『最強の称号』その2
前線での戦いが激化していく中、ライハルトたちのいる後方の本陣にも魔物たちが到達していた。今回、王国騎士団第一部隊はこの戦いに参加していない。ライハルト率いるこの陣にいる者たちはみな後方支援の役目で参戦している者ばかりだった。つまり、ここには戦闘に慣れていない者が多かった。向かってくる魔物を見て悲鳴が上がる。
「魔物が来たぞ!」
「どうして!? ここは1番後ろの陣のはずじゃないのか。なぜこんなに魔物が」
本来『雷鳴の騎士』ヴォルクス・アンセント率いる第三部隊は、最前線の部隊が取り逃がした魔物を後ろから狩る役目を与えられていた。しかし、第三部隊が命令を放棄して最前線に行ってしまい、本陣の付近の兵が手薄になってしまっていた。そのため、想定よりも多くの魔物がやってくる。
「ライハルト隊長。これは少しまずい事態かと」
隣に控えるエアリスの呟きに、ライハルトは頷く。その横にはレイもいて、不安そうな顔でこちらに向かってくる魔物の群れを見つめている。
「ああ。ヴォルクスのやつ、一体何をしてるんだか。こんなことにならないように第三部隊を本陣の前に置いておいたんだけどな」
はあー。と大きなため息をつく。ヴォルクスの実力は疑っていないのだが、彼の行動は読めないところがある。ライハルトは厄介な同僚にいつも悩まされていた。
「俺が出る。味方に被害を出すわけにはいかないからな」
「え、でも。総大将がいなくなるのはまずいのでは」
レイが疑問を口に出す。
「ん? 大丈夫だよ。そうだな……5秒で戻る」
「は?」
「レイ。隊長なら大丈夫」
「だ、大丈夫って……」
「ちょっと行ってくる。エアリス、レイを頼むな」
「はい」
実に気楽な様子でライハルトは〈魔転〉によってその体を光の粒子に変えると、閃光となって戦場を駆け回った。本陣に近づいてきていた魔物たちの間を光が幾重にも走り、瞬く間に薙ぎ倒していく。魔物のランクなどはもはや関係ない。Aランクの魔物もDランクの魔物も同じく一瞬で倒されていく。
「うわわ」
レイの目に映るのは、ライハルトが走った軌跡――残光のみ。ほとんど一瞬とも言える短い時間で目の前に迫っていた数百の魔物は全滅していた。そして、ライハルトは元の位置に現れる。
「さて、5秒くらいだったろ?」
「3秒でした。ライハルト隊長」
「す、すごい」
本陣から他の隊長たちの戦いも見ていたが、ライハルトの強さは異次元だ。しかも、これほどの働きをしていながら息一つ乱さず、消耗した様子もない。まさしく『閃光』。王国騎士団最強の名に相応しい強さだ。
「とはいえ、俺ばかり働くのもな。エアリス、レイを連れて出陣しろ。こちらに向かってくる魔物を、本陣に近づけさせるな」
「了解しました」
「頑張ります!」
エアリスとレイは馬を駆って出陣する。手薄になった陣の隙間からは次から次へと魔物が逃れ出てくる。それに対して応戦する兵士たちだが、苦戦しているようだ。
「レイ。
「わかりました!」
エアリスとレイは魔力を活性化させる。緑と黒の魔力がそれぞれからたちのぼる。
「〈脚力強化〉」
レイの足に黒の魔力が絡みつく。この魔法はレイが唯一使える身体強化魔法をさらに細分化し脚力に特化させたものだ。レイは馬から立ち上がるとジャンプしてエアリスの前に躍り出る。
「〈
エアリスが放った魔法はレイの足の裏に綺麗に衝撃を伝える。それを踏み台にしたレイは轟音を響かせながら思い切り前に飛び出していく。その先にいるのは、Bランクの魔物サイクロプス。3メートルほどの巨体を持つ一つ目の巨人だ。騎士でも一対一なら手こずる相手。
「〈腕力強化〉」
脚力に割いていた魔力を腕に集める。剣を握りしめた右腕は一直線にサイクロプスへと向かっていき、すれ違いざまに全力の一撃を叩き込む。
「ガアア!?」
力の限り叩き込まれたロングソードの一撃はサイクロプスの巨体を真一文字に両断していた。血を吹き出しながら崩れ落ちていく。
「やった!」
Bランクの魔物はレイにとって強敵だ。エアリスの補助がなければこんなに容易く倒せない。その相手を倒せたという油断から、レイは着地に失敗してしまう。背中に強い衝撃が走る。
「ごふっ」
ここは魔物の群れの中。レイの晒した隙は致命的なものだった。地面に転がるレイに魔物たちが殺到する。
「〈
魔物たちの間を不可視の風が吹き抜ける。それは幾重にも折り重なった風の刃。レイを取り囲んでいた魔物たちは血を撒き散らしながらエアリスの放った魔法によって蹂躙される。
