エピソード 2ー8

「クラウディア、この部屋の清掃をおこないます。ギルドに依頼として出しなさい」

「かしこまりました」


 クラウディアが一礼して部屋を出る。それを見送り、なにか言いたげなヴィランズに『一度外に出ましょう』と告げた。

 そうして廊下に出ると、ヴィランズが私の前に立ちふさがった。


「貴女はさきほど、私の考えが間違っているとおっしゃいましたね。なにを根拠にそのようなことをおっしゃるのか、理由をお聞かせいただけるでしょうか?」


 口調こそ丁寧だが、彼の瞳には強い反発心が滲んでいる。

 彼は元歴戦の冒険者で、仲間を失って引退したというバックストーリーが存在する。負傷者の治療に力を入れていて、私の発言に対して怒りを抱いているのだろう。

 私はそんな彼の視線を真正面から受け止めた。


「衛生管理が悪いと、病気になりやすいことはご存じですか?」

「そのような論説があるのは知っています」

「事実ですよ。そして、それは負傷者にこそ影響を及ぼします。治癒魔術を受けられずに、医務室に運ばれてきた負傷者の死亡率はどの程度ですか?」

「……15%くらいです」


 やはり高いと唇を噛む。


「衛生管理が適切にされれば、2%くらいになると思います」

「2%ですか……?」


 多くの者が、負傷ではなく、不衛生な部屋が原因で死んでいる計算。ヴィランズが信じられないと目を見張り、セシリアやアナスタシアも驚いている。

 だけど、十九世紀にランプの貴婦人と呼ばれる偉人が実際に出した数字だ。この世界の医療技術は十九世紀に及ばないが、代わりに治癒魔術がある。


 いまが15%くらいなのが治癒魔術の影響だとするのなら、2%を切ることだって出来るかもしれない。いや、確実に出来るだろう。


「信じずともかまいません。わがままなお嬢様が、汚い部屋で治療をするのは嫌だとだだをこねたと思っていただいてもかまいません。部屋が綺麗で困ることはないでしょう?」

「……それは、おっしゃるとおりですな」


 こうして、部屋を清掃する許可を勝ち取った。とはいえ、清掃はすぐにおこなわれるものでもない。まずは治療からということで、私達は医務室へと戻る。

 再び、血と薬の混ざった独特の匂いが鼻を突いた。


「では、治療をさせていただきます。セシリア、アナスタシア。貴女たちも、自分の手に負えると思った負傷者に治療をしてあげてね」


 そう言って微笑みかければ、セシリアは真っ先に深手を負った冒険者のもとへと掛けていった。ただ、アナスタシアの方は、やはりまだこの環境に慣れないようだ。


「アナスタシア、大丈夫?」

「え、ええ、なんとか……というか、なぜソフィア様は平気そうなのですか?」

「あぁ……私は、騎士団の負傷者を相手になんどか練習させてもらっていたからね」


 衛生面ではだいぶ違ったけれど、負傷の度合いで言えば大差ない。痛々しい姿の患者と接することが多かったので、血を見たくらいで動揺することはもうない。


「……さすが聖女様ですね」

「だから、私は違うって。いや、まぁいいわ。それじゃ私は治療するから、貴女も少し落ち着いたらがんばってね」


 という訳で、私は深手を負っていそうな冒険者のもとへと足を運んだ。最初に治療しようと思ったのは、赤く染まった包帯を全身に巻いた女性の冒険者だった。


「こんにちは。いまから貴女の治療をさせてもらうわね」

「あ、はい。その……よろしくお願いします」


 おっかなびっくり答える女性冒険者は、どこか緊張した様子だ。


「そんなふうに緊張しなくても大丈夫よ。貴方の傷はちゃんと治してあげるから。包帯を取るから、まずはカーテンを引かせてもらうわね」


 男女も混合の部屋で、普段はカーテンすら引かれていない。若い女性にとっては厳しい環境と言えるだろう。あるいは、治療の際に服を脱ぐときすらカーテンを引いてもらえないと思っていたのか、彼女はほっと安堵の息を吐いた。

 それを横目に包帯を外すと、その下に見える傷口が膿みかけていた。


「このまま放置すると危なかったわね。でも、いまなら治癒魔術で大丈夫そう」


 私は治癒魔術を行使する。

 一般的な治癒魔術は、生体細胞の分裂および再生を加速させるものだ。イメージ的には、時間を加速させつつ、自然治癒の力を少し強める効果がある。

 逆に言うと、重大な欠損や古傷に対する効果はほとんどない。


 ただし、魔術はイメージが強ければ強いほど効果が高まる。

 つまり、治れと願うのではなく、傷口の付近の細胞分裂を促し、傷を埋めていくという明確なイメージを持って術を行使すると、治癒魔術は最大限の効果を発揮する。


 という訳で、私は一人目を治療。続けて二人目、三人目と治療をおこなっていると、いつの間にかセシリアとアナスタシア、それにヴィランズが私の背後に張り付いていた。

 私は肩越しに振り返って小首を傾けた。


「……あの? なにをしているの?」

「それははこっちのセリフです、ソフィア様! その治癒魔術はなんですか? 回復速度が尋常じゃありませんよ!」


 セシリアが詰め寄ってくる。それに対して私は、『なんかやっちゃいました?』みたいな顔をするけれど、ここまでは計画通りだ。


 試練でこうなっていたら、私が聖女だという流れは避けられなかっただろう。だけど、いまなら挽回が効く。いまから、二人にも同じことが出来るようになってもらう。そうすれば、試練を見た人々に、私だけが特別ではないと分かってもらえるはずだから。

 という訳で、私はぽんと手を叩いて、「あぁ、この治癒魔術ですか? 少しコツがあるの」と、当たり前のように言い放った。


「コツ、ですか?」

「ええ。よかったら、貴女たちにも教えてあげるわ。きっとすぐに出来るようになるから。イメージさえ出来れば、失った腕を再生することだって出来るんだから」

「えぇ……?」


 セシリアにものすごく胡散臭そうな顔をされた。

 

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