エピソード 1ー9

 グランシェス城にある謁見の間。

 高い窓から差し込む陽光が間接光となり、謁見の間を優しく包み込んでいる。

 その謁見の間には貴族や高官たちが列をなし、静かに見守っている。そんな彼らの視線を一身に受けながら、私は玉座へと続く赤い絨毯の中程で片膝を突いてかしこまっていた。


「面を上げよ」


 大臣の声に従って顔を上げると、きざはしの上にある玉座にアラン王が座っていた。その隣にはカルラ王妃とシリル様も同席している。


「ソフィアよ。そなたは命を懸けて我が息子、シリルを守ってくれた。まずは、そなたの勇気と献身に心から感謝する」


 アラン陛下から直接言葉を賜った。さらに直答を許すという大臣の声を聞き、私は「もったいないお言葉です」とかしこまる。

 そうしていくつかのやり取りを交わした後、アラン陛下が口を開いた。


「ところで、そなたは不審者がいることを、事前に騎士達に伝えていたそうだな?」


 私は答える代わりに唇を噛んだ。

 事件を未然に防げればと思って伝えたのだけれど、いまとなっては失敗だったかも知れないと思ったからだ。だけど、ここで沈黙を守るのは愚策でしかない。

 私は一呼吸開け、「たしかに申しました」と絞り出すように答えた。


「……そうか。なぜ不審者がいると思ったのか、その理由を聞かせてくれるだろうか?」

「会場でアウローゼ子爵家の紋章を付けたローブ姿の男を見ました。ですが、アウローゼ子爵家は十年ほどまえにお取り潰しとなっていますゆえ、不審者だと判断いたしました」

「なるほど。存在するはずのない貴族の男がいれば、たしかに不審者以外の何者でもないな」


 陛下は感心した後、「つまり――」と目を細めた。


「我が騎士達は、事前にそのような情報を得ていたにもかかわらず、そなたに傷を負わせる失態を犯した、ということだな」


 予想通りの結論だ。

 このままだと騎士団が罰を受け、原作と同じように騎士団が弱体化することになる。それでもハッピーエンドになるのが原作だけど、出来れば避けたい出来事だ。そんなふうに考えていると、アラン陛下が「そなたはどう思う?」と私に意見を求めてきた。


 ……もしかして、アラン陛下も避けたいと思ってる?

 そうだ。予言がある以上、アラン陛下もこれから大変な時期になるのは知っているはずだ。なら、騎士団が弱体化する事態を避けたがっていても不思議じゃない。

 だけど、私が負傷した以上、騎士団に責を負わせなければいけないという状況だ。なら、アラン陛下が私に求める役割は――と口を開く。


「先日申し上げたとおり、私は発表会の再開を望んでおりました。それを聞き入れてくださったのは陛下ですが、騎士達の働きなくしては叶わなかったでしょう」

「……そなたは、騎士達を許すと申すのか?」

「私にそれを決める権限はございませんが、個人的な感情を申し上げればその通りです」


 アラン陛下はニヤッと笑った。それから、『こちらの思惑を汲み取るか。シリル、ずいぶんと有能な娘を見つけてきたな』と呟いたのだが、こちらに声は届かない。

 私が唇の動きを読み取れたのは最初の一言までだった。


 そして、アラン陛下は私に視線を戻した。まるで獲物をどう料理するかと考えるような獰猛な笑みを向けられた私は固唾を呑んだが、手をギュッと握って圧力に抗った。

 私とアラン陛下の視線が交差する。一瞬、謁見の間に静寂が訪れた。

 わずかな沈黙のあと、アラン陛下が表情を和らげる。


「……よかろう。恩人の意見ならば無視する訳にはいくまい。此度の騎士団の失態は、そなたへの貢献を持って帳消しとしよう」


 周囲からわずかに安堵の息遣いが聞こえた。


「ソフィアよ。そなたは我が息子の命を救ってくれた。その恩義に報い、そなたには銀の聖なる守護勲章を授けよう。これからも、グランシェス国に仕えてくれ」


 ざわりと謁見の間が揺れた。なんらかの褒美は与えられるとは聞いていたけど、勲章は想定外だ。というか、それ、原作でヒロインが世界を救ったときにもらった勲章だよね? たしか、男爵と同じ地位として扱われるはずだ。それを未成年の私に贈るのは相当のことだ。王妃殿下やシリル様も驚いていることから、これがアラン陛下の独断であることがうかがえる。その思惑が分からないけれど、ここで辞退するようなマネは出来ない。


「ありがたくお受けいたします」


 その瞬間、謁見の間に今日一番大きな拍手が広がった。

 こうして、陛下との謁見は終了。

 私は謁見の間をあとにしたのだが、そこにシリル様の従者が現れ、「シリル様より個人的なお茶会のお誘いがございます」と伝えられた。

 

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