エピソード 2ー9

「――と、このように、私達の身体は細胞で出来ています。負傷した場合は、その部位を分裂した細胞が補うことで傷が修復されるのです」


 冒険者ギルドの会議室。

 私は教壇に立って治癒魔術の効果を上げる方法を説明していた。


 最初はセシリアやアナスタシアに教えるだけのつもりだったのだけど、医務室にいた冒険者が興味を示していたので、どうせならと大々的に教えることにしたのだ。多くの人が私と同じ力を使えるようになれば、私の特別感はさらに薄れてくれるだろう。


 という訳で、私は会議室で治癒の原理を説明する。それを週に二度、一ヶ月ほど続けた。結果、生徒達は軒並みその治癒魔術の効果を大きく高めることとなった。


 特にセシリアとアナスタシアは成長が早く、私と遜色のないレベルにまで至った。セシリアに至っては、私よりも治癒の効果が高くなった。さすが本物の聖女である。

 これなら、私よりもセシリアの方が聖女にふさわしいと証明できるだろう。


 冒険者ギルドが常任させている治癒魔術師の腕前も上がったので、慢性的な人手不足も解消され、私達は晴れてお役御免となった。


 唯一残念なのは、衛生管理による効果が確認できなかったことだ。治癒魔術で負傷者を全員救ってしまったので、衛生管理による効果が確認できなかったのだ。


 でも、私から治癒魔術を教えてもらった感謝の印に、これからも医務室の衛生管理をおこなうことにしたと言っていたので、結果的にはよかったと思う。



 そんなある日、私の下に聖女を選出する最初の試練を告知する手紙が届いた。

 それを読んだ私が食堂に顔を出すと、席にお兄様が座っていた。開かれた窓から届くそよ風に揺れ、朝日に照らされたエメラルドグリーンの髪が煌めいている。


「おはようございます、お兄様」

「おはよう、ソフィア」


 彼は微笑みながらメイドに二人分の朝食を頼んだ。キラキラしたお兄様に声を掛けられたメイドが、恋する乙女のような顔で厨房へと駈けていった。


「……お兄様、メイドに手を出しましたか?」

「ソフィア、兄をなんだと思っているんだ?」


 私の問い掛けに対し、お兄様はテーブルに頬杖を付いて答えた。顔を少し斜めにして、私を見つめる淡いブルーの瞳の奥に、私をからかう意地悪な色が滲んでいた。


「すごくモテるお兄様ですね。兄を紹介して欲しいという打診が後を絶ちませんよ?」

「それを言うのなら、妹を紹介して欲しいという打診も後を絶たないぞ?」


 意外――とは言わない。私はこの世界でもっとも顔がいいという設定の悪役令嬢だから。性格が人並みなだけでも、ものすごく持てることは間違いがない。


「素敵な朝なので、お兄様が答えをはぐらかしたことには追求しないであげますね?」

「人聞きの悪いことを言うな。いつもがんばってくれているから、少しお礼をしただけだ。それに、俺はソフィアに嫌われるようなことはしない」


 弄ぶようなマネをしなければ別に嫌ったりはしないけど。なんてことはわざわざ口にしたりしない。私は「そういえば――」と話題を変える。


「聖女選出の試練の告知がなされたのはご存じですか?」

「ああ、そうらしいな。一回目の試練では治癒魔術で負傷者を癒やすのだろう? 今回の試験は、ソフィアが一番だと決まったようなものだな」


 お兄様は、私の治癒の腕をよく知っている。だからそう思うのは無理もないけれど――と、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「あら、私なんてたいしたことありませんわよ」

「まだ言っているのか? 一応言っておくが、おまえがほかの治癒魔術師と比べて突出しているというのは、お世辞でもなんでもないのだぞ?」


 その言葉に、「そうだったみたいですね」と苦笑した。私はセシリアの治癒魔術を見るまで、お兄様や周りの人間の評価はお世辞が多分に含まれていると思っていた。

 ゲームでは、どの程度の傷が、どのくらいの速度で治るかなんて描写はなかったし、半年の努力で、聖女やほかの治癒魔術師の力量を追い抜くとも思っていなかったから。


「だったみたい、ということは、いまは自分が突出していることを理解したのか?」


 私はゆっくりと首を横に振った。


「たしかに、私の治癒魔術は少し特殊だったようです。ただ、それは私にしか使えない技術ではありません。ですから、ほかの聖女候補にも私の治癒魔術をお教えしました」

「教えた、だと? そのようなことが可能なのか?」

「はい。実際に、彼女達はこの一ヶ月で私の回復量を凌ぐほどへと至りました。やり方が違うだけで、元々の実力は上だったので、私が一番とは既に言えないでしょう」

「ソフィア……おまえ……」


 お兄様の整った顔に、驚きや、それでいいのかという疑念、なぜそんなことをという苛立ちなど、様々な感情が浮かんでは消えていく。


「そういえば、伝えていませんでしたね。私は自分が聖女だとは思っていないんです」

「……聖女だと思っていない?」


 お兄様がよく分からないという顔をする。


「聖女にふさわしい方はほかにいらっしゃいます。なのに、私が聖女だなんて烏滸がましいでしょう? だから、聖女のお役に立てるようにと自分の技術を公表しました」

「……ふむ。それはなんというか、実にらしい、というか……」


 お兄様が視線を彷徨わせる。


「……なんですか?」

「いや、俺はおまえの言葉を聞き、やはり、おまえこそが聖女だと確信したよ」

「どうしてそうなるんですか……」


 聖女じゃないと否定すればするほど、聖女らしいと言われる。世界が滅ぶからマジで止めて欲しいと、私は溜め息を吐いた。

 

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