第11話 『夜明け』その1
深夜。レイは、リビングのダイニングテーブルで寝落ちしていた。なかなか帰ってこないライトを夕飯の用意をしたまま待っていたのだ。部屋から聞こえる物音で目が覚める。目を開けると、騎士鎧をまとったライトがいた。
「おはようございます、ライトさん。なんで鎧?」
「ああ、まだ夜だぞ。今は3時半だ。鎧は、着替えてる暇がなくてな」
笑顔で挨拶をすると、ライトもぎこちない笑顔でそれに返す。その様子に少し違和感を覚える。
「もしかして、今帰ってきたんですか?」
「ん? あ、ああ。そうなんだ」
少しバツが悪そうに言うライトに、少し微笑みながら近寄る。
「ダメですよ。あまり遅いと体調崩します。いつも言ってるのにしょうがないですね。ほら、〈
黒い魔力がライトに吸い込まれ、疲労や睡眠不足を癒していく。この魔法をかければ、例え寝なくても活動できる。
「ありがとう。疲れが吹っ飛んだよ」
今度はにっこりと笑うライトに、満足そうに頷く。
「昨日は何かあったんですか?」
「ああ、あの後取り調べやら何やらで時間がかかってさ。悪いな。せっかく夕飯作ってもらったのに。今から食べようと思っていたんだ」
「あ、いいんですよ。ライトさんが忙しいのなんてもう慣れたものです」
「なあ、レイ」
「はい?」
ライトが神妙な面持ちで切り出すのを、不思議そうに眺める。
「お前は、まだ騎士になりたいか?」
「え? あ、ああ。僕が昨日のことを気にしていると思ってるんですか? それなら全然問題ないです。ああいうのには慣れてますし、むしろやる気がでました」
「そ、そうか? それならいいんだが」
なんだか煮え切らない様子のライトに、レイが訝しげな視線を送る。
「どうしたんですか。様子が変ですよ」
「いや、な。お前は騎士のいいところばっかりしか見てないんじゃないかと思ってな」
「ん、どういうことですか?」
「騎士は、この王国を守る剣だ。そして、王国の財産である人も、街もな」
「はい。心得ています」
騎士の心構えは、見習いになってまもない頃に教わった。だからそれは心に刻み込まれている。
「だから、俺たち騎士はこの国にあだなす悪からそれらを守らなければならない。これはわかっているな」
「もちろんです」
「言葉にすればカッコよく聞こえるがな。実際はまあ、綺麗事で終わらないこともたくさんある」
真剣な眼差しのライトに、レイも姿勢を正す。
「たとえば、他国との戦争が起きた時、俺たち騎士は逃げることを許されない。相手方の兵士や騎士たちと殺し合いをすることになる」
「……はい」
「お互い自分の国を守るための戦いだ。そこには正義も悪も存在しない。あるのは自国を守ると言う大義のみ。魔物と戦う方が何倍も楽だ。相手は明確に悪なんだから」
「それは……確かに、そうですね」
「それでも、この王国が自ら侵略に乗り出したことはない。全て相手方からの宣戦布告によって、今までの戦争が行われてきた。だから、俺はその大義名分を疑ったことはない。この王国を誇りに思っている」
「素晴らしい国なんですね」
レイの言葉に頷くライト。
「俺自身、一度だけ戦争を経験したことがある。その時はまだ一般の騎士だったころだ」
ライトは、レイから目を逸らし下を向く。
「俺は、5万人を殺して英雄になった。『閃光』なんて二つ名がついたのもそのころだ」
「それは……」
レイは、その言葉に驚いた。ライトのいう戦争というのはきっと、6年前にアース王国とキュリオス帝国の間で起きた『ムナス平原の戦い』のことだろう。その時の戦争で功績を上げた騎士たちが今の王国騎士の部隊長として担ぎ上げられたと聞いている。そして、ライトもその1人だ。
「もちろん、国を守るための戦いだ。もしそれに負けていたら王国の民1000万人が路頭に迷う。その戦いに後悔はない。誇りに思ってさえいるよ。でも」
ライトは俯いたまま話を続ける。レイの目を見ることを避けるように。
「俺が殺した5万人。それぞれには家族や恋人、友人がいて、その人の帰りを心待ちにしていたかもしれない。そう思うと……寝れない日がある」
ライトの独白に、レイは何も言えなくなる。
「5万人全員が悪人だったわけじゃない。むしろ国のために戦った勇気ある戦士たちだ。そんな人たちを、俺は殺した。俺が、殺したんだ」
「そんなの、ライトさんのせいじゃない」
「そうだな。だがその記憶は消えない。いつまでも付きまとうんだ」
ライトは顔を上げる。その表情は皮肉げな笑みを作る。
「俺がこの王都で助けた人たちの数と、あの時の戦争で殺した人数、どちらが多いんだろうな」
「ライトさん。そんなこと、言わないでください」
自嘲気味で言うライトに、必死で励ましの言葉をかける。
「ああ。すまない。こんなことを言いたかったんじゃないんだ」
「え?」
気を取り直すようにライトは姿勢を正す。
「つまりだな、騎士になるっていうのはそういうことなんだ。レイ、お前はそんなものを背負う覚悟が本当にあるのか?」
「それは」
ライトの独白を聞き、レイの決意が揺らいでしまっていたをレイは人を助けたいために騎士になりたいと思った。なのに、人を殺すのも騎士の役割なのだ。その矛盾に心が揺らぐ。
「わかり……ません」
