『夜明け』その3
レイの全力の拳を顔面に受けた男は、大きく吹き飛ばされそのまま壁に激突する。そして、ぴくりとも動かない。気絶したのか、死んだのか。それもレイにはわからなかった。
「ううう」
胸に刺さったままの剣を無理やり引き抜く。血飛沫をあげて引き抜かれた剣は、地面にカランカランという音を立てて転がる。
「ひいいっ!」
「あ……」
誘拐されかけていた女の子が、手足を縛られたままレイの方を見て悲鳴を上げていた。
「あ、大丈夫、ですか?」
「いやああ! こないで!」
血まみれになったレイに、黒い魔力がまとわりつく。胸に空いた風穴がグチュグチュと音を立てて修復されていく。どうやら髪染めの魔道具も壊れたようだ。魔力を使うのをやめても髪の色は元に戻らず、縛っていた髪も解けて垂れている。
「今、その紐を切りますから」
レイは転がったロングソードを手に取る。これで紐を切るのが一番手っ取り早いと思ったが、それを見て少女がさらに叫ぶ。
「やだ、やだ。死にたくない!」
泣き叫ぶ少女に、構わず近づく。
「そんなに縛られて。きついでしょ。痛そうです」
「ああああ! 誰か助けて! 助けてよ! お母さん!」
「今助けようとしてるじゃないですか。大丈夫ですよ」
レイは苦笑いを浮かべ、少女を宥める。だが、逆効果のようだ。少女は近づくレイにさらに怯え、もはや聞く耳も持たない状態になっている。
「あー。ダメか。僕はやっぱり、ライトさんのようにはいかないなあ」
少女の元まで辿り着いたレイは、手足の紐をロングソードで切る。自由になった少女は這いつくばってレイの元から逃げ出した。でも、足を怪我しているようでうまく動けないようだ。
「あの、手当を」
「よるな! 化け物!」
少女の言葉に、伸ばそうとしていた手が震える。
「ええ。僕は化け物です。でも、いい化け物ですよ」
にっこりと笑顔を浮かべるレイ。その顔をみた少女は、一瞬呆けたように口をぽかんと開けた。
「〈
黒の魔力が少女に吸い込まれると、青く腫れ上がっていた足が元の状態に癒える。手についていた紐の跡も綺麗になくなり、少女はその感覚に安らぎを覚える。
「あ、あれ……?」
「どうですか? 痛みもなくなったでしょう。もう自由に動けますよ」
「あ、あ……」
少女は立ち上がり、急いでその場から離れる。後を追うようなことはしない。少し彼女が心配だが、怖がらせるよりはいいはずだ。少女は少し走ると、くるりとレイの方を振り返る。
「あ、その、あの……」
「なあに?」
もじもじしながら何かを言おうとする少女に、レイが声をかける。少女は意を決したようにこちらを向くと、大きな声で叫んだ。
「ありがとう!」
「あ、……どう、いたしまして」
少女はそれだけ言うと去ってしまった。もう振り返らずに。その後ろ姿をレイはずっと見つめていた。
「ふふ」
なんだか嬉しくなって、笑ってしまう。ふと空を見上げる。真っ暗だった街に、朝日が昇り始めていた。
「あ、夜が明けた」
建物に朝の光が差し始める。レイはその様子をただぼうっと見つめる。
「疲れたあ」
ポツリと呟く。こんなに目まぐるしい一日は初めてだった。いろいろありすぎて、全てがどうでも良く思えてくる。そんなレイの耳に、ライトの呼ぶ声がかすかに聞こえてきた。
「レイ! どこだ!」
「あれ、ライトさん」
その声は街に響き渡るほどに大きく、近くなってくる。自分を探してくれている。
「僕のこと、そんなに大切なのかな」
そう思うと笑えてくる。意地悪な笑みを浮かべて、ライトが来るのを待つ。あえて返事は返さない。向こうから来るのを待ってやるのだ。どうせすぐ、僕のことを見つけてくれる。
「レイ! そこにいるのか!」
ほら。すぐきた。建物の上を飛び回るようにやってきたライトさんは、僕のことを見つけると大急ぎで僕の前にやってくる。
「探したぞ! どこにもいないから、心配した……」
「ぶふっ」
悲痛な顔で見つめてくるライトさんに、笑いが堪えきれなかった。
「な、なぜ笑う? というかなんでそんなに血まみれなんだ! また誰かにやられたか! 俺が目を離すとすぐこうなる! 本当にどれだけ心配したと思ってるんだ」
「ご、ごめんなさい……ふふ。なんか面白くて」
「お前な」
ギロリと睨むライトさん。あ、これはあまりやりすぎると本気で怒られる。
「ごめんなさい。心配かけて。僕なら大丈夫です。この血も、誘拐犯をやっつけた時にちょっと……」
「いやいやいや、待てお前。詳しく話を聞かせろ。どういうことだよ」
「その前に、あそこに犯人がいるので何か縛るものとか持ってませんか? 生きてるのか死んでるのかもわからないんですけど」
さっき少女を縛っていた紐を切ってしまったから、縛るものがなくなってしまった。うっかりだ。
「ちょ、なんだと? ……こいつが」
ライトさんは誘拐犯のところに行くと、鎧から取り出したロープで縛っていく。なんで持ってるんだろう。
