『2人の家』その3
台所に立ったレイは、手早く調理器具を用意していく。鍋に水を張り、火の魔道具を起動させてその火にかける。水は沸くのに時間がかかるから、最初に用意しておく。
「材料たくさん買っておいてよかった」
冷蔵庫から薄切りの牛肉と野菜、ソーセージを取り出す。そして、棚からは香辛料も。
「あれ、塩は……あった」
棚から塩の入ったツボを取り出し、肉に軽く振る。用意してあった粉末状に挽いた香辛料も軽くまぶしておく。
「野菜は、あんまり大きく切らない方がいいか。お腹に優しいように」
にんじん、じゃがいも、ソーセージを少し小さめに乱切りする。そしてそれを水を張った鍋の中に投入する。
次に、レタスを小さめのざく切りにしてザルに移し、水にさらす。玉ねぎは薄くスライスし、にんじんを細かい千切りにする。トマトもみじん切りにしてボールに移しておく。にんにくは包丁の腹で潰し、すぐフライパンに放り込む。そこに油を多めに投入して、火にかける。
「いい匂いがしてきたな」
ベッドにいるライトがソワソワし出す。食欲をそそる匂いが部屋の中に充満し、腹の虫を刺激した。
「もうちょっと待っててくださいね」
フライパンに肉を入れ、しっかり目に火を通す。そこに玉ねぎ、にんじんを入れて炒める。その際、野菜に塩をひとつまみ振りかける。下味がつくのと、炒めあがりが良くなるのだ。
「トマトを入れてっと」
みじん切りにしたトマトを入れ、少し火を強くする。酸味を飛ばすためだ。十分に火が通ったら、粉末状の香辛料を数種類入れ、最後に塩で味を整える。
「うん、おいしい。あとはスープを……」
冷蔵庫の中から四角いキューブ状の包みを取り出す。これは昨日、余ったクズ野菜を煮詰めて作ったスープの素だ。野菜の旨みが凝縮されていて、これをお湯に溶かすだけで簡単にスープが作れる。それを沸騰した鍋の中に放り込み、ゆっくりかき混ぜる。
「できましたよ。ライトさん」
棚から取り出したパンを輪切りにし、バスケットに入れる。料理を皿に盛り、完成したそれらをライトのいるリビングに持っていく。テーブルはないから、床で食べるしかない。
「テーブルが欲しくなりますね。配膳の見栄えが……」
「十分うまそうだ。もう食べていいか?」
ライトはさっきからレイの料理する様子を食い入るように見つめていた。腹からはうるさいくらい音がなっている。もう待ちきれない様子だ。
「どうぞ。ゆっくり食べてくださいね。久しぶりだと喉に詰まらせますから」
「ああ。……いただきます」
ごくりと喉を鳴らし、肉野菜炒めにフォークを刺し、口に運ぶ。その瞬間、ライトの目がくわっと見開く。
「うまいっ!」
食べた瞬間香辛料の香りが広がる。炒めた野菜の食感も程よく残り、にんにくとトマトの旨みがそれを引き立たせる。
「パンにのせて食べても美味しいですよ。レタスを乗っけて……」
輪切りにしたパンにレタスを乗せ、さらにその上に肉野菜炒めを乗せる。レイは作ったそれを差し出すと、ライトはかぶりつくように食べる。
「う、うまいな! 少し濃いめの味付けがパンによく合う」
パンは少し硬めだが、この料理にはそれがよく合う。ライトは次に、スープを一口飲む。
「ふうう。これもうまいな。この短時間で作れるとは思えないが、どうやって?」
「その、料理した時にでた野菜の余りとかを使って即席のスープの素を作っておいたんです。結構美味しいですよね」
「すごくうまい。そんなことができるんだな。すごいな」
「前の勤め先では美味しい料理が作れないと叱られましたからね……。鍛えられたのかもしれません」
少し照れながら言うレイ。レイもスープを一口飲み、うんと頷く。
「苦労してきたんだな。レイは料理担当だったのか?」
「うーん。料理担当というか、家事全般をやっていましたね。他にも家政婦はいましたが、なぜか僕ばかりが働いていました」
「俺みたいだな」
「ふふ。そうかもしれません」
2人は料理を食べ進めながら雑談する。
「特に料理に関しては、その時の主人は食にうるさい方だったので、好みに合わないものを出すと酷く怒られました。他の家事で料理の準備時間が取れない時などもあって。そんな時に思いついたのがこのスープの素なんです。これならば、少しの時間で美味しいスープが作れる。もちろん主人には『これはスープの素で作りました』なんて言いませんが、ついに最後まで気づきませんでしたね」
「はは。なんだそれ」
2人は笑い合う。一緒に過ごした時間は短いが、それ以上にこの数日で起きた出来事はお互いの信頼を高めるのには十分だった。
「ふうー。食った食った。こんなにちゃんとしたものを食ったのは久しぶりだな」
「携帯食料ばっかりはダメですよ。せっかく毎日僕が食事を用意してるんですから、ちゃんと食べてください」
「悪かった。これからはちゃんと食べるよ」
「はい。それじゃあ今日はこのままゆっくり寝てください」
「ん? 大丈夫だぞ。レイの魔法で元気になったし、メシも食った」
グッと拳を握り上げるライトに、レイは白い目を向ける。
「いや、一睡もしてないくせによく言いますね。いいから大人しく寝ててください。また倒れますよ」
ぐいっとベッドに押し戻す。
「わかった、わかったよ。今日は休む。でも、夕方は買い出しに行くぞ。明日から行く旅行の準備だ」
「そういえば、そんなこと言ってましたね。どこへ行くんですか?」
「王都から南にある、港町アクアラーグに行こうと思ってる。あそこは楽しいぞ。でっかい水族館があるんだ」
「水族館、ですか? 楽しそうですね」
「ああ。俺も小さい時に一回行ったきりだからな。あまり覚えてはいないんだが……料理がうまい」
「楽しみです! あ、でもどうやって行くんですか? まさかライトさんの光魔法で……?」
少しビビりながら質問する。あんなめちゃくちゃな速度で移動する経験、2度もしたくない。目的地まではあっという間だろうが、生きた心地がしないだろう。
「いや、今回は魔法は使わない。旅行といったら、道中も楽しいもんだ。馬車を手配してのんびり行くつもりだよ。アクアラーグまでは2日もかければ着くはずだ」
「そう、ですか。よかった」
レイはそれを聞き安心する。
「そんなわけで、もし夕方になっても起きなかったら起こしてくれ。俺は寝る」
「わかりました」
ライトはゴロンと横になると、あっという間に寝てしまった。目を瞑るその横顔を見ると、顔色はだいぶ良くなったようだ。レイはその姿に、もう一度癒しの魔法をかけてやろうと念じるが、魔法が発動することはなかった。
「あれ、なんでだろ……」
さっきの再現をしようといろいろやってみるが、黒い魔力は動く気配もない。諦めて、手を下ろす。
「魔法の使い方、あとでライトさんに教わろう」
そう心に決め、レイは家事に戻っていった。
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