エピソード 4ー3
レミントン子爵家は王都に立派な屋敷を持っていて、社交シーズンのいまはその屋敷に滞在している。私は文を出し、レミントン子爵に面会を求めた。
貴族同士の手続きは回りくどいことが多いけれど、返事は思ったよりも早く来た。その手紙には面会可能な日程が書かれていたため、私はその中から最速の日を選んで面会を求める。
午後の日差しが降り注ぐ。レミントン子爵家の屋敷の前で馬車から降りれば、美しく整えられた玄関が目に入った。原作のオープニングでも目にした玄関である。
懐かしいと思いながら、使用人の案内に従ってエントランスホールを通る。案内されたのは上品な調度品で揃えられた大きな応接間だった。
そこで、お人好しそうな見た目の中年男性、レミントン子爵が私を出迎えた。
「レミントン子爵、急な要望に応えていただきありがとうございます。私はウィスタリア侯爵の娘、ソフィアです」
「これはご丁寧に。ソフィア様、私はレミントン子爵家の当主、マルセウスと申します」
柔らかそうな物腰。原作のストーリーにはあまり登場しないけれど、少し登場するシーンでも、こんな風に人当たりのよい対応をしていた。
挨拶を終え、私はローテーブルを挟んでマルセウスと向き合った。メイドが私とマルセウスのまえにお茶菓子を用意してくれる。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「はい、実はセシリアのことでうかがいました」
私がそう口にした瞬間、彼は私のセリフを遮るように口を開いた。
「おぉ、その件でしたか。ご心配には及びません。あの娘との養子縁組は既に解除しておりますゆえ、ソフィア様の障害には成り得ませんぞ」
「……はい?」
優しげな口調で言い放たれた言葉の意味が一つも理解できなかった。私は首を傾げ、それからさきほどの言葉を反芻する。
「……養子縁組を解除した、と言いましたか?」
「いかにも、いかにも。彼女はいまごろ孤児院に戻っているでしょう」
朗らかな声でおかしなことを口にする。彼の浮かべる笑顔が不気味に思えてきた。
「……なぜ、養子縁組を解除なさったのですか?」
私が尋ねると、彼は意味が分からないといった顔をした。だが、次の瞬間には「もちろん、真の聖女であられるソフィア様に敵意はないと示すためです」と笑う。
「……私は聖女ではありません」
「おや、これはご冗談を。誰もが知っていることではありませんか」
たしかに、アラン陛下は私が聖女であることを否定してはいなかった。だから、私が聖女だと誤解するのは……まあ、分からなくもない。でも、どうして私に敵意がないと示すなんて言ったのだろう? そう考えたとき、私の中である可能性が思い浮かんだ。
「もしかして、私が他の聖女候補をライバル視している、と?」
「いえいえ、ソフィア様が真の聖女であることは疑いようのない事実です。しかしながら、その地位を脅かしかねない存在は、見ていて気持ちのいいものではないでしょう?」
ここまで言われれば誤解しようもない。彼は、聖女の私がほかの聖女候補を疎ましく思うと考え、セシリアを自分の家から排除したのだ。
……レミントン子爵、優しい養父、だったんじゃないの……?
原作で語られなかった真実だ。
いや……違う。いまにして思えば、セシリアのローブに守りの力が掛けられていなかったり、使用人が同行していなかったりと、不自然な点はいくつかあった。
なにより、原作でほかの聖女候補が選ばれたとき、セシリアは学園を去り、人々が真実を知ったときには行方が分からなくなってしまう。
詳細は語られていなかったけど、レミントン子爵が追い出していたんだ……
「貴方は、聖女を擁立するという名誉のためだけに、セシリアを引き取ったのですか?」
「ええ、まぁ……彼女が聖女である可能性に賭けたのですが、上手くいかないものですね」
……止めてよ。
セシリアは両親がいない。だから孤児院のみんなを家族のように大切にしていて、その家族に救いの手を差し伸べてくれたレミントン子爵に恩を返そうと頑張っていた。なのに、レミントン子爵がセシリアを養子にしたのはただの打算だったなんて……知りたくなかった。
「事情は分かりました。ですが、聖女候補として彼女を擁立していたからと言って、私がセシリアに敵意を抱くなどありません」
だから、養子縁組の解除は撤回して欲しい。そんな想いを込めて訴えるけれど、彼は「おや、そうだったのですか」としか言わない。セシリアに情を抱いていないのだ。
それを思い知り、私はきゅっと拳を握った。
「セシリアを養子として育てるつもりは、ないのですか?」
「ええ、ソフィア様が治癒魔術の秘術を教えてくださったおかげです。レミントン子爵家が抱える治癒魔術師もずいぶんと腕が上がりましたので、もはや平民の娘は必要ありません」
「そう、ですか……」
セシリアの気持ちを考えると悔しい。
家族の愛に飢えていた前世を思い出して泣きそうになる。
ここで真の聖女はセシリアだと伝えれば、彼の態度は間違いなく変わるだろう。だけど、そんな打算だけで、義理も人情もない人間にセシリアを任せたくない。
少なくとも、それを打ち明けるのはセシリアの意思を確認してからだ。
「それより、息子と貴女の年の巡り合わせがよいと思うのですが、興味はありませんか?」
レミントン子爵が縁談を縁談を持ちかけてくるが、私はやんわりと首を横に振った。
「申し訳ありません、私はそろそろおいとまさせていただきます。王族より少し頼まれごとをしていまして」
「おや、そうですか。残念ですが……またなにかあれば、いつでもいらしてください」
「ええ、そうさせていただきます」
そんな日は二度と来ないと心の中で呟いて、作り笑いでレミントン子爵家をあとにした。そうして馬車に乗り込むと、クラウディアが心配そうに私を見た。
「ソフィアお嬢様、大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫よ」
ショックはショックだったけど、この時点で気付くことが出来てよかった。セシリアは聖女だ。レミントン子爵家なんていなくても、幸せになる道はいくらでもある。
だから、気を取り直してセシリアを迎えに行こう。
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