「大丈夫? レイ」
「す、すみませんエアリスさん。僕は大丈夫です。もう回復しました」
レイの体を黒い魔力が覆うと着地のダメージは消えていく。レイの魔法によって、レイが負った傷は自動的に癒えるようになっている。
「それならよかった。敵はまだまだいる。戦える?」
「もちろんです」
剣を構えて向き直ると、魔物たちがこちらに向かってくるのが見える。Bランクのサイクロプスやコカトリス、Cランクのワイルドボアやファイアウルフ、ウインドウルフなど様々な魔物がやってくる。
「Bランクは私が相手をする。レイ、あなたはその他の魔物をお願い」
「わかりました」
エアリスの指示に頷き、魔物たちとぶつかり合う。近づいてくる魔物は身体強化を乗せた剣で一撃だ。数が多いとはいえCランクの魔物はレイにとって脅威ではない。厄介なのは魔法を使う魔物くらいか。
「うわっ!」
ワイルドボアを切り捨てた先にいたファイアウルフが火の球を放ってくる。本来なら防御魔法で防ぐのだろうが、レイはそれを習得していない。そのため身体強化を集中させた左手で受ける。炸裂した火の球はレイの左手を焼き焦がした。
「あっち! よくも!」
右手の剣でファイアウルフを両断する。レイの焦げた左手は黒い魔力が包み込むとすぐに元の姿に復元される。
「はああっ!」
全方位から襲いかかる魔物たちを回転斬りで斬りさばく。捌ききれない魔物の攻撃が何度かレイの体を傷つけるも、レイの魔力によってすぐに傷は塞がっていく。そこからは一方的だ。ケガを恐れず半ばヤケクソで向かってくるレイに対し、魔物たちは恐怖を覚えて尻込みする。そうしているうちに魔物たちはどんどんレイに打ちとられていく。
「やああっ! はあはあ。こ、これで終わり……?」
気づけば周りから魔物の気配は消えている。両断された死体だけが草原に広がっていた。
「あ、エアリスさんは?」
Bランクの魔物と戦っているはずのエアリスの存在を思い出し、周りを見渡す。そこにはまだ戦闘中の彼女の姿があった。その周りには数多の魔物の死体が転がっている。その数はレイの数倍はある。
「うわ、すごい」
彼女はBランクの魔物をすでに倒し、今はAランクのミノタウロスと戦っている。巨大な斧を持った牛の巨人。それがエアリスの背丈よりも大きそうな斧を軽々と振り回している。エアリスはそれを後退しつつ華麗に避けていっている。風の魔法によってふわふわと浮かびながら回避するその姿からは余裕を感じられる。
「〈
ミノタウルスの頭上から不可視の圧力が襲いかかる。上から押し潰すように放たれた風の魔法の衝撃にミノタウルスは倒れ地面に手をつく。しかし、その筋力によってどうにか立ちあがろうとする。
「〈
立ち上がりかけていたミノタウルスにさらに上からの衝撃波で追い打ちをかけて地面に押し潰す。そしてエアリスは全身の魔力を活性化させる。絶好の隙に叩き込むのは、エアリスの持つ最高の攻撃魔法。
「〈風の剣よ〉」
エアリスの魔力が剣に収束し、渦を巻いて剣に風がまとわりつく。高速回転する刃を一閃する。ミノタウルスの首はいとも容易く切り裂かれ、血飛沫が宙を彩る。エアリスは魔法を解除すると、汚れ一つついていない騎士剣を軽く振るい鞘に収めた。
「エアリスさん、強い……」
いつも通り無表情で、何事もなかったように佇むエアリスを見てごくりと唾を飲み込む。彼女もまた、第一部隊副隊長の名に相応しい強さの持ち主なのだ。レイはそのことを改めて実感していた。
「レイの戦いも凄かった。いろいろと。死なないとわかっていてもヒヤヒヤする」
「いやあ……。僕ももっとカッコよく戦いたいんですけどね。まだまだ実力不足です」
自分の戦いが見られていたことに少し気恥ずかしさを覚えるレイ。
「とりあえずの危機は去ったみたい。ひとまず本陣に戻りましょう」
「わかりました」
2人が本陣に戻ろうとしたその時、空に大きな魔法陣が出現する。2人は思わずそれを見上げる。
「な、なんですか!? あれ」
「……わからない。理解不能。でもきっと良くないことなのは間違いない。早く戻りましょう」
討伐隊の中心の空に浮かび上がったその大きな魔法陣は、バチバチと白い魔力を昂らせて悠然と平原を見下ろしていた。
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