エピソード 4ー5
孤児院の応接室は、窓から差し込む柔らかな日の光によって照らされている。古びた調度品が使われているが、手入れの行き届いたその空間には温もりが感じられた。
「ソフィア様、粗茶しかないのですが、大丈夫でしょうか?」
「もちろん。お茶の種類で貴女の真心を疑ったりはしないよ」
私は笑って、出されたお茶に口を付ける。たしかに高価な茶葉を使っているとは言えなかったけれど、淹れ方は丁寧だ。レミントン子爵家で出されたお茶よりもずっと安心する。
そのお茶を飲みながら様子を見るが、セシリアは緊張しているようだ。もしかして、レミントン子爵の件で、私を含める貴族全体に不信感を抱いてしまったのだろうか?
もしそうなら悲しいなと思いながら、それでも勇気を出して口を開く。
「セシリア、養子縁組が解除されたことは聞いたわ」
「……やはり、ご存じでしたか」
「そうね。学院に退学届を出したと聞いたから調べたの。というか……さっきから少し口調が堅いわね。ここが学院の外だから気にしているの?」
「いえ、その、いまの私はもう、子爵令嬢ではないので……」
「……なんだ。そんなの気にしなくていいよ」
警戒されている訳ではないと知って安堵する。とはいえ、気にせずにはいられないのが身分差だ。だからいまは仕方がないと話を進める。
「ねぇセシリア。貴女はこれからどうするつもり?」
「え? そうですね。ここで暮らせればいいとは思っているんですが……」
そう言って目を伏せた。レミントン子爵が支援したお金の返済を迫っている。元々支援を受けなければ立ちゆかない孤児院なら、そのお金を返す余裕はないだろう。
私の脳裏に浮かんだのは、原作のバッドエンドでセシリアが行方不明になる理由だ。原作では理由が書かれていなかったけれど、きっと借金が原因だろう。
「ねぇセシリア、もしも戻れるならどうする?」
「……え? どういうことでしょう?」
戸惑いながら顔を上げる。セシリアの青い瞳には、不安と期待をない交ぜにしたような感情が滲んでいた。
「私が意識を失っていたせいで誤解が生じてしまったけれど、聖女は貴女よ」
「……え、それは、どういう……?」
「あのとき、魔石に魔力を込めてくれたでしょう? あの魔力のおかげで、瘴気溜まりを浄化することが出来たの。だから、聖女は私ではなく貴女なの」
「……そんな。私を励ますための嘘、ですよね?」
セシリアは信じられないと首を横に振った。
「嘘じゃないよ」
私は胸元からネックレスを摘まみ上げ、その魔石をセシリアに見せる。
「この魔石は、魔力を込めた人が得意とする属性の色に染まるの。いまは水色に染まっているでしょう? これは、私が水属性を得意としているからよ」
そう言ってネックレスを首から外し、テーブルの上に置いてセシリアに差し出した。
「あのときのように魔力を込めてごらんなさい」
私がそう言うと、セシリアは私とネックレスのあいだで視線を行き来させた。それから覚悟を決めたのか、ネックレスを摘まみ上げて手のひらに乗せる。
セシリアがおっかなびっくり魔力を込めれば水色の魔力が溢れ、魔石は金色に染まった。
「それが、貴女の得意属性が聖属性である証よ」
「……そう、なのですか?」
私は肯定の意味を込めて微笑み、ネックレスを受け取った。黄金に輝く魔石がキラキラと煌めいている。私はそれを首に掛け、再びセシリアへと視線を戻した。
「このことは既にアラン陛下もご存じよ」
「陛下が? それじゃ……本当に?」
セシリアはそう言いつつ、複雑そうな表情を見せる。
「もしかして、聖女の務めを果たすのが嫌になった?」
森で死にかけたのだ。怖いと思っても無理はない。
「いえ、そういう訳ではないのですが、レミントン子爵の家に戻るのは……」
「あぁ、それなら心配ないわ。いまの貴女なら、どの家の養子にだってなれるわよ」
「……え?」
セシリアがよく分からないという顔をする。
「貴女は聖女だもの。支援を受けるのだって思いのままだし、その気になれば王の養子になることだって可能なはずよ。レミントン子爵に頼る必要はないわ」
「……本当、ですか?」
「ええ。どこの家がいい? 希望があれば、私が話を付けてあげる。それか、貴女を大切にしてくれる、温かみのある家を見繕ってあげましょうか?」
私が微笑みかければ、セシリアは顔を伏せ、だけど上目遣いで私を見た。
「ソフィア様は、どうしてそこまでしてくださるのですか?」
「……うぅん、どうしてかしら? 貴女が聖女だからというのもあるけれど……一番の理由はやっぱり、貴女の性格を好ましく思っているから、かな?」
聖女候補に与えられた最初の試練。セシリアは一番という名誉を手に入れた。だけど、その力が私の助言による者だと打ち明け、私を立てようとしてくれた。
それは、セシリアがとても優しい人間だから出来たことだ。
それに、家族のために頑張る姿は前世の私を彷彿とさせる。だから、セシリアには幸せになって欲しいと思う。そんな想いを込めて微笑めば、セシリアはソファから立ち上がり、私の横に立った。どうしたのかと見上げていると、セシリアは恐る恐る私の袖を掴んだ。
「……ソフィア様が、いいです」
「ん? 私にどの家の養子になるのがいいか選んで欲しい、と言うこと?」
私の問いにセシリアは首を横に振り、「ソフィア様の家がいいです」と言い直した。控えめに、だけど健気に要望を口にする様子が可愛すぎる。
「……ウィスタリア家の養女になりたいの?」
私が問い返すと、セシリアははっとした顔になり、「す、すみません、無理なお願いをしてしまって」と袖を離して一歩下がろうとした。
その瞬間、私はセシリアの腕を掴む。
「無理じゃないよ。驚いたけど、別にかまわないわ。お父様にお願いしてあげる。あ、もちろん、孤児院のことも心配いらないわよ。全部、私がなんとかしてあげるから」
もとから後ろ盾になるつもりだった。それが養女になったってそれほど変わりない。そうして笑いかければ、セシリアは信じられないと目を見張る。
「……いいの、ですか?」
「もちろんかまわないわ。というか、断る理由がないわ。貴女は聖女だし、公爵家は養女を取るくらい余裕だし、私は貴女のことが好きだもの」
そう言って微笑みかければ、セシリアは日だまりのような笑みを浮かべた。
「ソフィア様って人誑しですよね」
「……そうかしら?」
「そうですよ」
セシリアはそう言って、私の胸に飛び込んできた。
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