『不穏の影』その2


 討伐隊と魔物の群れがぶつかり合う前線から離れた群れの奥の方。第三部隊長ヴォルクス・アンセントは人知れず激闘を繰り広げていた。


「〈雷槍サンダー・ランス〉! これでも喰らえやぁ!」


 ヴォルクスの手から稲妻の槍が放たれる。その先にいるのは1人の男性だ。ただしその体色――全身の肌の色や頭髪は青色に染まっている。青色の髪は長く、側頭部からは捻れた角が2本伸びている。それは明らかに人間の姿ではなかった。黒い外套を纏っているが、それが昼間ではよく目立つ。


 魔族。その詳細はあまり知られていない。人型の魔物とも言われ、実際魔族によって引き起こされる事件は多い。人間からは忌み嫌われることが多い存在だ。アース王国のある大陸の端の方に魔族の国があるとされているが、国交はない。巨大な山脈に囲まれた魔族の国は他の国家との繋がりをほとんど持たない。王国騎士団第二部隊長であるヴォルクスでさえ、魔族を見たのは今日が初めてのことだった。


「またそれ? それはもう見飽きたよ」


 魔族の男は無造作に手を振り上げる。迫る雷槍の前に大きな水球が出現し、雷を吸収してしまう。


「ちい! めんどくせえなお前」


「君こそちょっと無鉄砲すぎない? どうせ僕とは相性悪いんだからさ。大人しく僕の話を聞いてよ」


「なんだとこの野郎! いけすかねえ顔しやがって。見てろ、その面ボコボコにしてやるよ」


 やれやれと肩をすくめる魔族の男。彼は先ほどから会話をしようと求めているが、無意識の挑発がヴォルクスの怒りを刺激してまともに会話できていない。ガンを飛ばして中指を立てるヴォルクスに大きなため息を吐く。


「ごめんごめん。本当にさ。僕は君と戦いたい訳じゃないんだって。話を聞いてくれよ」


「クソが。テメェの話なんざ興味ねえよ。俺様は見たんだぜ。お前があのでっけえ竜を召喚したところをな。どう見てもテメェが魔物のボスだろうが!」


 ヴォルクスもまたドラゴンロードが大空の魔法陣から出てくるところを見ていた。にもかかわらずすぐに討伐に行かなかったのは、いかにも怪しげな人物がいたからだ。空に向かって手を伸ばし、その手に握られた杖から溢れ出す魔力。この男があのドラゴンを召喚した。それは誰が見ても明らかだった。


「あー。まあそれはね。確かに僕があれを召喚したけど、別に被害は出てないみたいだし? いやー、『閃光の騎士』だっけ? あの人、化け物だね。情報は得られたから良しとするけど、あれを相手するのは大変そうだ」


 魔族の男は自分の左目を押さえながらそう呟く。あのドラゴンと視界を共有することで隊長格3人の戦いを見ることができた。中でも『閃光の騎士』ライハルトは別格だ。召喚された魔物とはいえ、あのドラゴンロードをいとも容易く討伐して見せるとは。


「それに、思わぬ掘り出し物もあったよ。こんなところで見つかるとは、重畳だね」


「『閃光』がどうしたぁ? ここにいるのは『雷鳴の騎士』ヴォルクス様だ! 俺様の前であいつの名前を出すんじゃねえよ」


 騎士剣で切り掛かるヴォルクスを、魔族の男は魔力で作った水の剣で受け流していく。


「『閃光の騎士』に対して、ずいぶんコンプレックスを抱えているみたいだね」


 魔族の男の言葉にヴォルクスの額の血管が浮き上がる。


「なんだとぉ……? この野郎」


「確かに、雷魔法と光魔法って似てるよね。でも攻撃性能だけで言ったら雷魔法の方が上かな。光魔法は使いこなすのが難しいって言うし、速さ以外はそれほど強い属性じゃない」


「あんだよ。分かってんじゃねえか」


「でも、君は。それが気に食わないんだろう? 魔法属性では優れていても、実力では彼に勝てないから」


 ヴォルクスの頭の中で何かが切れる音がした。それはヴォルクスが無意識に考えるのをやめていたこと。雷魔法という恵まれた属性を持ちながらも、実力ではライハルトより下であると言う事実。それはヴォルクスにとって何よりも許し難い事実であった。


「テメェ! 吐いたツバは呑めねえぞ、ここでぶち殺してやる」


 ヴォルクスは怒りに任せて魔力を活性化させる。放電は空中を裂くように幾重にも広がり、魔族の男はたまらず距離を取る。


「〈魔転装術 雷虎転生ボルテクス・ビースト!」


 ヴォルクスの体は雷で作られた虎の姿へと変わる。そして両手を体の前に合わせると、さらに魔力を高めていく。その体から発する電熱で周囲の気温は一段階上がり、前に突き出した両手に集束する雷は青白く発光しバチバチと激しい音を発する。


「究極魔法 〈獣王剛雷砲〉」


 詠唱と共に解き放たれた雷はヴォルクスの正面にある全てを一瞬のうちに嘗め尽くす。横殴りの落雷が視界一杯を埋め尽くし魔族の男もそれに呑み込まれる。余波に巻き込まれた魔物たちは刹那のうちに全身を焼き尽くされ炭と化していく。その攻撃性能は桁違いだ。


「はあ、はあ。どうだよ。俺様の力思い知ったか」


 それを撃つのに魔力を使い果たしたヴォルクスは魔転装術を解除して片膝をつく。荒い息遣いだ。


「あー。そういえば死体がなくちゃこいつが黒幕だってことわからねえよな。炭になっちまっただろきっと」


 カッとなって全魔力を込めた魔法を放ってしまったが、失態だ。この魔物の群れを率いる黒幕を倒したと言っても、死体がなければ手柄にはならないだろう。せっかくの働きが無駄になる。ガックリと肩を落とすヴォルクス。


