『最強の称号』その3


 空に浮かんだ魔法陣は戦場のどこからでもはっきりとわかった。平原にいる誰もがそれに視線をやり、その異様に驚く。魔法陣の中心からが覗いているのだ。それは大きなドラゴンの顔。


「あれがドラゴンロードか」


 本陣にいるライハルトからもそれは見えた。巨大な魔法陣をゆっくりと裂くように現れる、恐ろしいドラゴン。白く巨大な体躯が徐々に顕になっていく。広げた翼には幾何学的な文様が一面に浮かび上がり、妖しげに光る。太く逞しい胴体から伸びた手足には鋭い爪。長く伸びた尻尾の先は鋭利な刃物のようだ。身体には白い体毛が生え、全身を白い魔力のスパークが覆っている。その姿は幻想的かつ、圧倒的。その巨躯を目にしたものは、一部の者たちを除いた全てが恐怖と驚きのあまり立ち尽くしてしまっている。


「まずいな。このタイミングで出てくるか」


 ライトの呟きだけが本陣に響く。本来後方の守りの役目を与えていた第三部隊長ヴォルクス・アンセントは行方しれず。第一部隊副隊長のエアリスはレイと共に出陣してしまった。そのため、本陣に残っているのは戦闘に慣れていない支援要員たちだけ。もしここを狙われれば、ひとたまりもない。そんなライハルトの心配は的中する。


「〈¥○€*$#?&☆〉」


 まるで鈴が鳴くような音を響かせ、ドラゴンロードが魔力を高めていく。その口を大きく開け、極限まで凝縮された魔力が放たれる。それは無属性の魔力砲だ。ただし、太さと威力は桁違いだ。


「!? 〈光の盾よ〉」


 本陣を狙って一直線に放たれたドラゴンロードのブレスに、ライハルトは光の盾で対抗する――衝突の瞬間、強い衝撃波が平原を駆け抜ける。


「凄まじい威力だな! 久々に背筋が冷たくなったぞ」


 光の盾はブレスを見事に防いだ。ライハルトがいなければ本陣の者たちにどれほどの死者が出たか。考えるだけで恐ろしい。


「〈¥○€*$#?&☆〉」


「おいおい。それはちょっとずるいんじゃないか?」

 

