第2話 『ライハルトという人間』その1


 人身売買組織『太陽の加護』は、ナイト地区西部、商店街の裏通りにひっそりと目立たぬように建っている。表向きは人材斡旋の会社として就職の仲介業を営んでいるが、その実態は闇そのもの。


 王都に住む人々を攫い、他の街や国に売り飛ばすという人身売買を行う犯罪組織だった。その規模は大きく、アース王国も問題視していたが組織の巧みな立ち回りによりなかなか検挙に至ることができていない。


 その『太陽の加護』の建物に、何やら大きな旅行バックを抱えた二人組が入っていった。


「誰にも見られてませんよね?」


「抜かりねえよ。それにしても、今日はついてるな。まさか『黒髪』を捕まえられるとは」


 2人は階段を降りて行く。地下に繋がる階段だ。厳重そうな扉に鍵を差し込み開く。ギイイと重い音を立てて扉が開いた先には、幾つもの牢屋がある。2人はそのうちの一室にバッグを置くと、バッグを閉じていた紐を解く。


「けっ。気味が悪いな。真っ黒の髪なんて」


 バッグに入っていたのは小柄な少年だった。ガリガリに痩せた体にはボロボロの布を纏っている。目を引くのは、その漆黒の髪。肩まで伸びたボサボサの黒髪は、埃で少し汚れていた。今はすうすうと寝息を立てている。


「闇属性の色。私も初めて見ましたが、なるほど、不吉な色です」


 この世界では、髪の色によってその人の持つ魔法属性が決まる。赤なら火属性、青なら水属性といった感じだ。そして、黒色の髪をもつ魔法属性は闇属性。闇属性の魔法は災厄をもたらすとして、この世界の人間には忌み嫌われる色だった。


「でも、魔族にはそれはそれは高く売れますよ。ヤツらにとって黒髪は吉兆の色、ですからね」


「俺としちゃ、早く売っぱらっちまいてえな。闇魔法って言えばあれだろ? 手足を腐らせたり。ひでぇ病気にさせたりするんだろ? あまり近寄りたくもねえよ」


「〈猛毒ポイズン〉や〈疫病シックネス〉の魔法ですね。禁忌とも言われる下法の術。でもまあ、別に魔法を唱えさせなければいいだけです。今は眠っていますしね」


 その時、男たちの声に反応したのか黒髪の少年がむくりと起きあがる。


「あれ、ここは……?」


「おや? 睡眠薬を打ったはずなんですが……。効きが悪かったんですかね」


「お、おっかしいな。あれはまだ仕入れたばっかりだったはずなんだが。不良品をつかまされたか?」


「ひっ!」


 見知らぬ男たちに囲まれた少年はひどく怯えたようすだ。男の1人が懐からムチのようなものを取り出す。


「大人しくしていなさい。そうすれば、痛いことはしません。わかりますか?」


 ムチをばしりと床に叩きつける。少年はそれをみて余計に怯える。


「そこまでだ」


 地下室の中に声が響き渡った。


「だ、誰だっ!」


 後ろを振り返る。するとそこには白銀の全身鎧を着た人物が1人。


「な、なんで騎士がこんなとこにいやがる」


「ま、待ってください。金色の髪、その容姿。ま、まさか『閃光の騎士』……?」


「悪いが、時間をかけている暇はない。騎士団庁舎まで来てもらうぞ」


 腰の騎士剣をスラリと抜く。研ぎ澄まされた刀身には曇り一つなく、鏡のように輝いている。


「くっ。〈ロックバレット〉!」


 男の1人が唱えた魔法により、地下室の壁が無数の石のつぶてと化して撃ち出される。だが、それが当たる直前、突如ライハルトの姿が眩い閃光と共に消える。ガンという音が響いたかと思うと、2人の男たちが地面に向かって倒れていった。騎士剣の腹で頭部を殴られ気絶したようだ。いつのまにか男たちほ背後に立っていたライハルトは騎士剣を軽く振って鞘にしまう。


「す、すごい」


 黒髪の少年はそれを見て目を輝かせる。


「さて、大丈夫かい? 怪我は?」


 優しく包み込むように響く声。ライハルトはそう言うと少年に手を差し伸べる。


「あ、ありがとうございます。大丈夫です」


「そのようだ。よかった」


 少年は手を取り立ち上がる。見上げると、優しく微笑むライハルトと目が合う。その時、この建物の入口のあたりから騒がしい声が聞こえてきた。


「通報のあった建物はここか?」


「そうです。ですが、扉が開いているようですね」


 バタバタと階段を降りてくる音が聞こえる。全員騎士鎧を着た騎士たちのようだ。先頭の騎士がライハルトの存在と床に転がった男たちの存在に気づくと驚いたように声を上げる。


「こ、これはライハルト殿! もうすでに事件を解決していたとは!」


「ちょうどいいところに来てくれた。この2人の連行をお願いしたい。あとこの子の保護も」


 騎士の男は少年を見て、うおっと驚きの声をあげる。黒髪というのはかなり珍しい。男が驚くのも無理はなかった。それを見たライハルトは少年に自分の着ていたマントを被せた。


「これで目立たないだろう。問題はあるか?」

 

「し、失礼を。了解しました。ライハルト殿はこの後は?」


「私にはまだやることがあるのでね。後は任せる」


「わかりました。それでは君、私と一緒に行こうか」


「え、えっと、その」


 少年は怯えた様子だ。黒髪の自分が人目の多いところに行ってもいいのか、不安なのだ。ライハルトは、そんな少年を安心させるように屈んで目線を合わせる。


「大丈夫。騎士たちはみんな優しいから、君を守ってくれるだろう。私もあとですぐに会いに行くから、今日は安心して休むといい」


 ライハルトはそう言うと、鋭い目でチラリと騎士たちを一瞥した。言葉には出さずとも彼の言いたいことはその場にいたもの全てに伝わる。「この子に何かあったらタダじゃおかない」と。


「本当に? ま、待っています」


「あとは我々にお任せください。さあ君、こちらへ。もう大丈夫だよ」


 少し引き攣りながらもにっこりと微笑む騎士に、不安げな顔を浮かべながらも少年は大人しく着いて行く。ライハルトはその様子を見届けると、颯爽と次の現場へと向かうのだった。


 

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