エピソード 4ー6

「という訳で、セシリアをお持ち帰りしました」


 ウィスタリア邸宅の執務室。魔導具の灯りに照らされた執務机のまえ。私はセシリアを抱き寄せながら、椅子に座るお父様に向かって言い放った。


「……つまり、どういう訳だ?」


 お父様はこめかみを指で揉みほぐし、セシリアに向かって問い掛けた。


「あの、その……ソフィア様にお持ち帰りされました」


 セシリアが真っ赤な顔で呟く。さすがヒロイン、小動物みたいで可愛い。


「……クラウディア?」


 お父様が私の背後に控えるクラウディアに説明を求めた。


「その、レミントン子爵がセシリア様の養子縁組を解除なさっていたのです」

「その点は予想通りだな。しかし、彼女が聖女である以上、復縁はたやすかろう?」

「おっしゃるとおりですが、かの子爵は、養子縁組の際の支援について不義理を働いたようで、養子になるのなら他の家の方がいいという話になりまして」

「なるほど。それでうちにという話になったのか」


 クラウディアから説明を受けたお父様が納得する素振りを見せた。


「セシリア嬢、事情は理解した。だが、うちでかまわないのか?」

「ソフィア様のお家がいいです!」


 食い気味に、セシリアが答えた。


「……ふむ。そうか。だが、養女とはいえ、公爵家の娘になるのなら、それ相応の所作が求められる。厳しさは子爵家と比べものにならないだろう。それでも、かまわぬか?」

「覚悟は出来ています」


 お父様とセシリアの視線が交差した。お父様のグリーンの瞳には様々な感情が滲んでいるけれど、セシリアの青い瞳には強い意志だけが滲んでいた。

 ほどなく、お父様がふっと息を吐く。


「……よかろう。ソフィアの願いなら叶えねば成るまい。セシリア嬢――いや、セシリア。おまえは今日からウィスタリア家の娘だ」


 お父様がそう言って笑えば、セシリアは「よろしいのですか……?」と戸惑いを見せた。


「可愛い娘の願いだからな。それに……おまえが試練で、ソフィアの功績を包み隠さずに明かし、称えてくれたことを私は覚えているぞ」


 だから、養子にしてもかまわないと口にする。直後、セシリアはびっくりしたような顔をして、その青い瞳からボロボロと涙を流した。


「……セシリア?」


 驚いた私が問い掛けると、セシリアは「な、なんでもありません」と首を横に振った。


「なんでもなくはないでしょう。どうして泣いているの?」

「いえ、その……あの行為を褒められたのが嬉しくて。レミントン子爵には、自分の功績を手放すなど、愚かなマネをと叱られたので……」


 ……あの男、そんな暴言まで吐いていんだ。

 もう二度と、あの男をセシリアと関わらせないようにしよう。


「セシリア、よく聞きなさい。貴女の振る舞いは、貴族令嬢としては未熟よ。でも、とても聖女らしいと思うわ。私は、そういうところが好きよ」

「ソフィア様……はいっ!」


 少し頬を赤く染め、満面の笑みで頷いた。スクショを取って、スマフォの待ち受けにしたくなるような表情。まあこの世界、スマフォもカメラもないんだけどさ。

 私は心の中のアルバムに焼き付けて、それからセシリアの手を取った。


「お父様、手続きをお願いします。私はセシリアに部屋の案内をしてきます」

「ああ、分かった。こちらのことは任せておくといい」



 という訳で、私はセシリアを自分の部屋へと案内した。


「ここが私の部屋よ」

「……うわぁ、すごく大きくて綺麗ですね」

「貴女にも同じ大きさの部屋を用意してあげる」

「こ、ここと同じなんて恐れ多いです!」

「なに言ってるのよ。貴女はもう私の妹なのよ?」

「妹、ですか?」


 セシリアが考えても見なかったというような顔をする。


「あら? 自分の方が姉だっていいたいの?」

「いえ、そういう訳では」

「なら妹として振る舞えるようになりなさい。遠慮はいらないわ」

「わ、分かりました。えっと、その……ソフィアお姉様」

「~~~っ」


 上目遣いが可愛すぎて息が止まるかと思った。

 実のところ、妹は私の密かな憧れの一つだった。でも、私の医療費で生活が一杯一杯の両親には、妹か弟が欲しいなんて言えなかったんだよね。


 そうしてセシリアにお屋敷にある色々な部屋を案内していると夕食の時間になった。私はセシリアを連れて食堂へと顔を出した。そこには、両親とお兄様が勢揃いしていた。


「もしかして、お待たせしてしまいましたか?」

「いいえ、ちょうどいい時間よ」


 お母様が微笑んで、それからセシリアに向かって「貴女がセシリアですね」と口にした。


「は、はい。当主様とソフィア様のご厚意に甘えて、養女としていただきました。決して奥様に不快な思いはさせません!」


 いきなり堅苦しい挨拶を始める。

 私はどうしちゃったのよと苦笑するけれど、お母様は目を細め、「そう、レミントン子爵家ではそのような振る舞いを強制されていたのね」と呟いた。


 ――っ。そっか、レミントン子爵家ではそんなふうに答えないと叱られたんだ。

 セシリアが予想以上に酷い扱いを受けていたと知ってびっくりする。そんな私をよそに、お母様は「ここではそのように気遣う必要はありませんよ」と微笑んだ。


「セシリア。私のことはお母様と、お呼びなさい」

「え、でも……」


 セシリアが期待と不安をない交ぜにしたような顔で私を見る。私は大丈夫だよと頷いて見せた。それを見たセシリアはお母様へと視線を戻し「……お母様?」と呟いた。


「よろしい。貴女は今日から私の娘です」

「――ならば俺の妹にもなるという訳だな」


 続いてお兄様が笑いかければ、セシリアはその愛らしい顔をくしゃっと歪めた。


「……嬉しい、です。私、物心ついたころには一人で、レミントン子爵家の養女になったとき、私にも家族が出来るんだって思ったけど、でも、そんなことはなくて。……だから、だからっ。すごく、嬉しいです……っ」


 私は涙を流すセシリアの肩をそっと抱き寄せた。

 

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