『閃光の騎士』その3

 トワイライト地区。王都でも外周寄りの方にある地域の街道に喧騒が響いていた。


「オークだ! オークが出たぞ!」


「森の中から出てきやがった。ちくしょう。巡視兵のやつらサボってやがったな」

 

 地面には警備兵たちが倒れていた。幸いにも死者は出ていないようだが、かなり大変な状況のようだ。5人の警備兵の前にいるのは4体のオーク。Dランクの魔物で、本来ならば一体あたり5人で討伐にあたる敵だ。このままでは敗北は必至。


「へへ。どうやら俺たちの墓場が決まったようだな。おいオークども。この先は通さねえ。差し違えてでもお前らをぶっ倒す!」


「家族を守るんだ! 魔物どもを街に入れるな!」


 絶望の状況の中、奮い立つ警備兵たち。するとそこに、キラリと煌めく一筋の光と共に1人の騎士が降り立つ。


「お、おい、あれ」


「ま、間違いねえ。あれは」


「『閃光の騎士』が来てくれた! もう大丈夫だ!」


「おお! よかった! 俺たち……助かるんだ!」


 警備兵たちが口々に歓喜の声をあげる。その声を受けた『閃光の騎士』ライハルトは腰に下げた騎士剣をスラリと抜く。


「おお! 『閃光』が戦うぞ!」


 その瞬間、ライハルトの姿が掻き消え、それと同時にオークたちの首が両断され跳ね上がる。その軌跡には4条の残光があるだけだった。


「す、すげえ! さすが『閃光の騎士』だ! おおい! どこにいるんだ? お礼が言いたい!」


「おい、落ち着け。もう『閃光』はいやしねえよ」


「なんだって?」


 キョロキョロと見回してみるが、確かに彼はどこにもいない。


「次のとこに行ったんだよ。俺たちみたいに、彼に助けを求める人たちのとこへ、な」


「そう、か……。なんだよ、礼くらいさせてくれってんだ。命の恩人なのによ」


「彼にとっては礼を言われるほどのことじゃないってことだよ。『閃光の騎士』。彼がこの王都にいてくれて本当によかった」


「ああ、そうだな……」


 場所は変わり、ナイト地区。王都の1番外周の地域であるこの地区は、冒険者の街として有名だ。この地区の東西南北にそれぞれ冒険者ギルドがあり、その中でも南にある『アース南冒険者ギルド』の建物の中。今日はそこに怒号が響いていた。


「やんのかテメェ! 俺様を舐めてんじゃねえぞ! Bランクの『戦鎚のハング』とは俺様のことよ」


「それがどうした! この我、Bランク『大斧のガガドグ』を知らないとは程度が知れるぞ!」


 2人の大男が喧嘩をしている。原因は小さなことだった。クエストボードに張り出された依頼書を2人が同時に取ってしまったのだ。そして互いに譲らず、その結果がこの喧嘩である。


 この2人、素行は悪いが実力はあった。Bランクといえば冒険者の中でもかなりの実力者だ。そんな2人の仲裁ができるものなど今のこのギルドの中にはいなかった。その場にいた冒険者たちは1人残らず動けず、受付嬢に至っては机の下に縮こまって隠れてしまっている。


