エピソード 3ー8

 私が聖女だなんてあり得ない。だけど男の顔は真剣そのものだ。少なくとも本気で私が聖女だと思って、襲撃をしたことは分かった。ならば、なぜそんなことをしたのかと困惑していると、私の隣にシリル様が立った。


「現状、彼女が有力な候補なのは事実だ。だが、ならばこそ、なぜ彼女を狙う? おまえの主は、人類の滅亡を望んでいるのか?」

「ち、違う! さっきも言ったが、傷付けようとした訳じゃない!」


 さきほどと同じ答え。その意味を考えていると、シリル様が「もしや、おまえの主は、今回のグループにいない聖女候補を擁する貴族か?」と尋ねた。


 私はその言葉の意味が分からなかった。だけど男は視線を逸らし、アナスタシアやエリザベス、それに何人かの騎士が息を呑んだ。


「……どういうことですか?」


 私の呟きが、不思議と周囲に響き渡った。シリル様が私へと視線を向ける。


「この者の主は、このままではそなたが聖女として名を残すと考えたのです。だからそのまえに、瘴気溜まりの浄化を自分の娘にさせたかったのでしょう」

「……え? でも、私が聖女だとしたら、その方の娘が浄化は出来ませんよね? それとも、聖女じゃなくても浄化する手段をご存じなのでしょうか?」

「聖女以外にも浄化する手段があるのですか?」


 シリル様に困惑されてしまった。

 やぶ蛇になりそうだ。そう思った私は、「そうでないのなら、私の足止めをする意味がないと思うのですが?」と付け加えた。けれど、エリザベスが「いいえ、意味はあります」と口にして、みなの視線がエリザベスに集中する。


「私も真の聖女はソフィア様だと思っています。それでもここにいるのは、ローゼンベルクの名誉を守るためですわ。今回の遠征を辞退していたら、私はお父様から叱られたでしょう」


 エリザベスにまで、聖女は私だなんて言われて動揺する私は、その後に言われたことを一瞬理解できなかった。だけど少し間を置いて理解した。


「まさか、『うちの娘は自分が聖女だと信じ、真の聖女が見つかる瞬間まで責務に忠実だった』と言うためだけに、私を誘拐しようとした、と?」


 陛下は聖女候補の全員を森に向かわせるつもりだった。でも私の進言で、最初は立候補した十名ほどだけが試練という名の瘴気溜まりの浄化に向かうことになった。


 もし今回の遠征で瘴気溜まりが浄化されたなら、ほかの聖女候補は少なからず役目から逃げたという悪評がつきまとうことになるだろう。

 だけど、だからって――


「そんなことのためにここまでするなんて……」


 納得がいかないと眉をひそめる。そんな私に対して、エリザベスが「ソフィア様はご家族に愛されているのですね」と微笑んだ。


「……どういう意味でしょう?」

「さっきも言いましたが、私が辞退していたら、父は私を許さなかったでしょう。もちろん、この男の主のように愚かな真似はしませんが、勘当くらいはされていたかもしれませんね」


 大げさなということは出来なかった。

 貴族にとって名誉は必要なものだ。それを失えば、部下も、民も付いてこないから。それを失ってもかまわないといううちの家族がおかしいのだ。男の話を聞いて『そんなことのため』と思ったのは、いまが恵まれているからだろう。


「エリザベス、ごめんなさい。私が浅はかだったわ」

「いいえ、謝罪の必要はございませんわ。それに、そんなことのために、ソフィア様に危害を加えるなんてあり得ない、という意味では私も同意見ですもの」


 エリザベスはそう言って、ゾッとするような笑みを浮かべた。


「名誉のために努力するのならともかく、ソフィア様の足を引っ張るなど言語道断ですわ。同じ貴族として虫唾が走ります」


 そう言って、組み敷かれる男に蔑んだ視線を向ける。


「エリザベスの言うとおりだな。――その男を連れていけ。そして誰に雇われたのか、きっちりと調べ上げよ!」

「――はっ!」


 襲撃者の男が騎士によって連れて行かれる。

 それを見送った後、シリル様が私へと視線を向けた。


「ソフィア、大丈夫か?」

「……ケガなどはしておりませんが?」

「そうではない。休憩をした後、当初の予定通りに森へ向かうことになるが、それでも大丈夫か? という話だ。命を狙われたのだ。ケガはなくとも精神的な負担はあるだろう?」

「それは……」


 怖くないといえば嘘になる。それに、本物の聖女はセシリアなのに、どうして私が狙われなくちゃいけないのかと叫びたい。


 だけど、みんなは私が聖女だと信じている。ここで私が逃げ帰れば味方の士気は崩壊するだろう。そうしたら、セシリアの身だって危なくなるかも知れない。

 だから――


「私は、大丈夫です」


 私はなけなしの勇気を振り絞った。こうして瘴気溜まりの浄化作戦は続行が決定した。私達は馬車を乗り替え、再び森へ向かって移動を開始する。

 そしていよいよ、私達は薄暗い森の入り口へと到着した。

 

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