『失敗、決裂、すれ違い』その3
ライトとレイの2人は騎士団本部に戻ってきていた。ちなみにここにくる前に自宅に寄って着替えてきた。流石に血みどろのままではどうかと思ったのだ。レイのボロボロの衣服は証拠品として持ってきている。髪染めの魔道具は予備があったので、今は白髪になっている。
「帰ってきたぞ」
「おや、やっと戻ってきましたか。あなたにしては遅かったですね。ライトくん」
本部にあるエアリスの執務室には、エアリスと2人の騎士の他にウォルター副団長も来ていた。赤髪の騎士と茶髪の女騎士は部屋の真ん中で座らされている。
「副団長も来ておられましたか。少し着替えに寄っていました。あまりにひどい有様だったので。レイ」
名前を呼ばれたレイは部屋に入る。その姿を見た2人の騎士はその顔に驚愕を浮かべた。
「レイが証言しています。そこの騎士2人に殺された、と」
ライトが右手の指を突きつける。
「バカな! ありえない! 心臓を刺したんだぞ!?」
「ちょ、あんたそれは!」
「おや、思ったより自白するのが早かったですね」
赤髪の騎士は自分の失言を気にも留めず、わなわなと震える。
「あれでどうやって生きている? お前は……お前は本当に化け物か。魔族か。魔族なんだろう!」
「違います」
「何も違わない! みんなこいつに騙されているんだ! どいつもこいつも! この化け物が!」
「あなたはもう、口を開かないでいい」
エアリスが緑色の魔力を活性化させる。発動した魔法は赤髪の騎士の口元を空気の膜で覆い、その声を届かなくさせる。赤髪の騎士は口をパクパクさせて何か言っているようだが、もうその声は周りに届くことはない。
「〈
風属性魔法、
「それで、あなたはどうですか? 自分のしたことを認めますか」
ウォルターが赤髪の女騎士に詰め寄ると、彼女は手をバタバタさせて首を振る。
「わ、わたしはやってません。この人がやったんです。黙ってないと殺すぞってこの人に脅されて……うう」
彼女は顔を手で覆って、泣き声を上げる。
「嘘泣きはやめろ。見苦しい」
ライトが女に向けて吐き捨てるように言う。女はぴくりと体を震わすが、顔を手で覆ったまま泣くのをやめない。
「ここに証拠がある。〈転写〉で撮ったものだ」
ライトは懐から複数枚の紙を取り出す。事件現場に残された、土魔法が発動された痕跡。証拠用にと光魔法を使って撮っておいたのだ。
「ここには、土魔法の痕跡が残ってる。それも崖に向けてだ。そして、その崖の辺りには火魔法が使われた痕跡が残っている」
ライトの言葉と共に、次々と写真が取り出される。
「これは、お前たちが使った魔法の痕跡だな?」
「そ、そうですが、それはオークとの戦闘の際に使ったんです。決して彼に向けて放ったものではありません!」
顔から手を離した女が必死に弁明する。その瞳には涙のあとは残っていない。やはり嘘泣きだったようだ。
「あくまで魔物との戦闘の際に使ったと?」
「そうです! こいつがレイを刺し、崖下に放り投げた後私たちはオークに襲われました。その際に使った魔法です!」
「嘘をここまで堂々とつけるとは。だが、残念だったな」
ライトはそういうと扉の向こうからボロボロの革鎧を持ってくる。レイが着ていたものだ。胸元についた見習い騎士のバッジが黒焦げになっている。
「これをみろ」
「いや、その黒焦げの鎧はこいつの火魔法でやったもので」
「違う、ここだ」
「え?」
ライトが指で指したのは、革鎧の肩のあたり。そこには土魔法によって作られた岩が深々と突き刺さっていた。その岩の表面は黒く焦げ付いている。
「なるほど。土魔法のロックバレットがレイくんの体に命中し、その後に火魔法が放たれた、ということですか。装備品というのは当時の状況を詳細に示すものですね」
それが意味するのは、女もレイの殺害に直接関わったということ。言い逃れはできない。
「あう、な、流れ弾で」
「さっきお前は、レイを崖下に放り投げた後にオークと遭遇したと言ったな。矛盾している。もう言い訳は済んだか? 嘘を重ねれば重ねるほど罪は重くなるぞ」
ライトの宣告を受け、女騎士は床に崩れ落ちるように項垂れる。
「エアリス。連れて行ってくれ」
「わかりました。ライハルト隊長」
エアリスが2人の騎士を連れて出ていくのを見届け、部屋にはウォルターとライトとレイの3人が残される。
「名探偵みたいでしたね、ライトさん!」
目をキラキラさせながら笑顔を浮かべるレイに、力が抜けたようにがっくりと俯く。
「お前な。他人事みたいに……。まあ、元気ならそれでいい。良かったよ。レイがなんともなくて」
「ええ。大丈夫です。傷一つないですよ」
腕を捲って見せるレイに、ライトが苦笑をこぼす。
「わかったよ。でも、今日は休め。家まで送るよ」
「ライトさんはまだ帰らないんですか?」
「ああ。俺はちょっとまだやることが残ってる。メシでも作って待っててくれ」
「わかりました」
ライトはレイを抱っこすると、黄金の光になって自宅の方に消えていく。光魔法での移動だ。数分で自宅に着く。
