エピソード 4ー4

 レミントン子爵家をあとにした私は、すぐにセシリアが生まれ育った孤児院を特定し、街の外れにある古びた孤児院を訪ねた。


 町外れの緑豊かな丘に佇む古めかしい建物。敷地には小さな畑があって、子供達があくせくと働いていた。その子達が馬車から降りた私を見つけて息を呑んだ。

 子供達はなにかを話し合うと、小さな子や女の子が孤児院へと逃げていく。だけど、その場に残った男の子の一人が私の下へと駆け寄ってきた。

 私のまえに立った男の子は拳を握りしめ、私をきっと睨み付けた。


「おい、おまえ! ここになにしにきた!」

「お嬢様になんという口の利き方を――」


 クラウディアが口の悪さを咎めようとするけれど、私はそれを手振りで止める。それから、腰を曲げて目線を子供の高さに合わせた。


「私はソフィアよ。セシリアに会いに来たの」

「ダメだ、帰れ! 姉ちゃんには会わせないぞ!」


 そう怒鳴りつける男の子の声は震えている。

 最初はなにも知らない子供が蛮勇を振るっているのだと思った。だけど違う。この男の子は貴族に暴言を吐くのが危険だと知りながら、それでも勇気を振り絞っているのだ。


 ……この子、ウォルフ様の子供ヴァージョンだ。

 そう思うと、男の子が可愛く見えてくる。


「ねぇキミ、名前は?」

「俺はフィンだ」

「じゃあ、フィン。キミはセシリアのことを心配してるんだよね? だから、私とセシリアを会わさないようにしている、ということであってる?」

「……なんで」

「――分かるのかって? キミと同じような人を知ってるから、かな」


 私はウォルフ様のことを思いだしてクスリと笑う。


「……おまえ、セシリア姉ちゃんとどういう関係だ?」

「そうだね。私は友達だったらいいな、って思ってる」


 そう答えると、「なんで自信なさげなんだ?」と返された。


「うぅん、私、いままで友達っていなかったんだよね」


 前世でも、今世でも人に頼りっぱなしだった。転生してから半年はほとんど屋敷で過ごしていたし、友達と言える存在はいなかった。

 私に取ってセシリア達は、初めて友達と言えるかも知れない存在だ。


「友達がいないなんて、可哀想な姉ちゃんだな。セシリア姉ちゃんには友達が一杯いるぞ?」

「そうだよねぇ……」


 原作でも、街に行けば色々な人に声を掛けられる描写がある。ヒロインらしい、すごく愛されキャラという印象だった。まさか養父に愛されていないとは思っていなかったけど。


「とりあえず、あの嫌な貴族の仲間じゃないんだな?」


 フィンは、それが本題だとばかりに探りを入れてきた。



「嫌な貴族って?」

「姉ちゃんのことを養子にした貴族だよ。姉ちゃんは頑張ったのに、用無しだって養子縁組を解除して、いままでに支援したお金も全部返せって言ってきたんだ!」

「あの男、そんなことを言ったの?」


 それは不義理だ。百歩譲って養子縁組の解除は理解できるけど、最低限の義理があるでしょう? どうしてくれようかしらと思っていると、フィンが怯えるように後ずさった。

 どうやら私の怒気に当てられたようだ。


「驚かせてごめん。それと、色々と教えてくれてありがとう。ひとまず、私はセシリアを苛めに来た訳でも、孤児院に害を及ぼしに来た訳でもないよ」

「……そう、なのか? じゃあ、なにをしに来たんだ」

「セシリアが心配できたんだよ」


 私がそう口にすると同時、孤児院の方からモーヴシルバーの髪をなびかせながらセシリアが駈けてきた。彼女は私達の前に来るなり、膝にて突いて荒い息を吐いた。


「フィン、貴方、なにをやっているの! 貴族を怒らせちゃダメって、言ったでしょ!?」

「ご、ごめんなさい!」


 フィンがビクッと身を震わせる。どうやら、この小生意気な男の子も、セシリアには勝てないようだ。私は「その子は私と話していただけだから怒らないであげて」と口にする。


「え? ソフィア様!?」


 私を見たセシリアが目を見張った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る