「テメェ、どうやら俺の『戦鎚』を喰らいてえようだなあ」


「そちらこそ、我の『大斧』のサビになりたいらしい」


 2人が武器を抜く。これ以上は洒落にならない。冒険者たちは巻き込まれないようにギルドの外に出ようとして、突如、ギルドの扉が開かれる。


「な、あ、あんたは」


 冒険者の1人が声を漏らす。そこにいたのは『閃光の騎士』ライハルト。アース王国最強と名高い騎士、その人だ。


「なんだあ? って、おい、お前はまさか」


「な……せ、『閃光の騎士』、だと? なぜそのような大物がここに」


 今にも殺し合いを始めようとしていた大男たちが呆けて武器を床に落とす。いや、この場にいるものはみな驚きのあまり立ちすくんでいた。


「ここで騒ぎを起こしているものがいると聞き、やってきた」


 静まり返ったギルドの中に透き通るような声が響く。優しい声色だが、それがとてつもない圧力を放っているかのように感じる。


「お前たちの名は?」


「あ、Bランクの、『戦鎚のハング』と、一応呼ばれている」


「わ、私は、Bランクの『大斧のガガドグ』と申す」


「そうか、Bランクの。名は聞いたことがある」


 ライハルトのその言葉に、冒険者たちはごくりと生唾を飲み込む。あの『閃光の騎士』に、Bランクの冒険者の名が認知されている。


「そ、そうか! 俺の名を、『閃光』が」


「光栄なことだ」


「だが、Bランク冒険者ともあろうものたちがギルド内で喧嘩など、あまり褒められたものではないな」


 ライハルトに冷たく見据えられ、2人はびくりと体を震わす。


「名声を得れば得るほど、それに伴う責任がつきまとう。2人には冒険者の模範たる振る舞いをして欲しいものだな」


「す、すまなかった」


「我も、謝罪する」


 2人が頭を下げ合い、和解するのを見届けたライハルトはスタスタとギルドの出口から出ていった。後に残された冒険者たちが一斉に息を吐く。


「や、やばかった。なんだよあのプレッシャー」


「あれが……最強の騎士」


「なんだよ、ムカつくなあ。カッコつけて」


「あれだけの色男じゃあ、嫉妬する気もせんわ」


 2人の大男はいまだに呆然と立ち尽くしている。ライトハルトが出て行った出口を眺めながら口を開く。


「でけえ男だったな」


「ああ。あれが頂か。まだまだ遠いな」


 2人は顔を見合わせる。ふっと笑みが溢れた。そして無言でグータッチすると、今度は大声で笑い合った。


 その後も、王都の各地を閃光が走り回る。魔物を薙ぎ倒し、野党をとっ捕まえ、果ては強盗やスリまでも捕縛し市民を助ける。王都で起きるありとあらゆる事件を次々に解決し、その度にそれを目撃した人々が感嘆の声をあげる。


 王都最強の騎士、『閃光の騎士』ライハルト。彼に救われた人は数知れず、彼の名声はとどまるところを知らず上がり続ける。


 ――――――――――――――――


「ふう。疲れたな」


 いくつもの事件を解決し、人気のない通りに入っていったライハルトは疲れた様子で首を回しながら歩いていた。その様子からは先ほどの覇気は見られない。とぼとぼと言う形容詞が似合うほど気だるげに歩いている。


「毎日毎日何十件も事件を片付けてるって言うのに、よく次から次へと問題が起こるな。この街は。どんだけ治安悪いんだよ」


 悪態をつく彼の姿を街の人が見たら、目を疑うだろう。偽物の『閃光の騎士』だと思うかもしれない。それくらい今の彼からはオーラが感じられない。


「俺があと10人欲しい。でなければ俺くらい仕事のできるやつが。そうすればこんなに忙しくはないはずだ」


 ライハルトの元にはさまざまな依頼や通報、命令がひっきりなしに送られてくる。それは彼が優秀すぎるが故のこと。普通の騎士では対応できないような事件や依頼も、ライハルトなら可能になる。そのため王都のさまざまな人々が彼を頼る。その結果、彼は今忙しさによる疲労、睡眠不足に悩まされていた。


 そんな彼の懐から、ピリリリという音が響く。彼の持つ携帯用の通信機から出る音だ。


「はあ。次は何だ?」


 懐から取り出した通信機を、おもむろに耳に当てる。


「こちらライハルト」


 俯きかけていた背筋をピンと伸ばし、失いかけていた覇気を取り戻したライハルトが返事をする。その内容は、通報だ。近所で子供が攫われたからそれを探して欲しい。事態は一刻を争うと。通信を切ったライハルトは一度大きく肩を回す。


「はあ。まったくこの街は。……仕方ない、行くか」


 大きなため息を吐きながら、コキコキと首を回す。疲労が体に溜まっているが、次の仕事に行かねばならない。休んでいる暇はない。


「〈魔転〉」


 ライハルトが魔法を唱えると、その体を光が包む。いや、その光は体を包んでいるのではなかった。彼自身が


 魔法使いの中でも一握りの者しか習得できない奥義。普段は無詠唱で使用するそれを、やる気を昂らせるためにあえて詠唱する。ライハルトは、詠唱と共に光となって消えていった。後に残ったのは空へと昇る一筋の残光だけだった。

 

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