エピソード 4ー1
退学届が提出され、セシリアが学院を去ることになったと聞かされた。これは原作のバッドエンドと同じ流れだ。原作通りなら、セシリアはこのまま行方不明になる。
よほど巫山戯た選択肢を選び続けなければ訪れないバッドエンド。それゆえにコメディタッチで描かれていて、どうして行方不明になったのかなどは描かれていない。
だから、原作のバッドエンドとまったく同じ流れなのかは分からない。ただ、このまま聖女が学院を去れば、瘴気溜まりを浄化する最も有効な手段がなくなることだけは間違いない。
アラン陛下が対応すると言ってくれるが、私は自分に任せて欲しいと申し出た。国が捜索を始めたときには、既にセシリアは行方不明になっていた、というのが原作展開だから。
もちろん、原作と同じようになる根拠はない。けど、万が一を考えれば私が動いた方がいい。ということでアラン陛下から了承をもらい、私がセシリアを学院に連れ戻すことにした。
こうしてお茶会は解散。
中庭をあとにする道の途中、私はウォルフ様と出くわした。
「――すまなかった」
カーテシーをする私に向かって、ウォルフ様が深く頭を下げた。その予想外の反応に驚き、頭を上げてくださいと声を掛ける。それから数秒が過ぎ、彼はようやく頭を上げた。
「俺は、おまえがなんらかの野心を持って、シリル兄さんやセシリアに近づいたのだと疑っていた。だが、おまえの献身は本物だった。だから、正式に謝罪する」
そう言ってまっすぐに私を見る。私が求めれば、どんな罰でも受け入れそうだ。彼の覚悟を秘めたグリーンの瞳が綺麗だと思った。
「以前にも申しましたが、私は気にしていませんわ」
「しかし、俺は聖女のおまえに失礼なことをしてしまった」
それを聞いた私はあれっと首を傾げる。
「私は聖女ではありませんよ。まだお聞きではないのですか?」
「……そうなのか?」
どうやら、さすがにアラン陛下がいるお茶会の盗み聞きはしていなかったようだ。
「さきほどの謝罪、撤回なさいますか?」
私は悪戯っぽく尋ねると、ウォルフ様はふるふると首を横に振った。
「おまえが聖女じゃなかったとしても、兄さんを二度も救ってくれたことに変わりはない。もはや、おまえの意図がどうのと勘ぐったりはしない」
「分かりました。では謝罪を受け、この話は水に流しましょう」
「……いいのか?」
「シリル様のためだったのでしょう? 家族のために頑張る貴方を疎ましく思ったりはいたしません。そういうところ、素敵だと思いますよ」
ウォルフ様は面を食らったような顔をした。だが一呼吸置いて、ふっと笑みを零す。
「……分かった。借り、一つだ。なにか困ったことがあれば俺を頼れ」
それを聞いた瞬間、私はちょうどいいと思った。
「では、セシリアの件でご助力ください」
「……セシリアを? 退学の件か?」
なるほど、そっちは知ってるのね。
「実は色々ありまして、私がセシリアを連れ戻すことになりました。ウォルフ様は同じクラスですよね。なにか事情をご存じではありませんか?」
「……あぁ、少しなら聞いている。レミントン家の使用人が退学届を提出したらしい」
「レミントン家の者が自主的に退学を申し出たのですか?」
「ああ、突然の申し出だったらしい」
どうして子爵がセシリアを退学させたんだろう? もしかして、セシリアの活躍を快く思わない者から圧力を掛けられた、とかかな? 決してあり得ない話じゃないと思う。
「ウォルフ様、セシリアの退学届を受理しないように手を回していただけませんか?」
「退学届なら、既にこちらで押さえてある」
さすがウォルフ様、味方になると頼もしい。
「では、復学についてもお任せしても大丈夫ですか?」
「可能か不可能かでいえば可能だが、それはおまえがなんとかした方がいいだろう」
「……理由をうかがっても?」
いままでの彼は、私がシリル様やセシリアに関わることを嫌っていた。私への警戒がなくなったとはいえ、それまでの行動指針と反対の提案には疑問を抱かざるを得ない。
「俺が聖女の後ろ盾となると、兄さんの邪魔になるからだ」
後継者争いのことだとすぐに分かった。
この国の王はアラン陛下で、次期国王はシリル様だ。だが、ウォルフ様に王位継承権がない訳じゃない。聖女の後ろ盾となれば、彼を担ぎ上げようとする者が現れるだろう。
「それは理解できますが、ならばなぜ私に?」
「それは、おまえがシリル兄さんの想い人だからだ」
「……はい?」
どうしてそんな勘違いをしたんだろうと、私は首を傾げた。
「ウォルフ様、私はシリル様の想い人などではございませんよ?」
「……なにを。いや、兄さんはまだ……」
ウォルフ様は少し考える素振りを見せた後、「というか、おまえは兄さんのことが好きなのではないのか?」と口にした。
「私がこのようなことを口にすると不敬に当たるかも知れませんが、とても素敵なお友達だと思っています。ですから、さきほどの質問に答えるなら……ええ、もちろん好きですよ」
人間としてとても好ましい。さすが攻略対象だよねと考えながら微笑めば、ウォルフ様は息を呑んだ。それからものすごくなにか言いたげな顔をして、「どうやら早とちりだったようだ」と謝罪してくれた。
「話を戻そう。おまえが兄さんの敵になることはないだろう。ゆえに、ウィスタリア公爵家の令嬢であるおまえが聖女の後ろ盾になるのは決して悪いことではない」
「そういうことであれば、セシリアの復学もこちらで手続きいたします」
バッドエンドを回避するべく、私は自ら行動することにした。そうして馬車に向かって歩き出すと、背後に控えていたクラウディアが並びかけてくる。
「ソフィアお嬢様はお慕いしている方などはいらっしゃらないのですか?」
「お父様やお母様、お兄様のことは大好きですよ。もちろん、クラウディアのことも」
私が満面の笑みで答えると、なぜか「先は長そうですね」と残念そうな顔をされた。
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