エピソード 2ー4

「ソフィア、このようなところにセシリアを呼び出してなにをしている?」

「あら、不躾ですね。少しお話をしていただけですよ」


 私が答えるのと同時、風が吹いて木漏れ日がウォルフ様の顔に影を落とす。


「話をしていただけ? 俺はセシリアが苛められていると聞いてここに来たのだがな」


 どうやら、アナスタシアの叱責を誰かに見られていたらしい。私ではないと弁明するのは簡単だけど――と、一瞬だけアナスタシアが立ち去った通路の向こうへと視線を向ける。


「……お疑いなら、セシリアに聞いてみてはいかがですか?」


 私がそう言うと、ウォルフ様は少し思案顔になった後、「彼女はこう言っているが、彼女に苛められていた訳ではないのか?」とセシリアに問い掛けた。


「そんな、ありえません!」

「それは……脅された上での言葉ではないのだな?」

「違います! その……ソフィア様は困っていた私を助けてくださったんです!」


 セシリアが必死に訴えれば、ウォルフ様は「ふむ……」と考える素振りを見せた。


「セシリア。ここでなにがあった?」

「えっと……その、私が他の方にぶつかって叱られていたところを、ソフィア様が取りなしてくださったのです。だからソフィア様は悪くありません。むしろ恩人です!」

「……そういうことか」


 ウォルフ様は深く息を吐いた。

 恐らく、私が誰かを庇ったことまで理解したのだろう。その緑色の瞳に理解の光を灯し、「どうやら誤解していたようだ。疑ってすまない」と口にした。


「謝罪の必要はございませんわ。それに、私を警戒していることに変わりはないのでしょう?」

「まぁ……そうだな。少し調べたが、おまえはとても貴族らしい性格のようだからな」


 調べたと聞いてピンときた。

 私が前世の記憶を思い出すまえ、増長を始めていたころの私を知っているのだろう。

 そしてもう一つ。


「シリル様の件に続いて二度目ですからね」


 目聡い者なら、聖女にもっとも近い人物がセシリアだと分かる。私はそんなセシリアやシリル様のピンチに続けて都合よく居合わせた。ウォルフ様が自作自演を疑うのも無理はない。なぜなら、権謀術数に長けた貴族はそういうことをするのが普通だから。


「一応聞いておくが、おまえの企みではないのだな?」

「違うと言えば信じてくださるのですか?」

「おまえが逆の立場なら、俺を信じるか?」

「私がそこまで無垢に見えますか?」


 私はあり得ないと肩をすくめた。


「あの、お二人はなんの話をしているのですか?」


 迂遠なやり取りを理解できないセシリアが首を傾げ、それにウォルフ様が答える。


「おまえの窮地が、彼女の企みではないか? という話だ」

「え? ち、違います、ソフィア様は偶然――」


 声を荒らげたセシリアの袖を引いてたしなめた。


「セシリア、私を信じてくれるのは嬉しいわ。だけど、貴女の立場を考えれば、それくらいやる人がいてもおかしくないのよ。だから、もうすこし周りの人間を警戒するようになさい」


 聖女に選ばれれば、公爵令嬢の私に匹敵するような権力を手にすることになる。セシリアの未来に賭けて、取り入ろうとする者はいくらでもいるだろう。


「でも、ソフィア様は……」


 セシリアが下を向いた。私を庇おうとして、だけど私の忠告に反するからと葛藤しているのだろう。さすがヒロイン、護りたくなるような可愛さがある。

 私はセシリアの頭に手を乗せ、モーヴシルバーの髪をそっと撫でつけた。


「大丈夫よ。私とウォルフ様は別に喧嘩をしている訳ではないのだから」


 セシリアは戸惑うような素振りで顔を上げた。


「そう、なのですか?」

「ええ。貴族社会で生活していると、このくらいの腹の探り合いは日常茶飯事だもの。そうですよね、ウォルフ様?」


 セシリアを傷付けたい訳じゃないでしょう? という意志を込めて同意を求める。ウォルフ様はセシリアをチラ見した後、「そうだな」と口にした。

 私を警戒していても周囲への気配りを忘れない。やはりウォルフ様は攻略対象にふさわしいステキな人物だと思う。ただ、私にとっての攻略対象じゃないだけだ。


「俺の目から見て、ソフィアは家柄だけじゃなく、能力も同年代の中で突出している。だからこそ、味方と確信できるまでは警戒せざるを得ないんだ」

「あら、光栄ですわ」


 私は微笑むけれど、セシリアは訳が分からないという顔をする。


「ええっと。要するに、二人は喧嘩をしてる訳じゃないのですか?」

「喧嘩はしていないな」

「あえて言うのなら、腹の探り合いね」


 実のところ、私はウォルフ様の気持ちが分かる。

 なぜなら、私は自分が聖女に選ばれる可能性が高いと思っている訳じゃない。だけど、万が一にも選ばれたら世界が滅ぶ。そう考えると警戒せざるを得ないのだ。


 ウォルフ様も同じだ。私に害意があると確信している訳ではない。ただ、私が周囲に及ぼす影響を考えると、万が一を考えて警戒せざるを得ないと言っているのだ。


 好意的でないのはたしかだけれど、敵対するほどのことではない。それに、私が聖女であることを否定してくれている貴重な存在だ。ほどよく距離を取っていれば問題はないだろう。ウォルフ様にはぜひセシリアのナイト様になってもらいたい。


「という訳で、私はさきにお暇いたします。ウォルフ様、セシリアのことは貴方にお任せしてもよろしいですか?」

「ああ、責任を持って送り届けよう」


 それなら安心だと微笑んで踵を返す。

 その直前、セシリアに袖を掴まれた。彼女はなにか言いたげな顔をして、だけどなにも言えないでいる。だから、私はふっと笑みを浮かべた。


「セシリア、また今度お話ししましょうね」


 私が微笑めば、セシリアはようやく笑みを零した。

 

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