エピソード 3ー5

「お兄様、いま少しよろしいですか?」


 ウィスタリア邸宅のお兄様の部屋を訪ねる。

 許可を得て部屋に入ると、はだけたブラウスに薄手のスラックスというお色気たっぷりな姿のお兄様がソファに座っていた。シンプルながら、高級品で取りそろえられた部屋の中、魔導具の灯りに照らされたお兄様の妖艶さが伝わってくる。


「……お兄様、はしたないですよ?」

「ほかの者に見せたりはしない。妹の役得だとでも思っておけ」


 お兄様は笑みを零した。そんなこと言って、ヒロインのまえでもセクシーな姿を見せていたくせに、なんて野暮は口にしない。私は仕方ありませんねと苦笑した。

 そのまま部屋に入り、ソファに座るお兄様に小さな包みを差し出す。


「俺の誕生日は今日じゃないが?」

「学院で綺麗な先輩から預かったんですよ。お兄様に渡して欲しいって」

「……ん? あぁスノーホワイト子爵家のあの娘か」


 私は軽く眉を上げた。

 お兄様はモテるけれど、基本的に誰かとの浮いた話は聞かなかった。わりと軽薄そうに見えて、ヒロインに対して一途になるというギャップキャラだったから。

 そんなお兄様が、プレゼントと聞いて、差出人を理解するのがちょっと意外だった。


「お兄様、もしやあの方とお付き合いを?」

「なんだ、妬いているのか?」

「いえ、珍しいなと思っただけです」


 というか、お兄様の運命の相手はヒロインだ。そもそも私は妹なのだから、お兄様が誰かと付き合ったとしても妬いたりはしない。


「……まあ、妹の地位を取られてしまったら、寂しいとは思ってしまいますが」


 そんなことを口にすると、お兄様は目を見張った。それからふっと微笑んで立ち上がり、私の頭にぽんとその大きな手を置いた。それからもう片方の手で、さっき私から受け取ったプレゼントを私の胸元に押しつけてくる。


「おまえへのプレゼントだ」

「……お兄様、女性からのプレゼントを妹にあげるのはどうかと思いますよ?」


 半眼になると、お兄様は呆れるような顔をした。


「我が妹君は鈍感だな。最初からおまえへのプレゼントだ」

「私への……?」


 どういうことだろうと首を傾げると、開けてみろと促された。それに従って包みを開けると、ベルベット生地で覆われた箱が姿を現す。

 アクセサリーをしまうような箱だ。もしやと思って箱を開けると、中からネックレスが現れた。緑色の魔石が一つ。台座となる部分には緻密で美しい彫金がされている。


「とても美しいネックレスですが……これは魔導具ですか?」

「ああ。守護の魔導具だ。ただしこれは特別製でな」


 お兄様がネックレスを手に取って、右手に魔力を集めた。すると、魔石から緑色の光がわずかに零れ、鮮やかな赤に変わった。お兄様の得意属性と同じ赤色だ。


「これは……まさか?」

「ああ。もとから入っていた魔力を追い出し、俺の魔力を注ぎ込んだ。これは、魔力を込めることで、魔石を交換せずとも再利用できる特別製だ」

「そのような魔石は初めて聞きますが……」


 一般の魔導具は魔石を交換する必要がある。つまり、普通のネックレス型の魔導具は使い捨てだ。なのに、これは魔石の魔力をチャージできると言った。

 再利用できる魔導具なんて、原作には登場しなかった。どこから手に入れたんだろうと不思議に思っていると、お兄様が悪戯を成功させた少年のように笑った。


「それをおまえに渡した令嬢の実家が以前から研究をしていてな。いつか完成したらおまえにプレゼントしようと思って、半年ほどまえから資金援助をしていたんだ」

「半年前、ですか?」

「ああ。俺がいつも側にいるとは限らないからな」


 半年前、シリル様を庇って負傷したときに、次は俺を頼れと言われたことを思い出す。


「お兄様、あのときの約束を覚えて……」

「可愛い妹との約束を忘れるものか」


 お兄様に頭を撫でられた。すぐ目の前にお兄様の整った顔がある。お兄様は優しいなぁと見上げていると「俺が付けてやろう」と微笑んだ。


「お願いします」


 にっこりと微笑んでお兄様の顔を見上げていると、すごく残念そうな顔をされた。


「……おまえ、ネックレスを付けてもらったことはないのか?」

「いつもクラウディアに着けてもらっていますが?」

「そのとき、こんな風に真正面を向いていたのか?」

「あ……」


 言われた私は背中を向け、長い髪を指先で集めて掻き寄せた。そうして首筋を曝すと、お兄様が背後からネックレスを掛けてくれた。


「……似合いますか?」

「俺がデザインを選んだのだから当然だ」


 そういう言葉がさらっと出てくるあたり、お兄様は本当に人誑しだと思う。私はそんなことを考えながら、感謝の気持ちを込めて満面の笑みを向けた。

 次の瞬間、お兄様に腰を抱き寄せられた。


「……お兄様?」

「森へは明日の朝に向かうのだろう?」

「はい。騎士団とともに向かいます」


 十名ほどの聖女候補と、三十名の騎士団が同部隊。その周囲にも、いくつかの騎士団が展開すると聞かされている。よほどのことがなければ危険な目には遭わないはずだ。


「……ソフィア、おまえの役目は分かっている。だが、一番大事なのはおまえの安全だ。ケガ一つすることは許さない。必ず無事で戻ってこい」

「もちろん、お約束いたします」


 私はそう言ってとびきりの笑顔を浮かべた。

 まあ、その約束は……果たせなかったんだけどね。

 

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