エピソード 2ー5

 翌日、昼休みの教室。クラスメイトが食事を取るために移動を開始する。そんな喧噪の中で移動の準備をしていると、そこにシリル様がやってきた。


「ソフィア、ウォルフが迷惑を掛けたようですまない」


 唐突な謝罪に、どっちの件だろうと首を傾げる。すると、私の疑問に気付いたのか、シリル様は「セシリアの件だ」と補足してくれた。


「シリル様が謝ることではありませんわ。それに、疑われるのは仕方のない状況でしたし、ウォルフ様も一方的に責め立てたわけではありませんから」

「事情は聞いている。ただ……そのせいでよくない噂が流れただろう?」

「噂、ですか?」


 小首を傾げると、シリル様がしまったと言いたげな顔をした。私は「なにかありましたか?」と、噂について追及する。


「そなたが別の聖女候補を苛め、それをウォルフにたしなめられたという噂が流れている」


 致命的な部分が間違っているけれど大枠は正しい。つまり、状況を知るものが流した噂である。誰の仕業かと考えていると、シリル様が口を開いた。


「ウォルフから話を聞き、そのような事実がなかったことは確認している。恐らく、そなたを貶めようとした誰かの仕業だろう」


 この時点でウォルフ様の仕業である可能性はほぼ消えた。むしろ、私を庇ってくれたようだ。誰の仕業だろうと思っていたら、シリル様の指が私の頬に触れた。


「そなたは、誰かに悪意をぶつけられたと聞いても動揺しないのだな」

「逆恨みを含めれば、私を恨む人間はたくさんいるでしょうからね。いまさら、悪意をぶつけられたくらいでは狼狽えませんが……」


 むしろ、シリル様に頬を撫でられる方が動揺する。そうして困った顔でシリル様を見上げていると、彼は唇を私の耳元へ寄せた。周囲から黄色い声が上がり、私の鼓動が少し早くなる。


「とりあえず、噂の出所はウォルフではない。というか、私はセシリアの仕業ではないかと思っているのだが、そなたはどう思う?」


 囁かれた言葉に驚いて目を見張った。シリル様はゆっくりと私から身を離し、「そなたの意見を聞かせてくれ」と口にした。私は胸を押さえて自分を落ち着かせる。

 そうして深呼吸を一つ、シリル様の考えについて意見する。


「セシリアがそのようなことをするはずありませんわ」

「そうか? 彼女にとって、同じ聖女候補であるそなたは最大のライバルだろう? なにより、昨日の出来事を知る、数少ない人物のはずだ」


 あぁ……そういう視点で見ると、たしかにセシリアは容疑者だ。

 でも、私は原作のヒロインが善良な女の子であることを知っている。というか、真の聖女は彼女の方だ。ここで話がこじれたら世界が滅ぶ。


「シリル様、彼女は犯人ではありません」

「……ふむ。なにか根拠があるのだな? ソフィアがそう言うのなら信じよう。だが、ならば、噂の出所はどこだという話に戻るのだが……」


 一つだけ心当たりがある。

 それは、ウォルフ様に報告した誰かだ。そもそも、ウォルフ様が誤解したのだって、その人がわざと誤解を招くような言い方をしたからという可能性がある。

 だけど、私がまかり間違って聖女に選ばれれば世界が滅ぶ。破滅するような悪評は困るけれど、聖女にふさわしくないと噂される程度なら好都合だ。

 つまり――


「誰の仕業でもいいではありませんか」


 私は微笑み、肩口に零れ落ちた髪を手の甲で払った。コーラルピンクの髪がサラサラと広がり、窓から差し込む日の光を受けて煌めいた。

 シリル様がほぅっと溜め息を吐く。


「……ソフィアは心まで広いのだな。聖女と目されるだけのことはある」

「いえ、ですから、私は聖女じゃありません」

「聖女を自称する者よりはよほどらしいと思うが? それに、あの虹を見たものなら、誰もが聖女にふさわしいのはそなただと口を揃えて言うだろう」

「あんなのはただの自然現象です」

「常人にその自然現象を引き起こせると思うのか?」


 あうぅ……ダメだ、なにを言っても逆効果な気がする。でも、大事なのは私が聖女ではないと明らかにすることじゃなくて、セシリアが聖女だと認められることだ。そうすれば、私が聖女だという誤解も解けるだろう。そんなことを考えながら、シリル様との会話を終えた。



 余談だけど、私の噂を知ったセシリアがウォルフ様に相談した結果、ウォルフ様が噂の主を探し出して叱りつけるという事件があったらしい。

 犯人は別の聖女候補で、ウォルフ様に嘘を吹き込んだのもその令嬢だ。どうやらほかの聖女候補を陥れるのが目的だったようだ。

 ウォルフ様がその顛末を私に伝えるのを大勢が見聞きしたことで、私の悪評はあっさりと沈静化した。


 悪評で私を聖女候補から外す計画は失敗してしまったけど、ウォルフ様がちゃんとセシリアの面倒を見ているようなので私は少しだけ安心した。


 そうして日々を過ごしている間に聖女を選出する最初の試練の日が近づいてきた。そんなある日、私はまたもや自分がやり過ぎていたことを知ることになる。

 

 

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