エピソード 3ー7
周囲に響く襲撃の知らせ。馬車の中にいる聖女候補に動揺が走った。
「襲撃って、どういうことよ。街道の魔物は討伐したんじゃなかったの!?」
アナスタシアが窓から御者に向かって詰め寄る。返ってきたのは、分からない。状況を確認するから、そのまま待機していて欲しいという言葉だった。
アナスタシアは再び食ってかかろうとするが、私がそれを止めた。
「いまは落ち着きましょう」
「ですが、ソフィア様、襲撃ですよ。魔物は先行部隊が殲滅したはずじゃないですか……っ」
「魔物を間引いたとしても、残党くらいは残っているでしょう。でもその程度であれば、騎士団が負けるはずありません」
そう言ってみんなを落ち着かせるけれど、内心ではそれなら報告がないのはおかしいと思っていた。だから私は心の中で秒数を数える。
あまりにも遅すぎれば、なにかあったと捉えるべきだろう。そんなふうに考えながら、秒数を数えていると、それが三百秒を超えた。
これはいよいよなにか不測の自体があったのかも知れないと思い始めたころ、馬車の扉がノックされた。セシリアがカーテンを開けると、外に騎士の鎧を纏う男が立っていた。
「――外に負傷者がいます。聖女候補の皆様に治療をしていただけないでしょうか?」
「え、あ、はい、分かりました」
セシリアが扉の鍵を開けようとした。
「――ダメよ!」
私はとっさに身を乗り出してその腕を掴んだ。
「……ソフィア様? どうしたんですか?」
「その男、私達の馬車を護衛していた騎士じゃないわ」
「え、え? ソフィア様、騎士の顔を全員覚えているのですか?」
困惑するセシリアを横目に、私は騎士を睨み付けた。
「あなた、配属を言いなさい」
悪役令嬢の頭脳は優秀だ。一度見聞きしたものはほぼ忘れない。当然、自分たちの周りにいた騎士の顔は全部覚えている。だから、彼の顔に見覚えがないことに違和感を覚えた。
次の瞬間、外の男が歪んだ笑みを浮かべ、腰から剣を引き抜いた。それを振りかぶるのと同時、私は「伏せなさい!」と叫んだ。
次の瞬間、男の振り下ろした剣が馬車の窓に叩きつけられる。セシリア達の悲鳴が馬車の中に響き渡るが、騎士団が手配した馬車のガラスは男の剣を弾き返した。
魔導具による魔術で強化されたガラスだ。簡単には割れはしない。けれど、そこに更なる攻撃が加えられ、ついにガラスにひびが入り、三度目の攻撃でガラスが砕け散った。
割れたガラスの隙間から男の腕が入ってきて、扉のあたりを探り始めた。男が鍵を開けようとしているのに気付いて血の気が引く。
そのときに思い出したのは短剣の存在だ。アイリスから護身の術を教えてもらった流れで、私は護身用に短剣を持ってきた。
私はスカートを翻し、太もものベルトに固定した短剣を引き抜いた。
人に短剣を突き立てることに怖じ気づくけれど、歯を食いしばって短剣を突き出す。けれど、迷いの乗った一撃は、男の手の甲を軽く切り裂くに留まった。
だが、男は反撃なんて予想していなかったのだろう。悲鳴を上げ、「――このっ、よくもやってくれたな!」と腕を引っ込めた。
ほっとした飲も束の間、次の瞬間には腕の代わりに剣先が窓から差し込まれた。
「ソフィア様、危ない!」
アナスタシアに腕を引かれ、間一髪で回避した。そして次の瞬間、馬車の外から男の悲鳴が聞こえ、「取り押さえろ!」というシリル様らしき声が聞こえてくる。
「……なにが、どうなったの?」
顔を見合わせる。次の瞬間、「聖女候補の皆様、大丈夫ですか!」という別の男の声が聞こえて来た。その聞き覚えのある声に、私は大きく息を吐いた。
「怪我人はいないわ」
答えながら、割れた窓から外に視線を向ける。そこにはこの馬車を護衛していた騎士がいた。私はみんなに向かって「この馬車の護衛よ」と告げ、再び外に視線を向けた。
「それで、なにがどうなっているの?」
「それについては私から話そう」
シリル様の声だ。さっきシリル様の声が聞こえたのは気のせいじゃなかった。シリル様の姿を確認した私が鍵を開けると、開いた扉からシリル様が顔を覗かせ、手を差し出してきた。
私はその手を取って馬車から降り立った。草の匂いの中に、わずかに鉄さびのニオイが混じっている。私が顔をしかめていると、続けてみんなが馬車から降りてきた。
「それで、なにがあったのですか?」
「盗賊を装った武装集団による襲撃があった。ただ、どうも陽動だったようだ。本命は……」
シリル様が視線を向けたのは、私達が降りた馬車だ。
「……なぜ私達を?」
「それはいまから尋問する予定だ」
それを聞いた私は、尋問に立ち会わせて欲しいとお願いした。最初は難色を示していたシリル様だけど、私が何度かお願いしたら渋々ながら了承してくれた。
ただ、陽動の部隊との戦闘で負傷者が出たそうで、私とエリザベスが尋問に立ち会い、セシリアとアナスタシアは怪我人の治療に回ることになった。
少し移動すると、さっき私達を襲った騎士が別の騎士に組み敷かれていた。そうして地面に這いつくばる男を、さらに別の騎士が尋問していた。
「言え! なぜ聖女候補を襲った!」
「そ、それは……」
組み敷かれた男は視線を逸らす。そんな男の目の前に、尋問をしている騎士が剣の切っ先を突き立てた。男が哀れさを誘うような悲鳴を上げる。
「聖女候補を害そうとしたのだ、楽な死に方をできると思うなよ!」
「ち、違う! 聖女候補を傷付けようとした訳じゃない! ただ、ソフィア嬢を誘拐して、一週間ほど隠すように命令を受けただけだ!」
周囲の視線が一斉に私へと向けられた。
明らかに、原作のストーリーとは違うことが起きている。でも、なぜそんなことになっているのか確認しなくちゃいけない。私は速まる鼓動をそのままに、男の側へと歩み寄った。
「なぜ私を狙ったのですか?」
「それは……」
男は視線を逸らすが、そこにはさきほど突き立てられた剣の切っ先があった。男は観念したかのように息を吐き、「それはおまえが聖女だからだ」と口にした。
「……は?」
間の抜けた声を零してしまう。だけど、なんの冗談よと、叫ばなかった私を褒めて欲しい。
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