 ドラゴンロードはもう一度さっきのブレスを放とうとしている。防ぐこと自体は問題ないが、このままではライハルトは攻撃に移れない。


 その時、上空からドラゴンロードに向かって突撃する光が見えた。


「〈メテオぉぉ! インパクトぉぉあ!〉」


 ズドンという衝撃音と共に、ドラゴンロードの頭から爆炎が吹き上がる。それにより不発となったドラゴンブレスは口腔内にて大爆発を起こす。


「%°#¥€¥○€$#〆#!」


 甲高いドラゴンの悲鳴が不協和音のように響く。


「イオさん!」


 ライハルトの視線の先には地面に降り立った『爆炎の騎士』イオニスタ・ムーランの姿があった。ドラゴンロードの姿を見て真っ先に駆けつけてくれたようだ。


「やあライ坊。ヴォルクスの阿呆は何やってんだい? あのガキ、まさか任務をほっぽってどっか行っちまったんじゃないだろうね」


「そのまさかかと」


 ライハルトの言葉にイオニスタは頭に手を当てて、はあーっと深いため息を吐く。


「本当なのかい。全くあのクソガキは本当に肝心な時に役に立たないね。まあいい。私があいつの相手をするよ」


「わかりました」


 イオニスタは炎を噴き上げてドラゴンロードの元に向かう。ドラゴンロードはブレスを封じられて怒りを抑えられないようだ。全身の毛を逆立てて魔力を荒ぶらせていた。


「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。先に不意打ちを仕掛けてきたのはそっちだろ?」


 襲いかかってくるドラゴンロードの鋭い爪を、イオニスタは爆炎を巧みに操りながら空中で回避していく。爆発の勢いで立体機動を描きながら華麗にその背後に回っていく。


「はああっ! 〈灼熱砲ヒート・ブラスト〉!」


 合わせた手のひらから青い炎が勢いよく噴出し、ドラゴンロードの翼に直撃する。しかし、その翼には傷もついていない。


「ちっ。流石にドラゴンか。炎の効き目が薄い!」


 舌打ちをするイオニスタにドラゴンロードの尻尾の一撃が襲いかかる。それを回避して追撃を加えていくも、どれも効果は薄いようだ。


「火力不足だね。なんて硬い鱗なんだ」


 ドラゴンの鱗は物理的な耐性もかなり高い。イオニスタの攻撃はどれも効果的なダメージにはならなかった。


「〈魔力弾マジック・ショット〉」


 突然、白の魔力がドラゴンロードの翼を貫いた。その魔法はイオニスタの攻撃をものともしなかった翼に風穴を空け、ドラゴンを大きくよろめかせる。


「この魔法は……シス! あんたかい!」


「は、はい。微力ながら……加勢します」


 加勢に現れたのは、第二部隊長『灰塵の騎士』シス・ルーギス。魔力を固めた足場に乗り、空中に浮かんでいる。少しオドオドと緊張した様子だ。


「あんたが来てくれたんなら百人力ってもんだ。あたしがあいつを引きつけるからあんたは強力な一撃をお見舞いしておくれよ」


「了解しました。……お役に立ちます」


「本気でいくよ! ……〈魔転装術 彗星の女神ゴッデス・オブ・コメット〉」


 イオニスタの全身を赤と緑の魔力が包み込む。魔力が形作るのは、1人の女神。風で作られた身体、顔。それに炎の羽衣を纏い、人ならざる神々しい気配を醸し出している。


「さあて、これを使ったからには無様な戦いは見せられないね。あたしの華麗な魔法、見せてやるよ」


 イオニスタは羽衣の袖を口元に当て、ふーっと息を吐き出す。炎の羽衣は破片となって吐息に乗って飛んでいき、ドラゴンロードの周囲を無数の炎がふわふわと浮かぶ。


「爆炎の輝きに興じな。〈天球の星屑スターダスト・プラネタリウム


 詠唱と共に起きた一斉爆発によってドラゴンロードの全身は爆炎によって嘗め尽くされる。魔転装術によって強化された炎の魔法は耐性があるはずのドラゴンロードの鱗を炭化させ、全身に大きなダメージを与えた。それでも、致命傷には至っていない。


「今だよ! シス!」


「〈魔力剣マジック・ソード〉」


 いつのまにかドラゴンロードの上空にいたシス・ルーギスは、背中に背負っていた2本の大剣を抜き放ち白い魔力を纏わせる。そしてドラゴンの背に向かって急降下する。


「イオニスタ先輩が作った隙、無駄にはしない」


 急降下の勢いのまま背中に突き立てた大剣を大きく振り抜く。根本から断ち切られた翼が宙を舞い落ちていく。


「まだまだ」


 2本の大剣がまるで木の葉のように振るわれ、ドラゴンの全身を切り付けていく。背中から首、首から頭へと昇っていき、最後に目へと突き立てる。


「〈魔力弾マジック・ショット〉」


 眼球を通して大剣から放たれた魔法はドラゴンロードの体内を蹂躙する。片翼を失ったドラゴンロードは悲鳴を上げながら地面へと落下していく。


「やった! さすがだねシス!」


「えへへ、イオニスタ先輩のおかげです」


 手応えを感じ、勝利を確信する2人だがドラゴンロードはぐるりと空中で体勢を立て直すと、ブレスを撃つ態勢に入る。


「〈¥○€*$#?&☆〉」


「ちょっ!? あれでまだ動けるのかい!?」


「わ、わぁ……」


 2人とも魔法を使った直後で、咄嗟に回避することができない。くるであろう痛みに覚悟して防御姿勢をとった時、目の前に見覚えのある者が現れる。


「〈光の盾よ〉」


 ブレスが2人を襲う直前、現れた光の盾によって防がれる。それをやったのは当然、ライハルトだ。しかし、その背には見慣れない1人の人物が乗っている。


「ライ坊! と、背中のは誰だい?」


「黒髪?」


 背中に乗っているのは黒髪の子供だ。イオニスタとシスは知らないが、本陣に戻ってきたレイがライハルトに合流したのだ。


「レイ、をかけてくれないか」


「え、大丈夫なんですか? また暴走したりしませんか」


「大丈夫だよ。わかっていればどうってことない。ちょっとした実験だよ」


「わかりました。それじゃあいきますね。〈狂戦士化バーサーク〉」


 レイから放たれた黒い魔力はライハルトの体に纏わりつく。それを受けたライハルトは「おおお」と小さな歓喜を漏らしてギラリとドラゴンロードを睨みつける。


「……いい感じだ。レイ、少し待っていろ」


 ライハルトはレイを地面に降ろすと、ドラゴンロードの方におもむろに歩き出す。再びブレスを撃とうとしている。


「ライ坊!」


「大丈夫だ。イオさん」


「〈¥○€*$#?&☆〉」


 再び放たれるブレスに対し、ライハルトは左手を無造作に掲げる。極大のブレスはその左手に受け止められ、その威力はかき消される。


「はあ?」


「なにあれ……」


 ライハルトのやったことは単純だ。魔力を込めた左手でブレスを受け止めただけ。ライハルトは、レイの狂戦士化の魔法によって脳のリミッターが外されたことでありえないほどの身体能力を得ていた。普通であれば、いかに彼でも怪我をするほどの威力だ。


「次は俺の番だ」


 ライハルトの身体が光となってかき消える。ドラゴンロードの体に閃光が走るたびにそこの部位が切り裂かれていく。爪、翼、腕、脚、角、牙、尻尾。それはさながら解体ショーのように次から次へとバラバラに分解されていく。瞬きほどの時間でそれは完了した。見上げるほどの巨体だったドラゴンロードは綺麗に解体され、運びやすいように小口にまとめられている。その素材はどれも一級品だ。プロが解体をしたような丁寧さである。


「ふう」


 そんなバカげた仕事をやり遂げたライハルトはにこやかな顔で額の汗を拭っている。その様子を周りは冷ややかな目で見ている。


「おい、ライ坊? お前何をしている」


「なにって、ドラゴンの素材は貴重だから、余すとこなく利用しないとと思って」


「……呆れたよ」


「ああ。だから僕に狂戦士化の魔法を使わせたんですか。解体作業しやすくするために」


「そういうことだな。いやあ全くいい魔法だよ。解体は力仕事だからな。おかげで疲れずに済む」


「『閃光』にとって、ドラゴンロードはただの素材ってこと……? やっぱり次元が違うなあ。私も頑張らないと」


 呆れた顔のイオニスタに、遠い目をするシス。レイはドラゴンロードのあまりにもあっけない最期に苦笑いを浮かべた。

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