「こいつは、生きてるよ。レイ。お手柄だな」
「そうですか」
「どうでもよさそうだな」
「悪人が死んだとしても、僕はなんとも思いません」
それは僕の本心だ。偽るつもりもない。
「そうか。まあ、そう考えておく方がいい」
「僕はただ、目の前の救いたい命を救いたい」
それは、一つの僕の答え。騎士になる覚悟を問われた時は、咄嗟に答えられなかった。でも。
「そのことで、周りにどう思われようがどうだっていいです。だって、それが僕の道だから」
今は言える。その覚悟を。僕の思いを。その言葉をライトさんは黙って聞いてくれている。
「どれだけ悪く言われても、蔑まれても、僕はただ、僕の守りたいものをひたすらに守っていきたいと思います。そして」
ずっと言いたかったことを、ようやく伝えられる。
「僕は、あなたのような騎士になりたい。あなたの隣に並び立てるような、最強の、最高の騎士に。だから僕は、騎士を夢見るのをやめません」
「……そうか」
ライトさんは今、何を思ってるんだろう。やっぱり、僕を心配するんだろうか。こんなに血まみれで、危険なことをして。心配ばかりかける僕に、呆れ返ってないだろうか。
ライトさんが僕を騎士にさせたくないのは、きっと僕を危険な目に合わせたくないからだ。大切に思ってくれているからだ。それを僕は、見捨てられたと勝手に勘違いして、家出までして、さらに心配をかけてしまった。本当にバカだ。ライトさんは、こんなにも僕を心配してくれているのに。
「俺が、間違っていたよ。レイ」
「え?」
「俺は、お前のことを心配するあまり、お前の気持ちまで考えていなかった。すまない」
ライトさんは僕に頭を下げて謝罪する。
「いいんです。気にしないでください」
「レイ。お前は騎士になれ」
ライトさんが言った言葉に、僕の心臓が大きく跳ねる。
「お前は強いよ。俺よりな。お前なら絶対にいい騎士になれる。誰よりも」
「いや、そんなわけ」
「心の強さだ」
ライトは自分の胸に手を当てて、言う。
「お前の心は、俺のよりずっと強いよ。尊敬する」
「ライト、さん……」
「俺はさ、俺の弱さをお前に押し付けてた。きっと俺なら、レイの境遇には耐えられないだろう。だからレイにもそんな思いをさせないようにに守らないとって」
困ったように言うライトに、レイは首をふるふると横に振る。
「でもさ、違うんだよな。お前はずっと前だけ見てた。騎士に憧れて、ひたすらにその夢に突き進んで。それなのに俺は偉そうに説教垂れて、諭そうなんて思い上がった」
ライトが思うよりも、レイの心はずっと強かった。
「俺がバカだったよ」
「そんなこと……。僕こそ、ライトさんに酷いこと言って」
レイは、そんなライトの心配を理解しようとしなかった。
「俺が、お前の夢を支える。お前が騎士になるまでは、その道を俺が守り抜く」
ライトは指先をレイに突きつける。
「だから、レイ、いつかお前が俺の横に並び立つ日を待ってるぞ。『常闇の騎士』」
「はい。ありがとうございます。いつか必ず、あなたの横に」
レイは微笑む。昇りきった朝日は、そんな2人をまぶしく照らしていた。
「あれ、ていうか」
レイがふと気づく。ライトが知り得ないことを知っていることに。
「『常闇の騎士』って、なんでそんなこと」
「んん? なんでだろうな」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるライトに、レイの顔が赤く染まっていく。
「まさか! 見たんですか!」
「なんのことか、全然わからん」
「ちょ、入るなって言ったのに!」
「はは。すまんて。でも家出なんてする方が悪いだろ。その時点でもうあの部屋はお前のもんじゃない」
「この、やろう」
悪びれもせずに高笑いするライトに、レイが飛び蹴りをかます。
「うわっ、と。バカ、そんなの全然効かねって、おいこら! 血をなすりつけるな!」
レイは血まみれの服をライトの鎧に擦り付ける。
「肉弾戦では勝てませんからね! 僕は悪者と戦う時はどんな手段でも使うと決めました」
「俺が悪者だってのか!」
「どう考えてもそうでしょうが!」
2人の喧嘩はしばらく続いた。夢中になった2人が朝礼の時刻を過ぎているのに気づき、副団長に怒られたのはまた別のお話。
――――――――――――――――
あとがき
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
第一章はここで完結になります。
構想の中では一応ここまでが序章となります。次章から登場人物が増え、物語が大きく展開していきます。ぜひお楽しみに。
もし感想などいただける方がいらっしゃいましたら、ぜひ書き残してくださるよう、お願いいたします。どんな感想でも構いません。よろしくお願いいたします。
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