第14話 『不穏の影』その1
ライハルトがドラゴンロードを倒したものの、魔物の群れは未だ健在だ。平原のあちこちで激しい戦いがまだ続いていた。
「あたしは前線に戻るよ。うちの部隊のガキどもがどうしているか心配だからね」
「私も戻らないと。今日はあまり役に立ってないですし……」
「いや、そんなことないだろ。あんたが来てくれて助かったよ」
イオニスタは笑いながらシスの肩を叩く。そんな2人の様子を見てライハルトはふっと薄い笑いを浮かべた。
「私からも礼を言うよ。2人が来てくれなかったら防戦一方だったからな。本陣にも被害なく済んだ」
「あんたなら1人でもどうにかできた気もするけどねえ」
「そんなことはないですよ」
ライハルトのその言葉に2人からの訝しげな視線が送られるが、ライハルトはそれを平然と受け流す。
「それと、前線に戻るのならレイ、この子を連れて行ってやってください。怪我をしたものがいたらこの子の魔法で癒せます」
「ほう?」
イオニスタはライハルトの横にいるレイに目を向けると、その目を細める。
「さっきの魔法……闇魔法かい? 闇魔法に癒しの力があるなんて初耳だねえ」
「レイの魔法は特別なんですよ。一度見ればわかります」
「なるほどなるほど。『閃光の騎士』の元に黒髪の見習いがいるって噂にはなっていたけど、あんたのことか。よろしくね。あたしはイオニスタ・ムーラン。一応第四部隊の隊長をやってる」
そう言って手を差し出すイオニスタに、レイも慌てて手を握り返す。
「よ、よろしくお願いします。レイと言います」
「そして、この子がシス・ルーギス。『灰塵の騎士』の二つ名くらいは聞いたことあるだろ?」
「はい! シスさん、よろしくお願いします」
「よ、よろしく……」
レイの伸ばした手をシスは恐る恐る握り返す。発した声も小さくほとんど聞こえないくらいだ。そんな様子のシスにレイは小首を傾げる。
「あー。この子は少し人見知りなんだ。初対面だといつもこうだから、あまり気にしないでやっておくれ」
「そうなんですね」
魔物を薙ぎ倒す時の鬼神の如き強さからは考えられない。レイはそのギャップに少し驚いた顔を見せる。
「実は僕も人見知りなんです。一緒ですね!」
「え、ええ……?」
屈託のない笑顔を向けてくるレイに、シスはたじろぐ。その様子を見たイオニスタは苦笑を浮かべた。
「あんた。そんな笑顔で言うセリフかい? どこが人見知りなんだかっていうツッコミ待ちなのかねえ」
「レイは素であんな感じですよ。いつも元気なのがいいところなんです」
「ライ坊、あんたはあの子のなんなんだい……」
まるで自分の子どものことのように話すライハルトにイオニスタは呆れ顔を返す。
「さて、いつまでも喋ってるわけにはいかないね。あたしらは前線に戻ろうか」
「行きましょう!」
イオニスタとシスとレイの3人は連れ立って魔物がいる前線の方に向かう。本陣の守りはライハルトとエアリスがいるからとりあえずは大丈夫だろう。ドラゴンロードというボスも倒し、あとは群れを掃討するだけだ。
「ガキども! あたしらが来たよ!」
前線には未だ多くの魔物たちが蔓延っている。騎士や兵士たちは善戦を続けているが、いかんせん数が多すぎる。中には大きな怪我をしている者や、疲労困憊で肩で息をしている者たちも大勢いた。
「レイ。あんたは怪我人の治療にまわってくれ。シスは私と一緒に雑魚どもの掃除だよ」
「わかりました!」
「……わかりました」
シスは背中から大剣を抜くと、活性化した魔力を纏わせる。大上段に構えた大剣を魔物の群れの方に向け、一閃。
「〈
それはただの魔力を纏わせた剣の一振り。しかし威力は桁違いだ。大剣から解き放たれた白い魔力は放射状に広がり、広範囲の魔物たちを呑み込む。高密度の魔力に押しつぶされ、範囲内の魔物たちは塵と化した。
「やるねえ。あたしも燃えてきたよ」
イオニスタは両手に魔力を集めていく。形作るのは二振りの長剣。青白い刀身は炎と風が混ざり超高温になっている。
「〈
二振りの長剣を構え、イオニスタは爆炎の勢いと共に魔物の群れに飛び込んでいく。爆発による立体機動をしながら振り回す炎の剣によって魔物たちは次々と切り裂かれていく。その切断面は融解し、溶けるように切られているため血液も流れない。
「すごい。2人ともなんて強さ」
2人の戦闘に魅せられたレイは思わず動きを止めてしまう。がすぐに自分のやるべきことを思い出して頬を軽く叩く。
「見惚れてる場合じゃない。怪我人がいるんだぞ」
