エピソード 2ー7

 うららかな午後の日差しが木漏れ日となって降り注ぐ、セレスティアル学院の中庭。その片隅にある丸テーブルを、セシリアとアナスタシアと私の三人で囲っていた。


「早速だけど、二人は冒険者ギルドについてどれくらい知ってる?」

「魔物を討伐、素材の売却で生計を立てている者達、ですよね?」

「護衛なども引き受けると聞いていますわ」


 セシリアとアナスタシアの答えを聞いた私は満足げに頷いた。

 一部例外はあるけれど、冒険者ギルドに所属するのは、主に魔物を対象にした傭兵のようなものだ。彼らの存在がなければ、周辺は魔物であふれることになる。


「それじゃ、その冒険者ギルドが治癒魔術師を常任させているのは知っている?」

「はい。私は何度かお手伝いで呼ばれたことがあるので」


 孤児院育ちのセシリアは、人手不足のときにバイトをしていたようだ。

 アナスタシアも「騎士団は治癒魔術師を常任させていますものね。冒険者ギルドも同じような体制でも不思議ではありませんわ」と答える。


「そうね。ただ、最近は王都周辺の魔物の動きが活発化しているでしょう? 冒険者の負傷者が増えて、ギルドの治癒魔術師だけでは人手が足りていないみたいなの」


 一応、貢献度や負傷度によるトリアージがおこなわれているが、人手不足が悪化することでその基準が厳しくなっている。そのため、彼らは臨時の治癒魔術師を探しているらしい。

 私はその状況に目を付けた。


「聖女選出の試練、なにがおこなわれるかは明らかにされてないけど、治癒魔術の腕を磨いておいて損はないと思わない?」


 私がそう口にすると、アナスタシアの瞳に理解の光が灯った。


「つまり、冒険者ギルドで治癒魔術の練習をさせてもらおうという訳ですね」

「ええ、その通りよ」


 ――と同意したが、その名目でセシリアを鍛えるのが本当の目的だ。そんな私の思惑通り、セシリアは二つ返事で了承し、アナスタシアも同行を申し出る。

 こうして、私達は冒険者ギルドへと向かうことになった。



 冒険者ギルドに到着すると、私達は応接間へと案内される。そこには精悍な顔立ちの赤髪の男が待っていた。彼の眼差しは冷静で鋭く、部屋全体に緊張感が漂っている。

 初対面だけれど、乙女ゲームの登場人物なのでプロフィールは知っている。彼の名はヴィランズ、このギルドのマスターだ。


「ソフィア様とそのご友人ですね。このたびは、冒険者ギルドの要請に応じてくださり、誠に感謝いたします」


 歴戦の勇者と言った顔立ちからは想像できない丁寧な仕草で私を出迎える。だけど、それが猫を被ったよそ行きの態度であることを私は知っている。


「そのようにかしこまる必要はありません。内心では、血を見たこともないような令嬢が、傷だらけの冒険者をまえに泣き出さないかと心配なさっているのでしょう?」


 私が微笑めば、彼は軽く目を見張った。


「態度に出したつもりはなかったのですが、ご気分を害したのなら謝罪いたします」

「いいえ、私も負傷者を練習台にさせていただくつもりなので謝罪の必要はございません」


 私の発言に、ヴィランズはピクリと眉を吊り上げた。


「街のために戦って負傷した者を練習台にする、と?」

「その通りです」


 私が頷けば、部屋に緊張が走った。張り詰めた空気の中で私とヴィランズが見つめ合う。私は彼の視線を受け止めながら、狼狽えることなく言葉を続ける。


「――ですが、治療に手を抜くつもりはございません」


 練習台にはするけれど、本気で治療する。そう訴えれば、彼は「そうか、なら期待させていただきましょう」と、精悍な顔に笑みを乗せた。


 そうして医務室へと移動すると、鉄さびのような匂いが鼻を突いた。簡単な洗い場と、申し訳程度の医療品、そしてベッドだけが並んでいる不衛生そうな部屋。

 そのベッドの多くに、血まみれの包帯を巻いた負傷者が横たわっていた。


「うわぁ……」


 私は思わず顔をしかめた。アナスタシアに至っては、口元を押さえてそっぽを向いてしまった。だけど、セシリアだけは平然と「負傷者が多いですね」と呟いた。


「治癒魔術師は、ギルドの運営資金でまかなっています。それゆえ、冒険者は誰でも治療を受けることが出来ますが、人手が足りない場合は重症度や貢献度でトリアージされます」


 つまり、いまベッドで寝かされている怪我人は、なんらかの理由で後回しにされた人々、ということだろう。可哀想だとは思うけれど、そうしなければならない事情は理解できる。

 だけど、問題はそれじゃない。


「……汚い」


 私が呟くと、部屋にいた者達が一斉に私を見た。その視線に込められたのは敵意や警戒心が含まれている。ヴィランズが「ご令嬢には刺激が強かったようですね」とフォローした。だが、その言葉の裏側には、私に対する侮蔑の感情が含まれているはずだ。

 それでも、私はかまわずに自分の意見を告げる。


「私が言いたいのは、この部屋が不衛生だということです」

「……おっしゃることはもっともですが、下々が使う医務室とはそういうものなのです。部屋の掃除よりも、彼らの治療をおこなう方が重要ですから」


 ヴィランズは子供を諭すように言い放った。実際、彼は我が儘なお嬢様の相手をしている気になっているのだろう。それでも丁寧な口調の彼は紳士だと思う。


 だけど地球にこんなデータがある。戦闘による負傷者の死亡率が42%に及んでいたが、衛生管理をおこなったことで、その死亡率が1/20にまで減少した、というデータが。

 だから――


「ヴィランズ。貴方の考えは間違っています」


 私は彼の意見を真っ向から否定した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る