エピソード 1ー8

 発表会が終わり、私は部屋に戻った。

 王室が貸してくれている、湖畔にある別荘の客間。最高級の調度品が揃えられた部屋は、窓から差し込む夕日を受けて、ハチミツを流し込んだかのような黄金色に染まっていた。


 その部屋にある、ローテーブルを挟んだソファ。向かいにはお父様とお母様が座り、私の隣にはお兄様が座っている。さらに言えば、側にはクラウディアが控えている。

 なぜか、すごく包囲されているような気持ちになる。


「さて、ソフィア。我々がなにを言いたいか分かるか?」


 グリーンの髪に瞳、三十代のものすごく格好いいおじさま――私のお父様が、真剣な顔でそう言った。いつもは柔らかな笑みを絶やさない彼が、いまは真剣な顔で私を見つめている。


「えっと……その、『発表会の魔術はとても素敵だったぞ』ですか?」

「発表会の魔術はたしかに素敵だった」

「ええ、本当に。さすが私の娘と思いました」

「本物の虹を作り出すという偉業をまえに、みなが呆気にとられていたな」


 お父様に続き、お母様とお兄様が笑顔で同意する。だが次の瞬間、三人は示し合わせたかのように目を細め、「だが、いまはその話をしていない」とそれぞれ強い口調で言い放った。

 私は観念して「心配をおかけして申し訳ありません」と謝罪する。

 グラニアお父様は小さく息を吐いた。


「さきに言っておく。おまえは貴族の娘として正しいことをした。ウィスタリア公爵家当主としてはとても誇らしい。だが、それでも……」


 お父様は目を伏せた。当主であり父親でもある。彼は不安と悲しみ、そして誇らしさを混ぜこぜにしたような顔をして、それから窓の外に広がる夕焼けを眺めた。


「……おまえが、無事でよかった」


 心からの言葉には、強い安堵の想いが込められていた。

 私は急に泣きたくなって、「心配掛けてごめんなさい」と口にする。俯いた私の目から大粒の涙が零れ、夕日に染まるローテーブルを濡らした。

 そんな私の頭を、隣にいたお兄様が抱き寄せた。それから私の頭に唇を落とした。


「謝る必要はないよ。俺達は怒っている訳じゃない。ただ、おまえが無茶をしたら俺達は心配するし、なにかあれば悲しむと言うことは覚えておいてくれ」

「……はい。次はもっと上手くやります」


 私がそう言うと、「んん?」と困惑する声が聞こえて来た。それから、お母様が「ソフィア、上手くやるというのはどういう意味かしら?」と口にした。


「え? ええっと……ローブの防刃性能は想定通りだったのですが、それでも突かれたらすごく痛いということに気が回っていなかったのが敗因だと思っています」

「それだとまるで、刺されることを想定していたように聞こえるのだけど……?」

「野外で平民も参加する発表会です。今年は王族も参加していましたから、なにかしらの襲撃があるかもとは思っていました」


 私が顔を上げて白状すると、お母様達がものすごくなにか言いたげな顔をした。


「可能性としては私も想定していましたが……貴方はどう思いますか?」


 お母様がお父様に意見を求めた。


「我々よりも危機感を強く持っていたのだろう。その点において、ソフィアの判断は正しかったと言わざるを得ないが……なんだ、この違和感は」


 違和感と言われても、私には両親がどうして困惑しているか分からない。不思議に思って頭を傾げると、お兄様が「次は俺を頼れ」と口にした。


「……お兄様?」

「おまえのミスは、想定する危険に対して、自分でなんとかしようとしたことだ。もしまた同じようなことがあれば、そのときは俺を頼れ。いままでだってそうしてきただろう?」


 言われて気付く。

 いままでの私は、人に甘やかされることを当然だと思っていた。前世の記憶を取り戻すまえの私が襲撃を知ったのなら、すぐに家族を頼っただろう。


 けど、いまの私はそうしなかった。前世の私が、人に頼ることを知らなかったから。その差異が、家族には違和感として映ったのだろう。


 お母様が「言われてみるとそうね。なにか心境の変化でもあったの?」と小首を傾げた。このままじゃ怪しまれちゃう。なんとか辻褄を合わせないと。


「……その、夢を見たんです。私がみんなの好意を当たり前として振る舞い、調子に乗って我が儘になり、最後にはみんなに嫌われる、そんな夢です」


 真実の中にわずかな嘘を混ぜて、前世の記憶に至る情報だけを隠す。上手く誤魔化されてくれるかなと成り行きを見守っていると、お兄様がふっと笑った。


「さっきも言ったが、そんなことはあり得ない」

「なぜですか?」


 原作のソフィアはそうして見放されたのにと、お兄様を見据える。


「ほかでもないおまえが、そのような心配をしているからだ。調子に乗らないようにと気を付けている。そんなおまえが調子に乗って見放されるなどあり得ないだろう」


 私はわずかに目を見張った。

 お兄様が、『俺はなにがあってもおまえを見放したりしない』と言っていたら、原作を知る私はお兄様を嘘つきと思ったかも知れない。だけど、お兄様は私の変化を理由に大丈夫だと口にした。私には、それがすごく特別なことのように感じられた。


「……ありがとうございます、お兄様。そしてお父様とお母様も。次にこのようなことがあったら、みんなに相談させていただきますね」


 私がそう言うと、彼らは一斉に安心したように微笑んだ。

 中でも、お母様の目には、うっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。そこには、前世の私が欲してやまなかった家族の絆がたしかにあった。

 私はその幸せを噛みしめ、私を転生させてくれた誰かに感謝する。


 この幸せを失いたくない。だから、私は乙女ゲームのシナリオがハッピーエンドに向かうように、出来る限りのことをしよう。そんな決意を新たにした。


 そうして家族会議は終わり、家族での夕食が始まった。

 あらためて魔術発表会の話になり、私の使った魔術についても言及された。虹が架かった原理についても請われるままに話したけれど、あまり理解されなかった。


 でも、幻想的だったと褒めてもらえたので満足だ。

 幸せを噛みしめながら家族の団欒を楽しんでいると手紙が届く。差出人は国王陛下で、息子を救ってくれたことに対する礼をしたいという内容だった。

 

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