頭をふるふると軽く振り、周囲を見渡す。さすがに激しい戦闘があったようで、かなりの数の怪我人が出ている。彼らは後方に寄せられているが、陣にまで連れていく余裕はないようでロクな手当もされず放置されていた。彼らの方に向かうと、うめき声が聞こえてくる。
「治療しにきました! 大きな怪我をした人はいますか?」
レイの姿を見た兵士たちは不思議そうな顔を浮かべる。こんな戦場に似合わない子どもが、1人で何をしにきたと言うのか。レイの黒髪に反応して顔を顰めるものも多かった。そんな中、1人の青年が隣の男性を指さして言う。
「この人、腕がなくなったんだ! 魔物に喰われた! 止血はしたが、早く治療をしないと危ない!」
「っ! わかりました!」
青年の隣には長い髭を生やした男性がうめき声をあげながら横たわっている。レイはそこに駆け寄る。男性の右腕は付け根のあたりからなく、雑に巻かれた包帯には滴るほど血が滲んでいた。
「ごめんなさい、包帯を切りますね」
レイはナイフを取り出すと男性の腕の包帯を切る。止血が取れた腕からは血が溢れ出した。その様子を見た青年は叫び声をあげる。
「おい! 大丈夫なのか!」
「大丈夫です」
レイはあくまで冷静に、魔力を高めていく。黒い魔力が男性の腕にまとわりついていく。
「〈
詠唱と共に、黒い魔力が腕の肉を形作る。付け根のあたりから肉が盛り上がり、肘、手首、手のひら、指先とどんどん腕が構築されていく。それを見た周囲の人々からは大きなどよめきが上がった。
「す、すごい! 腕が元通りになるなんて!」
切れた腕をくっつけるならまだしも、魔物に食べられた腕を一から生やすなんて魔法は聞いたことがない。どんな高級ポーションでも不可能な芸当だ。腕が治った男性はきょとんとした顔で自分の右腕をしきりにながめている。どうやら動きも問題ないようだ。
「他に大怪我をした人は……いないみたいだ。それなら」
レイは再び魔力を高める。次に使うのは効果範囲を広げた癒しの魔法。腕を生やすような魔法は1人に集中しないと無理だが、裂傷や骨折程度であれば広範囲の人を癒すことが可能だ。
「〈
レイの周囲に黒い魔力が放出され、怪我をした人たちに吸い込まれるように入っていく。それを受けた人々の反応は劇的だ。全身の傷が瞬時に塞がり、折れた骨が繋がる。そればかりか、さっきまで動けなかったのが嘘のように体力までも復活していく。
「「うおおおお!!」」
怪我人たちは雄叫びを上げながら復活する。その手には武器を握りしめ、すぐに戦線に復帰していく。
「すげえぞ! 体力がみなぎるようだ! 魔物なんて蹴散らしてやらあ!」
元気を取り戻した兵士たちは魔物の群れに突撃し、優勢に戦っている。そんな兵士たちを見ていたイオニスタは笑い声を上げた。
「あっはっは! すごいじゃないかレイ! あれだけの怪我人を一瞬で治しちまうなんて。ライ坊が一目おくのもわかるねえ」
「はは。ちょっと元気すぎますけどねあの人たち」
狂戦士化の魔法とは違い、あくまで怪我を治しただけなのだがその効果は劇的だったようだ。隊長2人の活躍に加えて復帰した兵士たちの活躍もあり、もはや戦況は決したと言える程だ。
「レイ、あたしにも何か魔法はかけられないのかい? さっきライ坊に使ってたみたいな
「え? わかりました。でも狂戦士化の魔法はちょっとリスクが高いので……」
レイが覚えた魔法には、他者を強化できる魔法がいくつかある。狂戦士化の魔法もその一つだが、あれは効果が高い代わりにリスクがある。なので、もう一つの強化魔法を唱える。
「〈
レイから放出された黒い魔力がイオニスタの体にまとわりつく。それは、全身の筋力を強化する魔法。
「わあ。すごいじゃないか。力がみなぎる。これなら」
イオニスタは爆炎を吹き上げ高くジャンプすると、魔物の群れの中心に向かって急降下する。
「〈
地面への着地と同時に大きな爆炎が彼女の周囲を包み込む。その衝撃は地面を割り、大きな衝撃波が彼女を中心に広がっていく。その魔法の範囲は直径150メートルにも及んだ。炎熱はその範囲内の全てを焼き尽くし、彼女はその中心で高らかに笑っていた。
「これはすごいねえ! あたしが強くなったのかと錯覚しちまうよ! レイ、あんたは最高だね」
あれほどいた魔物はあっという間に蹂躙されていく。怪我人が出ればレイの魔法で即座に癒され、隊長たちの攻撃は一度に何十もの魔物を倒す。もはや討伐隊の勝利は時間の問題だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます