第3話 『レイヴン』その1


 アース王国騎士団の本部はサンライズ地区の南にある。王城からほど近くに築かれ、広大な演習場と5階建ての大きな庁舎を持つ。


 王都の各地区を行き来しているライハルトだが、所属は一応本部ということになっている。本来の担当はサンライズ地区なのだ。そして、王国騎士団第一部隊長という役職も与えられていた。これは王国騎士団長、王国騎士団副団長に次いで高い役職だ。


 時刻は午前6時半、演習場にて朝礼を終えた彼が真っ先にやってきたのは騎士団庁舎の2階だった。休暇の申請に来たのだ。


「あ、ライハルトさん! おはようございます。どうしましたか?」


 受付の女性がにこやかに話しかけてくる。


「おはようダリアさん。休暇の申請に来たんだが」


「休暇ですか。珍しいですね。日にちは決まっておりますか?」


「ああ。来週の水曜日に、頼む」


「来週の水曜日ですね。わかりました。そういえば、副団長が会いたがってましたよ。『最近顔を見せてくれない』って、寂しそうにしてました」


「あー。副団長が……」


 副団長。あの人のことは少し……いや結構苦手だ。あまり顔を合わせたくない。休暇の申請が済んだらさっさとここを出て、仕事に戻らなければ。


「悪いが、任務に忙しくてね。副団長の方にはダリアさんからよろしく言っておいてくれ」


「私に、何かご用ですか? ライト君」


「げ」


 後ろから声をかけられ、思わず変な声を出してしまう。この声はよく知っていた。


「げ、とは酷いじゃないですか。久しぶりに会ったというのに。最近顔を見せてくれなくて、寂しかったんですよ?」


 青色の髪をオールバックにし、メガネをかけた長身の男性だ。年は53歳。目は細く、優しそうな笑みを浮かべている。その上品な所作は貴族の紳士を思わせる。彼こそが、このアース王国の王国騎士団副団長、ウォルター・ミーズファルツだ。


「えっと、その……。それは失礼しました」


「忙しいのはわかっていますとも。毎日朝礼の後にいなくなりますものね? でも、少しくらい可愛い弟子の顔くらいは見たい私の気持ちもわかってほしいと、そう思うわけですよ」


「あ、えと、すみませんでした」


 逃げるようにというか、逃げているわけだが。この人にはバレているみたいだ。じとっとした視線を受け冷や汗が背中を流れる。


「まあいいでしょう。それで、今日は何のご用で?」


「じ、つは、その、休暇を」


「休暇ですか。ああ、ライト君にはいつも頑張ってもらっていますもんね。たまには休みたくなりますよね。それで、いつ頃ですか?」


「その、来週の水曜日に取ろうと思っています」


「ほう……」


 無表情で何度もうなづくウォルター副団長。ライハルトはその仕草に悪い予感を覚えた。こういう時、この人は悪巧みをしている。


「ライト君、あなた最近全然休みを取ってないでしょう。いい機会です。来週の水曜日から2週間ほど休暇をとりなさい」


「え、で、でも」


 2週間の休みなんていらない。そんなに長い間休めと言われても街で何か事件が起こっていないか不安になるだけだし、どうせいてもたってもいられなくなってパトロールにでも行ってしまいそうだ。そんなことを思っていると、副団長はライハルトの顔をジロジロと見ながら眉を顰めた。


「少し疲れているようですし、たまにはゆっくり体を休めることも必要ですよ? 可愛い弟子が倒れでもしないか心配です。旅行でもいってリフレッシュするといいでしょう」


「旅行、ですか」


「ええ。あなたのことです。王都にいると仕事を思い出してしまうでしょ? だったらこの街の外に行ってゆっくり羽を伸ばしてくるといい」


 いい案かもしれない。とライハルトは思った。この街の外に行ってしまえば、仕事のことも忘れて楽しめるかもしれない。でも、その間王都からは『閃光の騎士』ライハルトが居なくなる。


「私が旅行に行っている間に何かあったら、その」


「騎士はあなただけではありませんよ?」


 ライハルトが言い切る前に副団長がぴしゃりと言う。


「あなた1人がいなくても、他の優秀な騎士たちが動いてくれます。何も問題はありません」


「それはそうですが……」


「不安ですか? それは他の騎士たちを信用していないということになりますよ。上に立つものとして、その態度は褒められたものではありませんよ」


 そう告げる副団長に、ライハルトは何も返すことができずに黙ってしまう。

 

「……それでは、休暇を頂きたいと思います。その間、よろしくお願いします。副団長」


「ええ、ええ。もちろん。楽しんで来てください。お土産楽しみにしていますよ。休暇の最終日くらいはうちに遊びに来てくださいね。私も休みをとっておくので。久しぶりにお茶でもしながら、旅行の土産話を聞かせてください」


「あ、え、ええ。もちろん」


 にっこりと笑う副団長。すっかり会う口実を作られてしまった。この人のこういうところが少し嫌だ。会話の主導権をいつも握られてしまう。


「それでは、また」


 ウインクを一つして、ウォルター副団長は去って行く。その後ろ姿を眺めてふうっとため息を吐く。もしかしたらあの人、朝礼の後から俺のことをつけてきていたのか? いや、間違いなくそうだろう。だってあの人の自室は5階にあるんだから。


「あ、あの」


 今のやりとりを黙って見ていたダリアさんがライハルトに話しかける。


「ああ、そういうことだから。休暇の申請お願いするよ」


「わ、わかりました」

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