「そうか。それならば、もう一度よく考えてみるといい。本当に騎士になりたいのか」
「……」
「お前は今からなら何にでもなれる。別に戦闘職にこだわらなくても、この世にはたくさんの仕事で溢れてる。そんなものを見てまわれば、やりたいことも見つかるんじゃないのか?」
「そんなの……」
気持ちが揺らいだとしても、やっぱり今は騎士のことしか考えられない。今更、他の将来をなんて。
「話を聞いて、正直少し揺らいでしまいました。僕は騎士になる覚悟があるのかって。でも、だからって他の道を行く気にはなれません」
「それは、お前がまだ世の中のことをよく知らないからだ。この世には、たくさんのもので溢れてる。例えばこのテーブルだって作り手がいれば、売り手もいて……」
「ライトさんは、僕が騎士になることに反対ですか?」
表情をなくしたレイの言葉に、ライトはどきりとする。レイはいつも笑顔だった。眩しいほどに。それなのに、今の顔は暗く淀んでいる。
「そ、そういうわけじゃない。ただ、お前はもっといろんなものに目を向けてもいいんじゃないかと」
「僕の夢を、否定するんですか?」
「違う! 俺は、俺は……お前が心配なんだ。いつか死んでしまうんじゃないかって、不安なんだよ。例え騎士にならなくても、他の仕事をして元気に暮らしていてくれればそれでいいんだ」
ライトの言葉に、レイの表情は少し和らぐ。ライトの方を見上げると、少し微笑む。
「そこに、僕の居場所はないんです」
レイは一礼すると部屋の外へと去っていく。ライトはその後ろ姿を、ただ呆然と見ていることしかできなかった。
「違う。俺は……俺はただ、お前のために」
家の外に出て行ったレイを、追うことができなかった。拒絶されるとは思わなくて。あんな顔をさせるなんて、思わなくて。
「どうして。あんな顔をさせるつもりはなかった。俺は……何か間違ったのか」
その呟きに答えるものは誰もいない。なんでこうなったのか。ぐるぐると回る思考はいつになっても完結しない。気づくと足は2階にあるレイの部屋の前に辿り着いていた。扉には大きな錠前がかけられている。レイからはこの部屋に入らないように言われていた。
「レイ……すまん」
鍵がかけられた部屋に入る忌避感よりも、今はレイのことが知りたいという気持ちの方が勝っていた。後でレイには怒られるだろうが、今はレイにあんな顔をさせた理由が知りたい。
「入るぞ」
誰も聞いてはいないのはわかっているが、後ろめたい気持ちを振り切るように声を出す。ライトの手によって簡単に外された錠前は、廊下に置いておく。
ガチャリと開いた扉の先に広がっていたのは、よく整えられた綺麗な部屋。その一角、部屋の隅に置かれた机の上には『閃光の騎士』のグッズが並べられていた。
「これは……」
こんなものを集めているなんてこと、レイは一言も言わなかった。ライハルトの姿を模った人形。肖像画。置物。時計。どれもが綺麗に飾られている。
「どうして、こんなもの」
一緒に暮らしている人のグッズを集めているなんて、確かに知られたくないだろう。でも、その理由がよくわからない。なぜこんなガラクタを、レイは集めているのか。
「ん、これは……」
机の上に置かれたライハルト人形の横に、何か不格好な人形が置かれていた。それだけクオリティが他の人形と全然違う。粘土をこねて作ったようだ。モデルの人物もライハルトではない。その人形の髪の色は、黒だった。
「レイ……か? 自分で作ったのか」
その人形は、おそらくレイ自身を模ったもの。それがライハルト人形の横に寄り添うように置かれていた。そして、その横に置かれたプレートに書かれている文言がライトの目に入る。
「『閃光の騎士』と『常闇の騎士』」
『常闇』の二つ名。レイが自身の二つ名を自分で考えたんだろう。その文言が目に入った瞬間、ライトは全てを理解した。途端に目頭が熱くなる。
「そうか。そういうことか……」
レイが騎士になりたいと言ったのは、少年によくある一過性の憧れのようなものだと思っていた。英雄になりたいだとか、王様になりたいだとか、そういったものの延長線だと。
「俺に、憧れてくれていたのか」
でも、レイは。ライトに憧れて騎士になろうとした。それも、ライトに並び立つ騎士を目指して。
「そりゃあ、あんな顔もするよな」
その憧れの騎士に、突き放されたのだ。お前は騎士にならない方がいい。必要ないと。レイが並び立ちたいと思っていた、憧れの騎士に。
「俺はバカだ。クソ野郎。人に偉そうに説教こいて。人の夢を否定して。そんなやつ、俺自身が1番嫌っていたはずだろうが」
かつての自分が蔑んだ、クソ野郎に自分もなっていた。そのことに気づいたライトは自分の頬を思いっきりぶん殴る。
「レイが騎士になりたいのなら、俺がその道を守ればいい。あいつの道を否定するような奴らから、俺が守ってやればいいだけだろうが」
レイを失うことを恐れて、レイの気持ちを蔑ろにした自分。それはただ目の前の現実から逃げただけだ。怖気付いただけなのだ。
「迎えに行かないと」
ライトは急いで部屋を出る。外では夜が明け始め、薄明かりがさしていた。
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