エピソード 2ー6

 聖女の試練は段階的におこなわれる。

 その順番や内容はルミナリア教団で決定されるため、外部の人間が知ることは出来ない。これは、教団に多額の寄付をおこなっている上位貴族であっても同じことだ。

 ただし、原作を知る私はその内容と順番を知っている。最初の試練はズバリ、治癒魔術で怪我人を癒やすことだ。

 原作のセシリアはこの試練で高い能力を示し、周囲から大きな評価を得ることになる。ゆえに、この試練がおこなわれれば、私よりもセシリアの方が聖女にふさわしいという流れになると、私は信じて疑わなかった。剣術の授業の最中、セシリアが負傷した生徒に対して治癒魔術を行使するのを目にするまでは。


「――すまない、助かった」


 負傷した生徒が感謝の言葉を口にする。そして、セシリアの治療を目撃した何人かが、「いまの治癒魔術は……」と、セシリアのすごさに気付いた感を出している。


 原作にあった、いずれセシリアのすごさがみんなに認められるのでは? と、プレイヤーに期待させる演出だ。だけど、その治癒魔術を目にした私は失意の底に沈んだ。

 彼女の扱う治癒魔術の効果が、私よりもずっと下だったからだ。


 いや、なんでよ! と心の中で叫ぶ。だけどいまにして思えば、背中の打ち身を騎士団が抱える治癒魔術師に治してもらったときも、治癒魔術の回復量はたいしたことがなかった気がする。

 そして思い出すのは、魔術に重要なのがイメージだという事実だ。前世の記憶を持つ私は、治癒に対する解像度が、ほかの者たちより圧倒的に高いのだろう。


 つまり、私は聖女よりもすごい治癒魔術を身に着けてしまったらしい。それもたった半年で、だ。呆れるくらいにすごい。すごすぎてとてもまずい。

 たった半年で聖女を凌駕する女の子。

 それはもはや真の聖女である。


 私の治癒魔術の腕前を知る人がいなければ、手加減すればいいだけなのだけど……私の家族を始めとしたウィスタリア関係者は私の腕前を知っている。

 試練で手加減をすれば一発でバレるだろう。

 となると――方法は一つしかない。



「シリル様、一つお願いがございます」


 その日の放課後、私は帰宅準備をしているシリル様を呼び止めた。


「ソフィアが私にお願いとは珍しいな。カフェでお茶ならば歓迎だが?」

「それも魅力的ですが、お話というのはウォルフ様のことですわ」

「……なんだ、そなたは私よりも弟に興味があるのか?」


 シリル様はふいっと窓の外に視線を向けた。

 その横顔には少しの不満が滲んでいる。普段は格好いいけど、拗ねる姿は可愛いなぁと、窓から差し込む陽光に優しく照らされた彼の横顔を見て微笑む。


「実はセシリアに用事があるのですが、ウォルフ様に妙な誤解を招きたくないのです」

「……なんだ、そういうことなら力になろう。今日の放課後なら、ウォルフも私も王城で戻る予定になっている。弟の目はこちらでなんとかしてやろう」

「さすがシリル様、頼りになりますね」


 感謝を込めて微笑みかける。シリル様は少し照れくさそうに、「力になれてなによりだ」と微笑んだ。それから、「セシリアになんの用だ?」と聞いてくる。


「実は、デートにお誘いしようと思いまして」


 そう言って笑うと、なぜかものすごくなにか言いたげな顔をされてしまった。



 ――という紆余曲折はあったけれど、私はセシリアのいる隣のクラスへと向かった。そこでセシリアを呼んでもらうために、扉の近くにいた男の子に声を掛ける。


「ん? なにかよう――っ」


 振り返った男の子は私を見て硬直した。胸を押さえて動かなくなった彼に「ちょっといいですか?」と尋ねると、「はい、俺はフリーです」という答えが返ってきた。


 さすが性格以外は完璧な悪役令嬢、見知らぬ男の子の心を一目で惑わしてしまった。

 原作ゲームのビジュアル、素敵だもんねぇ。その反応はよく分かるよ。なんて思いながら、セシリアを呼んで欲しいと伝えると、ほどなくしてセシリアがやってきた。


「ソフィア様! こんにちは!」

「久しぶりね、セシリア。元気にしてた?」

「はい、おかげさまで!」


 モーヴシルバーの髪をふわりと揺らして愛らしいポーズを取る。それを微笑ましく思っていると、彼女の背後からひょっこりと鮮やかなオレンジ色が顔を覗かせた。


「セシリアにお客さんってどなた――あ、ソフィア様」


 青い瞳を輝かせたのはアナスタシアである。彼女は背後からセシリアの肩に手を置いて身を乗り出している。あれから数日でずいぶんと仲良くなったようだ。


「そういえば、二人にお礼を言ってなかったわね」

「……お礼ですか?」


 セシリアが首を傾げる。


「私の誤解を解いてくれてありがとう。とっても嬉しかったよ」


 私の悪評が流れたとき、セシリアがウォルフ様に相談した。そのとき、アナスタシアも協力してくれたと聞いている。それが嬉しかったと、感謝の気持ちを込めて微笑むと、教室がにわかにざわめいた。続いて、何人かが胸を押さえて膝を突いた。……え? 急にどうしたんだろうと、私はコテリと首を傾げた。

 さらに、追加で数名がうずくまった。


「ソフィア様、場所を移しましょう」


 セシリアに腕を掴まれる。


「え? すぐに済む話なのでここでも――」

「いいえ、中庭にしましょう。ここだと被害が大きすぎます」


 今度は反対の腕をアナスタシアに掴まれる。

 被害……って、まさか、みんなが倒れたの、私が微笑んだせい? ……え? なにそれ。世界で一番可愛いって設定はそのレベルなの? そこまでいくと、ちょっと怖いんだけど……

 そんなふうに戸惑っているあいだに、私は中庭へと連行されていった。

 

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