頭についている髪留めを一瞥する。
「髪染めの魔道具。なるほどそうですか。そして、『レイヴン』という名前……ふむ」
「ちょ、ちょっとまて、名前がどうかしたのか?」
「レイくん、失礼なことを伺います。あなたのご両親は今どうしておられますか?」
質問するライトを無視し、ウォルターがレイに切り出す。その真剣な眼差しにレイも戸惑う。
「僕の両親は、その。2人とももうこの世にはいません。僕の幼い頃に亡くなったと聞いています。僕は物心ついた時からずっと1人で生きてきました」
「なんと……」
「レイ、お前」
レイの言葉に、ウォルターとライトの2人は絶句する。ライトもレイがどう生きてきたのか、聞いたことがなかった。あまり過去を詮索しても良くないと思っていたからだ。
「僕はとある村で暮らしていました。村人たちは僕に関わるのを避けていましたが、最低限の食料はもらえました。その代わり、水汲みとか畑仕事とか、村の肉体労働をいろいろとやらされましたけど……」
物心ついた頃といえば、3歳か4歳くらいだろうか。そのころから肉体労働をさせるなど正気の沙汰とは思えない。その村人たちはきっと、レイのことを奴隷か何かのように扱っていたのだろう。持って生まれた属性が、闇属性だというだけで。
「『レイヴン』という名は、村人たちからそう呼ばれていたのですか?」
ウォルターがレイに問う。
「はい。そうです」
「それはきっと、あなたの本当の名前ではありません」
「え、どういう、ことですか?」
少し哀しげな表情を浮かべるウォルターに、レイは聞き返す。
「レイヴン。それはとある地方で不吉の象徴を表す言葉です。闇属性を持ち、黒髪で生まれた子どものことをそう呼ぶのです。だからそれは、決して人の名前などではない。決して!」
哀しげな表情はさらに歪み、その顔には怒りが滲んでいる。それは、レイにそんな扱いをしていた村人たちへの怒りだ。
「あなたの本当の髪色は、黒ですね?」
問いかけられ、レイは困惑してライトの方に視線をやる。正直に答えていいのか。そう目で問いかけているのだ。
「レイ。ウォルさんは信用できる。この人は俺の親代わりの人だ。俺はレイを怖がったりしなかっただろ? それはウォルさんの影響なんだ」
ライトの言葉に安心したレイは、頭につけていた髪染めの魔道具を外す。白髪が黒に変わった。
「そうです。僕の属性は闇属性。あなたの言う通りです」
「やはり。そうでしたか……」
ウォルターは力無く呟く。その声は悲痛に満ちていた。
「今まで、よく無事で生きてきてくれました。今日までの道のりがどれほど壮絶なものだったか。あなたのこれまでの人生を思うと、私は……」
「僕は今、幸せです」
ウォルターの同情の声を、ぴしゃりと打ち消す。その後レイは、にっこりと微笑む。
「ライトさんに出会えましたから。僕に居場所をくれたんです」
「ライトくんが」
「誘拐されそうになっている僕を助けてくれて、どこにも行くあてのない僕を家においてくれました。なんの取り柄もない僕に役割をくれました。そして、僕に夢をくれました。騎士になるという、大きな夢を」
迫害され続ける日々から、誰も信じられなくなっている心を救ってくれた。そして、騎士という生き方を。心から憧れるものを見せてくれた。
「だから僕は今、幸せなんです。例え過去がどんなものであろうとも、レイヴンという名前が例えどんな意味を持っていようと。僕は今を生きているんです。だからそんな風に、悲しい顔をしないでください……」
少し困ったように見てくるレイに、ウォルターはバツが悪そうな顔を浮かべ苦笑いをする。
「それは……すまなかったね。そうだね。私が間違っていたよ。勝手に君の人生を決めつけて、憐れむなんて失礼なことをした。許してくれるかい?」
「最初から、怒ってなんていませんよ。ウォルターさんにも感謝しています。僕を思ってくれて、そして」
レイはチラリと、今まで黙っているライトの方を向く。
「あなたがライトさんを育ててくれたおかげで、僕はライトさんに出会えました。本当にありがとうございます」
自分で言っておいて照れ臭かったのか、レイは赤い顔を手でパタパタとあおぐ。ライトはそれを見てニヤニヤと笑っていた。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ライトくんが君を助けられてよかった。そこについては、私で私を褒めたいよ」
「いや、俺をまず褒めろよ」
すかさずライトがつっこみを入れるも、ウォルターからの冷たい視線が送られる。
「騎士として当たり前のことをやっただけでしょう? 見返りを求めるなど浅ましいですよ」
「ひ、ひどくないかそれは」
「ぷっ」
そのやりとりを見ていたレイが思わず吹き出す。
「あ、すいません……。でも、仲良いですよねお二人って」
レイの言葉に顔を見合わせる2人。
「そりゃあ、私の可愛い弟子ですから」
「……」
満面の笑みを見せるウォルターに対し、ライトは無言で少し嫌そうだ。そんな様子を見てレイはまた笑う。
「ところでですね。先ほどのレイくんの言葉に少し気になるところがあったのですが」
「はい?」
ウォルターが少し顔を近づけ、微笑みながらいう。レイは目をぱちくりさせて聞き返す。
「騎士になりたいと。そうおっしゃいましたか?」
「あ、……はい」
先ほど勢いに任せて言った言葉をしっかり聴かれていたようだ。まだライトにも言っていないその夢。どうしようもなく憧れてしまった、その職業に。
「僕は、騎士になりたいです」
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