「じゃあ、ゆっくり休んでな。戸締りには気をつけるんだぞ。俺もすぐ帰るとは思うが、あんなことがあった後だからな」
「わかりましたよ。そんなに心配しないでください」
「それじゃあな」
ライトは再び王都の空に消える。光魔法でさっきの執務室に戻ったのだろう。
「ライトさん、優しいな」
レイに対していつも変わらない態度を見せてくれる。それがレイにとってはありがたい。そういう意味ではウォルターさんも信頼できる人だ。最近ではエアリスさんもレイのことをよく気にかけてくれる。
「僕、やっぱり騎士になりたいな」
正確には、ライハルトのような騎士に、だ。誰にでも分け隔てなく接し、正義のために身を粉にする。多くの人々を守り、信頼され、尊敬される。そんな人物に。
「ふふ。帰ってきたら、ご飯を食べながらいっぱい話そう。いつか僕が騎士になって、それで」
空の夕日に手を伸ばす。もう日が沈みそうだ。それはそうだ。今日はいろいろありすぎた。
「ライトさんの隣で、一緒に戦う夢」
夕日の横に、伸ばした手のひらから出した黒い魔力で人型を作る。太陽がライトさんだとすれば、この黒い人形が僕だ。
「いつかライトさんの横に並び立つ騎士になるんだ。そうすればきっと、そこが僕の居場所になる」
今は自分の存在意義がわからなくても。あの人の役に立てるなら。
「さて、ご飯を作らないと」
台所に向かい、夕飯の準備をする。
日が暮れて夜がふけても、ライハルトは家に帰ってこなかった。
――――――――――――――――
「なぜだ! なぜレイに見習い騎士制度なんて教えた!」
執務室に怒号が響く。ここは、副団長の執務室だ。叫んでいるのはライハルトだ。
「なぜって。あなたも納得していたはずですよ」
「それはウォルさん。あなたなら何か考えがあるんだと思ってのことだった。あなたが人を傷つけることなんてするはずがないと」
「人のせいですか? 判断を人に委ねておいてその態度。いつまで子どものままでいるつもりですか」
「話を逸らさないでくれ! 今はそういうことを話し合いたいんじゃない」
体裁もなく叫んでいるライハルトの姿を他の騎士たちが見れば驚愕するだろう。だが幸いにもこの騎士団本部の庁舎には2人しか残っていなかった。ライトはウォルターの胸ぐらに掴み掛かる。
「あなたなら。ウォルター副団長ならばこうなることはわかっていたんじゃないのか? いや、わかっていたはずだ」
「なにを?」
「レイのことだよ。あの子のことは第一部隊のみんなも認めてると思ってた。でも、現実は違う! 俺の前ではレイと仲良さそうにしていたあいつらも、心の中ではレイを嫌っている」
「……」
「レイのことをろくに知りもしないで! 無能だと蔑み、俺を洗脳して騎士団に取り入ったとのたまう!」
「そんな人たちばかりではないはずです。そんなことを言っているのは一部の者たちに過ぎません」
「一部? 聞いた限りでは数十人いる。それが一部だと!?」
「一部でしょう。第一部隊計1000名のうちの数十人です。闇魔法への差別意識を考えれば少ない方です」
「でも俺は気づけなかった! そんな大事なことを! でも、あんたならわかってたはずだろう。そうじゃないのか……」
ウォルターを掴む手は強さを増していく。
「順番が間違っていたんだ。なぜレイを見習い騎士なんかにした。なぜ余計な軋轢を生むようなやり方であいつを目立たせた。騎士学校に行かせれば良かっただろう。そうすればあいつの努力だけで十分に騎士になれたはずだ」
「バカはまだ治っていないのか」
ウォルターの強い口調に、ライトは顔を上げる。
「あの子を騎士学校に入れたら、それこそあの子の居場所はなくなる。わからないのか。あの子が学校で魔法を使うたび! あの子は迫害される! それはきっと今以上に、4年間もその悪意に晒される! その辛さがお前に想像できるのか!」
「っ!」
ウォルターの言葉にライトは押し黙る。胸ぐらを掴んでいた手も力が抜け、ぶらんと垂れ下がる。
「……じゃあなんで、あいつを騎士にしたんだよ。他の道もあったはずだ。それこそ料理人とか、戦闘に関係のない職業も」
「あの子の夢を否定すると?」
「そうじゃねえよ! だって、だって……。命を落とすとこだったんだぞ? あいつの闇魔法だって万能じゃない。今日も、もし、もし戦いの後、魔力が切れたとこを狙われてれば、死んでた」
「それは……」
「夢がどうのじゃない。生きていなければなにも意味がないんだ。人生なんて。それはあんたもわかってるんじゃないのか? それなのになぜ騎士の道をあいつに進めた?」
「……」
「俺はバカだから、あんたの考えてることはわからねえよ。でも、俺はあいつを守りたい」
「ライトくん、君は……」
「もういい。話すことは何もない」
執務室のドアを勢いよく開け、ライトが去っていく。その姿をウォルターが悲しそうに見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます