エピソード 4ー2

 屋敷に帰宅後。部屋でくつろいでいると、使用人から『お父様が広間で待っている』と伝えられた。だが、広間の扉を開けた私の視界に飛び込んできたのはカーテンが引かれた薄暗い部屋だった。一体どういうことかと警戒するが、次の瞬間には部屋の灯りが一斉に付いた。


「ソフィア、金の聖なる守護勲章の受賞おめでとう」

「ソフィア、貴女は母の誇りです」

「聖女候補としてよく頑張ったな、ソフィア。おまえは自慢の妹だ」


 家族からお祝いの言葉が掛けられる。続けて、使用人や従者からもお祝いの言葉を掛けられた。まぶしさに慣れた私が部屋を見ると、テーブルの上に料理が並べられていた。


「……これは、いったい?」

「言っただろう、受賞のお祝いだ」

「受賞、ですか?」

「ああ。おまえは自分が聖女ではないと言ったな? だが、おまえが活躍し、多くの人々を救ったことに変わりはない。だから、陛下も勲章をくださったのだろう」


 聖女だからじゃなくて、私が頑張ったから祝ってくれている。私の成果が認められたのが分かってすごく嬉しくなる。


「ありがとうございます、お父様、お母様、お兄様。それに、みんなも」


 部屋に詰めかけている、使用人や従者達にも視線を向ける。そこには、『おめでとうございます!』と刺繍されたタオルを掲げるクラウディアの姿があった。


 ……あの子、なにをやっているのよ。


 呆れつつも口元がほころんでしまう。

 温かい。前世の私が望んでやまなかった幸せがここにある。


「お父様、今日は私の受賞お祝いパーティーなんですよね?」

「ああ。おまえの好きな料理を中心に作らせた」

「では、私を祝ってくださる方みんなで楽しみましょう」


 使用人達にも料理をと口にする。

 たぶん、この世界の一般的な貴族の家では許されない提案だ。だけど、お父様は少し驚いた顔をした後、「ならば存分に盛り上げてもらわねばな」と笑った。


 こうして、広間でのパーティーが開催される。家族はもちろん、従者や侍女、使用人などが一堂に会して、私にお祝いの言葉を投げかけてくれる。


「ソフィアお嬢様、金の聖なる守護勲章の受賞おめでとうございます。あっと、私はチェインバーメイドで――」

「エリーでしょう、知っているわ」

「……覚えて、くださっているのですか?」


 エリーが目を見張った。公爵家の使用人ともなれば、使用人だけで百人は超える。普段関わりにならない下級メイドとなれば、私が知らないと思うのも無理はないだろう。

 でも私は一度見聞きしたことの大半を覚えている。


「いつも部屋の手入れをありがとう。これからもよろしくね」

「はい……っ」


 感極まった様子のエリーに微笑みかけて、私は他の使用人や侍女達とも言葉を交わす。分かったのは、私が本当にいろんな人に愛されているという事実だ。

 あらためて、この幸せを失いたくないと思う。


 それに、いまはそれだけじゃない。セシリアも私の友達だ。短い期間だけど、彼女と一緒に治癒魔術の練習をした日々はとても楽しかった。

 だから――


「――お父様、お願いがあります」


 パーティーの朗らかな雰囲気の中で、私はきゅっと手を握ってお父様のまえに立った。お父様は穏やかな雰囲気を纏っていたけれど、私の様子を見て目を細める。


「……来なさい。少しバルコニーで涼もうと思っていたところだ」


 ワインを片手に、お父様がバルコニーへ向かう。私もシャンパンを片手に、お父様の後へと続いた。そうしてバルコニーに出ると、夜の風が優しく私の髪をなびかせた。

 お父様はワインを一口飲んで、それから私に優しい眼差しを向ける。


「それで? 可愛い我が娘のお願いというのは、一体どのようなものだ? そなたは自分が聖女ではないと言っていたが、そのことと関係はあるのか?」

「無関係ではありません。お願いというのはその聖女のことですから」


 お父様が軽く眉を上げる。


「……もしや、おまえは真の聖女が誰か知っているのか?」

「ええ。真の聖女はセシリアです」

「セシリア……ああ、覚えている。陛下にソフィアこそが真の聖女だと訴えた平民の娘だったな。あの娘が真の聖女だというのか?」

「はい。根拠もございます」


 私はそう言って、アラン陛下に説明したのと同じ内容を口にした。


「あの魔石がなければ、私達は大きな被害を出していたでしょう」


 聖女が失われ、人類が滅亡していた可能性だってある。


「そうか。アルノルトがスノーホワイト子爵家の令嬢に貢いでいるという噂は聞いていたが、なるほど、そういう理由だったのか。後で褒美をやらねばならないな」


 ……お兄様、お父様に令嬢に貢いでいたと思われていますよ。

 お父様が私と同じようなことを考えていると知って少しおかしくなった。そうしてクスクス笑っていると、お父様が話を再開する。


「それで、おまえの願いは、その魔石を量産できるように支援することか?」

「それも願いの一つではあります。ですが今回お願いしたいのは、セシリアのことです。どうやら、彼女の養父が学院にセシリアの退学届を提出したそうで……」

「退学届だと? セシリアの養父というとレミントン子爵だったか?」

「はい。これは私の予想ですが、先日の戦いで活躍した彼女に対する圧力が、ほかの聖女候補を擁する家から掛かったのではないか、と」


 聖女候補を名誉を得る手段にしか考えていない者もいる。その名誉のために、世界を危険に晒してまで、私を誘拐しようとした者もいる。


 自分より優秀な聖女候補が邪魔と思う者達だ。聖女ではないにかかわらず、大きな功績を挙げたセシリアを疎ましく思う者だっているだろう。


 もっとも、例の家の当主は取り調べを受けているので、セシリアの家にちょっかいを掛ける余裕はない。つまり、他の誰かの仕業だと私は思っている。


 その辺りのことを口にすると、お父様はワイングラスを持っていない方の手で私の頭を撫でた。それから、「おまえはいい子だな」と笑う。


「……なにか、おかしいことを申しましたか?」

「いいや。だが、さきほどの魔石の話、レミントン子爵は知らないのだろう?」

「それは……はい、知らないはずです」


 それがどうかしたのですかと首を傾げると、お父様はゆるゆると首を横に振った。


「……そうだな。おまえも公爵家の娘だ。なぜセシリアが退学になったのか、自分の目でたしかめてくるといい」

「私にレミントン子爵家に行けと?」

「そうだ。それに付随する問題は私がすべて解決すると約束しよう。だからおまえは、自分が思うようにやりなさい」


 お父様が優しく笑いかけてくれる。優しいお父様が見守ってくれている。ならば恐れることはなにもない。私は私のために、セシリアを救おうと決意した。


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