エピソード 2ー11

 荘厳な会場に司祭が現れた。彼は拡声の魔導具を使って声を響かせる。


「いまより16年前、光と希望の神ルミナリア様よりお告げがありました」


 司祭の口より、神のお告げにより、聖女を見つけなければ世界が滅ぶという事実が語られる。ただし、それはずっと前より告知されていることなので、いまさら驚く者はいない。

 人々は、その話を静かに聞いていた。


 そして司祭から、女神のお告げにあった条件に当てはまる聖女候補が複数いることが告げられ、その中から真の聖女を探すために、試練がおこなわれることが告げられた。


「最初の試練は治癒魔術となっています。それでは、最初の聖女候補の皆さんです!」


 最初の聖女候補、三人が舞台に上がると会場に歓声が巻き起こった。続けて、今回の聖女候補の試練にあたり、協力をする騎士団の負傷者達が運ばれてくる。


 医務室にいた負傷者よりは軽傷で、むせかえるような血の匂いもしない。

 けれど、遠目にも包帯が血まみれで、痛々しい様子がありありと分かる。その悲惨な光景をまえに、一部の気の弱い観客から呻き声が上がった。


 だが、一番負担が掛かっているのは、それを間近で見ている聖女候補達だ。血をろくに見たこともないであろう令嬢の一人がその場で気を失った。

 慌てて、係の者がその令嬢を運び出していく。残り二人のうちの片方も、自主的に舞台を降りるが、最後の一人は辛うじて治癒魔術を行使、治癒をしてみせた。だが途中で我慢できなくなったのか、口を押さえてその場から逃げ出してしまう。

 あまりと言えばあまりの光景に会場から不安の声が上がる。


「――静まれ」


 そのとき、荘厳な雰囲気を漂わせながら、拡声の魔導具で声を上げたのは陛下だった。彼は会場が静まるのを待ち、厳かな口調で会場にいる人々に向かって語りかける。


「見ての通り、負傷者を間近で目にするのは精神的に厳しいものだ。普通の令嬢なら冷静ではいられない。これが普通なのだ。だが、真の聖女ならば乗り越えられるだろう」


 陛下の言葉に、民衆が理解の感情を露わにする。

 おそらく、最初のグループが無様を晒したのは、意図的に脱落しそうなメンバーを最初のグループに入れたから。つまり、アラン陛下や司祭の仕込みだろう。


 実際、次のグループはもう少しマシな結果を出した。治療の途中で魔力が尽きて膝を突くような結果にはなったけれど、患者達は起き上がれるレベルにまで回復した。

 三グループ目、四グループ目と少しずつレベルが上がり、ついに私の番が回ってくる。メンバーは私とエリザベス。それに名前も知らぬ候補の一人だ。


 私以外の二人は、すぐに自分が担当する怪我人に対して治癒魔術の行使を始めた。それを横目に、私は負傷者の騎士へと視線を向ける。


「初めまして騎士殿、私はソフィアよ」

「え? あぁ、俺はダンカンだ」


 声を掛けられるとは思っていなかったのか、彼は少し驚いた様子で答えた。


「ダンカンというのね。それではダンカン。まずは傷口をたしかめるために、包帯を外させてもらうけど……人目があってもかまわないかしら?」

「……ああ。治癒を受けるのだから当然だ。気にする必要はない」

「そう。なら失礼するわね」


 そう言って包帯を外す。生々しい傷が露わになり、会場からわずかに息を呑む声が聞こえて来た。私はそれにはかまわず、ダンカンという騎士に問い掛ける。


「この傷は魔物によるものね。討伐の遠征に従事しているのかしら?」

「いや、負傷したのは王都近郊の討伐任務だ。最近、魔物が増えていてな」

「……そう」


 冒険者ギルドでも負傷者が増えていた。魔物の増加が原因と言うことだけど、ゲーム知識にある範囲では、この時期にそのような報告はなかったはずだ。


 なんらかの理由で歴史が変わっている。既に瘴気溜まりが発生してるなんて可能性もありそうだ。少し調べてみるべきかも知れない。そんなふうに考えていると歓声が上がった。エリザベスの治癒魔術が効果を現し始めたようだ。さすが原作で聖女を上回るほどの腕前だ。

 私はそれを横目に、ダンカンの包帯を外し終えた。


「それでは、治癒魔術を使用します」


 宣言して魔術を行使する。

 この一ヶ月で、私の治癒のイメージはより鮮明になった。淡い治癒の光が陽光の下でも分かるくらいに煌めいて、ダンカンの傷をみるみる癒やしていく。時間にして五分くらいだろうか? 終わってみれば、エリザベスより短い時間で治療を終えた。


「おしまいよ。痛いところはあるかしら?」

「……いや、完璧だ。騎士団が抱える治癒魔術師でも、ここまで綺麗には治せないぞ。どうやら、俺は未来の聖女から治癒を賜るという栄誉を得たらしい」

「怪我が治ったのなら幸いね。でも、残念ながら私は聖女ではないわ。だから、その栄誉を賜る騎士は別の者になるでしょうね」


 私は微笑みだけを残して踵を返す。舞台から降りるまえに観客に向かってカーテシーをすれば、シンと静まりかえっていた会場に大きな歓声が上がった。


 彼女こそ真の聖女だ――なんて声も聞こえてくるけれど、私は前座でしかない。

 真打ちはこれから登場する。最後のグループに目を向ければ、セシリアとアナスタシアが準備を始めていた。準備は万全のようだ。

 さあ、真の聖女が誰か、この世界に知らしめましょう。

 

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