エピソード 2ー10
ある年、ルミナリア教団の司祭が啓示を受けた。
要約すると『もうすぐ各地に瘴気溜まりが発生し、人類が滅亡の危機に陥る。だが嘆くことはない。世界を救う聖女が誕生した』といった内容である。
瘴気溜まりは局地的に発生した黒いモヤのような見た目で、際限なく魔物を産み出す危険な存在だ。数百年周期で瘴気溜まりが各地に発生し、人類は滅亡の危機を迎えている。
そして、この危機を救ったのが歴代の聖女だ。
それゆえ、国は総力を挙げて当代の聖女を探すことになった。そうして、ルミナリア教団の司祭が受けた啓示をもとに選び出されたのが聖女候補である。
ちなみに、聖女以外にも瘴気溜まりを浄化する方法が二つある。
片方は聖女の協力が不可欠なうえ、現時点では原作を知る私にも方法が分からない。原作では『そういった方法が確立された』という描写があるだけだから。
そしてもう一つの方法はいまでも実行できる。ただし、治癒魔術師が何人も必要になるため、簡単に執れる手段ではない。
結局のところ、早々に聖女を見つけ出し、窮地に備える必要があるという訳だ。
その聖女を見つけるために開催されるのが聖女候補が受ける試練だ。
その一回目の試練の開催が告知されたため、私はルミナリア教団の神殿へと向かった。厳かな祭壇のある舞台をまえに、多くの人々が詰めかけている。その舞台袖から祭壇を眺めていると背後から声を掛けられ、振り返るとシリル様がそこに立っていた。
「ごきげんよう、シリル様」
挨拶をするけれど反応がない。シリル様は私を見て、ポカンとした顔で硬直していた。私が不審に思って首を傾げると、執事になにか言われた彼がはっとした顔になった。
「それは聖女縁の衣か?」
「あぁ……これですか? お父様が聖女らしい服をと張り切ってしまわれて……私は聖女候補でしかありませんのに、恥ずかしいですね」
純白の衣。ドレスというには質素だけれど、聖女が纏うにふさわしい神々しさがある。というか、聖女に選ばれた原作のセシリアが、いまの私と同じような衣を纏っていた。
なんだか聖女ぶっているようで恥ずかしいと顔を赤らめると、シリル様は首を横に振った。
「いや、ソフィアにとても似合っているよ。むしろ、その姿を見て、私はソフィアこそが聖女に違いないと確信したほどだ」
いや、だから私が聖女に選ばれたら世界が滅ぶんだって――とは口に出せない。私は「そう言ってくださるのは嬉しいですが……」と表情を曇らせる。
その直後、シリル様が私の腕を掴んだ。
「……ソフィア、誰かになにか言われたのか?」
「いいえ、そういう訳ではありません。ただ、私は自分が聖女だと思っていないだけです。それに、試練は真の聖女を明らかにするためのものですよ」
だから、不用意なことは言わないでくださいねと視線で訴える。シリルがなにかを言おうとしたけど、それより一瞬早く、「素晴らしいお考えですわ」という新たな女性の声が響いた。
振り返ると、淡い黄色の髪が視界に広がった。
純白の煌びやかな衣を纏い、強い光を宿した黄色の瞳を私に向けているご令嬢、エリザベス・ローゼンベルク。乙女ゲームにも登場する侯爵家のご令嬢である。
彼女は驚く私のまえで、優美なカーテシーをして軽く頭を下げた。
「シリル様、ソフィア様、話に割って入る無礼をお許しください。ソフィア様が素晴らしいお言葉を口にしていたので、思わず割って入ってしまいました」
「いや、かまわない。エリザベスも聖女候補だったのだな」
「はい。恐れ多くも候補に選出していただきました」
シリル様とエリザベスが挨拶を交わす。それを横目に、私は彼女のことを思い返していた。乙女ゲームに登場する、聖女候補のライバル的存在だ。
自信家だが、同時に努力家でもある。最初は悪役のような登場の仕方をするが、実は他人を認められる強さを持っている。そんな彼女が、その黄色い瞳を私に向けた。
「ソフィア様、噂はかねがねうかがっています。美しい容姿と、他人を思いやれる心、空に虹を架ける力を持つ、真に聖女にふさわしい人間だと」
その言葉に敵意はない。けれど、私をライバル視するような意思が込められていた。私が「噂は噂でしかありませんわ」と微笑むと、彼女は首を横に振った。
「ソフィア様が素晴らしい人物であることは存じています。ですが、負けません。私こそが聖女にふさわしい人物だと、今回の試練で証明してご覧に入れますわ!」
自信に満ちた表情でライバル宣言をする。私をまっすぐに見る、彼女の黄色の瞳がとても綺麗だと思った。
原作のエリザベスは、最初の試験でセシリアよりもわずかに上回るくらいの能力だった。私が鍛えたいまのセシリアには及ばないだろう。だけど原作の彼女も最終的にセシリアに敗北し、そのうえでセシリアのよき理解者になってくれる魅力的なキャラだ。
現実でも仲良くなれるといいなぁと、私は彼女に微笑みを返した。
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