「そう肩を落とさないでよ。僕は生きてるよ。この通り」


「は? な、お前、なんで……」


 ヴォルクスに声がかけられる。見るとそこには水の結界を纏い無傷で佇む魔族の男がいた。


「あり、ありえない。俺の、俺様の最強魔法だぞ?」


「だから、君の雷魔法は僕の水魔法と相性が悪いんだって。単純な攻撃魔法ならなおさらだよ。それにさ、確かに込められた魔力は相当なものだったけど、あんなに広範囲に無駄撃ちしたらダメじゃない? おかげで少ない魔力で防ぎきれたよ。なんて言うか、惜しいんだよなあ君。確かに力は強いんだけど、戦い方がなってない。雑魚相手にはそれでいいんだろうけど、同格以上との戦いをあまりしたことがないのかな」


「あ、ああ、あああ」


 自身の持つ最強の魔法を破られ、魔力を使い果たしてもなお無傷の相手。ヴォルクスの自信は粉々に打ち砕かれた。ただ地面に膝をつき、呆然と相手を見つめているだけだ。


「やっと話ができそうだね? 僕たちはさ、仲間を集めてるんだよ」


 そんなヴォルクスに優しく声をかける魔族の男。


「なか……ま?」


「そう。仲間。あまり頭数がいなくてね。僕たち魔族はある一つの信念のもと動いている。その実現のための協力者が欲しいのさ」


「なんだよ、それ。俺様にお前らの仲間になれって言うのか?」


「そう。どうだい?」


「バカ言いやがる。俺様は魔族の仲間になんかならねえよ」


「君の望む強さを得られると言っても?」


「なっ」


 その言葉を聞きヴォルクスは瞳を震わせる。魔族の言葉に動揺した自分に思わず舌打ちをする。


「クソが。その手には乗らねえ。第一信用できねえ。魔族なんぞクソの集まりだろうが。クソのお仲間なんか願い下げなんだよクソ野郎」


「あー。なんだかなあ。どうやら僕は交渉が下手みたいだ。まあそれならそれでいいよ。違う手段を取ろう」


 魔族の男はそういうと懐から何かを取り出しヴォルクスに近づく。


「なにしようとしてやがる、テメェ!」


 ヴォルクスは剣を魔族に向かって振り抜く。だが、魔力の乗っていない攻撃は容易く弾かれ、騎士剣が宙を舞う。次の瞬間魔族が突き出した剣がヴォルクスの胸のあたりを貫く。


「があっ!?」


「多少手荒だけど、仕方がないよね。これを使うよ」


 魔族が手に持つのは、黒い結晶のような魔道具。その結晶の中にはドス黒い魔力が渦巻いている。それを見たヴォルクスは本能がそれを拒絶するのを感じるが、抵抗ができない。


「これにはね、闇の魔法が込められている。君の体を強靭に変えてくれる魔法だよ。ただ、副作用で人格が変わっちゃうんだけど……まあ、きっと大丈夫」


「やめ、ろ。クソッタレ……」


 ヴォルクスが力無く訴えるのを、魔族は笑って受け流す。


「次目覚めた時は僕たちは仲間だよ。きっと君の人格もそういうふうに変わってる。この方法だと失敗することも多いんだけどね。その場合は死ぬけど、君は強いしきっと大丈夫だよ」


 ヴォルクスの胸に魔道具を埋め込む。瀕死の体に黒い魔力がまとわりついていく。ヴォルクスはその指先を震わせながらも魔族に突きつける。


「テメェ、なんて名前だ?」


「ん、僕の名かい? いいだろう。これから仲間になるんだしね。僕はネリベル。僕の国では四天王の1人を名乗ってるよ。『水獄』のネリベル。覚えた?」


「ネリベル、か。覚えたぜ。俺が目覚めたら、テメェを真っ先に殺してやる」


 その指先を突きつけながら睨みつける。瀕死の重症を負いながらも、その瞳には力強い意志が込められていた。そんな彼をみて、魔族の男、ネリベルは口元を緩ませる。

 

「あはは。面白い。面白いね君。いいよ。君はなかなか使えそうだ。期待してるからね、せいぜい僕の役に立ってくれ」


「へっ。吠え面かかせて……やる……ぜ……」


 黒い魔力がヴォルクスの体を包み込む。それきり彼は動かなくなった。


「さて、貴重な戦力が手に入ってよかった。これだけでもここに来た甲斐があったよ。もうここには用はない」


 ネリベルは杖を取り出す。転移の魔法が刻まれた魔道具だ。


「準備は順調に整ってきている。あとは……あの子が欲しい」


 ライハルトの横にいた、あの黒髪の子。


「今代の闇魔法使いを発見できるとは、今日は運がいい。でも、あれに手を出すのはまだ早いな」


 ドラゴンロードと『閃光の騎士』との戦いを見たが、あれをどうにかするにはそれなりの対策を用意する必要がある。


「真っ向勝負を挑む必要はない。光魔法の弱点はわかっているしね。着実に計画を進めよう」


 外套を翻し、杖に込められた魔法を発動する。人が通れるほどの魔法陣が空中に現れる。ネリベルは地面に転がるヴォルクスを引き摺りながら、魔法陣による転移で戦場から消え去った。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎週 日・金・土 16:00 予定は変更される可能性があります

光の騎士は闇魔法使いの少年を拾う 微糖 @shinokanatsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画