エピソード 3ー14

 王城にある謁見の間。私は赤い絨毯の上に片膝を突いてかしこまっていた。その荘厳な場に、前回以上に多くの貴族が詰めかけている。


「ソフィア、そなたは瘴気溜まりを見事に浄化してみせた。よって、そなたを救国の英雄として、金の聖なる守護勲章を授ける」


 アラン陛下自ら私に勲章を与えてくださった。金の聖なる守護勲章は子爵位と同列に扱われるほど栄誉ある勲章だ。それを授かった私に割れんばかりの拍手が送られる。


 ただ一部の人間は、陛下が私を聖女ではなく、救国の英雄と呼んだことに気付いたはずだ。


 これは、私がお父様を通し、アラン陛下に内々にお願いしたことだ。アラン陛下が納得しているかは分からないけれど、ひとまず私を聖女扱いしないことに応じてくれたようだ。

 こうして、私は救国の英雄という曖昧な形で褒賞を受けた。



 謁見の間を退出した私は、参列客に捕まるまえにその場を離れる。すると、私が退避するのを見越していたかのように、廊下の端で待ち構えていたエリザベスと出くわした。


「エリザベス、無事だったようね」

「ソフィア様のおかげですわ」

「私だけの成果じゃないわ。みんなで頑張ったから出来たことよ。それに、貴女が炎の魔術で私を支援してくれたこと、ちゃんと気付いているわよ」


 だからありがとうと微笑みかければ、エリザベスはほぅっと息を吐いた。


「……そんなふうに言ってくれるなんて、ソフィア様は人誑しですね」

「あら、そうかしら?」


 私は小首を傾げる。


「ソフィア様は人誑しですよ。その顔を見れば、きっとセシリアも喜んだでしょうね」

「ん? セシリアになにかあった? 負傷は癒やしたのよね?」


 小首を傾げると、エリザベスは少しだけ視線を彷徨わせた。


「エリザベス?」

「……ケガは問題ありません。ただ、風邪を引いたようで、自宅で療養中だそうですよ」

「そうなんだ。それは心配だね」


 長引くようなら、お見舞いに行ってみようかなと考える。そこに、エリザベスが「っと、そうでした。ソフィア様にシリル様より伝言があります」と言った。


 私はその伝言を聞いて、少し時間をおいてから中庭へと足を運んだ。綺麗に管理された美しい中庭は、ほのかに花の匂いが漂い、風に揺れる花々が優雅に咲いている。


 その中庭にある小道を進むと、大理石の屋根が見えてきた。その下にあるスペースにお茶会の席が用意され、アラン陛下とシリル様が揃って座っていた。と言うか、イケオジとイケメンが並んで座っている破壊力がすごい。絶景だなぁと、思わず見惚れてしまう。


「ソフィア、待っていたぞ」


 私はアラン陛下の言葉で我に返り、待たせたことを謝罪してカーテシーをする。


「よい。エリザベスの伝言を聞いて来たのだろう? それより、しばらく寝込んでいたと聞いたが、もう大丈夫なのか?」

「おかげさま、既に復調しております」

「そうか、それは安心した。この国の聖女になにかあっては大変だからな」


 私はわずかに身をよじった。それを見たアラン陛下は「なるほど。自分が聖女であることを否定しているのは事実のようだな」と呟いた。

 それを聞いたシリル様が口を開く。


「ソフィア。俺はそなたが瘴気溜まりを浄化するのをこの目で見た。にもかかわらず、その功績を否定するのはなぜだ?」

「それは……」


 言葉を濁すと、アラン陛下が「シリル、そう結論を急くでない」と諭した。それから、「まずはお茶にしよう」と席を勧めてくれる。


 私はそれに従って席に座る。すぐに私達の前にお菓子と紅茶が並べられた。そしてアラン陛下が合図を送ると、使用人達は静かに距離を取る。


「さて……いくつか話はあるが、まずは再び息子の命を救ってくれたことに感謝する」

「シリル様がさきに、聖女候補達の命を救おうとしてくださったのです。ですから、感謝の言葉は必要ございませんわ」

「いいや、息子が聖女候補を救ったのは王太子としての責務だ。それに、そなたがシリルの命を救ってくれた事実に変わりはない。ゆえに、これから話すことは、そなたの要望に応えるための質問だと思って欲しい。……なぜ、聖女であることを否定するのだ?」

「それは……」


 いままでのように、ただ聖女だと思っていないからと答えるだけじゃダメだ。私はこの機会に真実を伝えるべく背筋を伸ばした。


「私が聖女であることを否定するのは、私が聖女ではないからに他なりません」

「……しかし、そなたは瘴気溜まりを浄化したのであろう?」


 アラン陛下はよく分からないといった顔をする。


「浄化はしました。ですが、その際には魔力を使い果たしております」

「……それのなにがおかしいのだ? 瘴気溜まりなどというおぞましいものを浄化するのであれば、それ相応の魔力が必要になるのではないか?」


 私はそれに対して首を横に振った。さぁっと風が吹きぬけ、私の髪がふわりと広がる。その直後、シリル様が「いえ、それは不自然です」と口にした。


「シリル、不自然というのはどういう意味だ?」

「伝承には、聖女はただ触れるだけで瘴気溜まりを浄化したとあります」

「ふむ。それが事実なら魔力が枯渇したのは不自然だな。しかし、伝承は伝承。実際には魔力の消費が激しいと言うこともあるだろう」

「それは……」


 と、シリル様が私を見た。続けてアラン陛下の視線も私へと向けられる。


「アラン陛下の言葉にも一理ございます。ですが、私は自分が聖女ではないと確信しております。なぜなら、私には本物の聖女に心当たりがあるからです」

「なんだと……?」


 アラン陛下が驚きに目を見張った。

 私はくだんのネックレスを首から外して手のひらに載せる。


「これはお兄様からいただいた守りの魔導具です」

「……ふむ。しかし、魔石に色がない。その役目を果たした後のようだな」

「はい。ですが、この魔石、となる技術が使われておりまして――」


 そうして魔石に魔力を流せば、魔石が水色に染まった。


「――なっ!? いまのは……魔石に魔力を込めたのか?」

「はい。使い果たした魔石をチャージできる特別製です。まだ研究段階のようですが、私の得意属性が水だから、水色に染まったのだと思われます。試してみますか?」

「では私が――」


 シリル様が名乗りを上げ、私の手からネックレスを受け取った。それから私の指示通りに魔力を注げば水色の魔力が零れ、魔石は緑色に染まった。


「……なるほど。たしかに私の得意な属性の色に染まったな」


 シリル様の検証を見て、アラン陛下が鷹揚に頷いた。


「つまり、その魔石が水色に染まったことが、自分が聖女ではないという根拠か?」

「それもございます」

「それも? あぁ、そうだった。そなたは、真の聖女に心当たりがあるのだったな」

「はい。私が瘴気溜まりを浄化したとき、このネックレスは金色に輝いていました」

「それが瘴気溜まりを浄化できた理由で、聖属性の魔力は金色だと言うのか?」

「私はそう考えています」


 以前にも言った通り、原作のストーリーの後半では、セシリアから力を託された治癒魔術師が瘴気溜まりを浄化に向かうという描写がある。


 その力を託す方法は描かれていなかった。けど、いまなら分かる。セシリアから力を託されるというのは、セシリアの魔力の込められた魔石を預かることである。


「私は、このネックレスに込められた魔力を、あの瘴気溜まりの中で解放しました。浄化できたのはその魔力のおかげでしょう」


 それを聞いたアラン陛下は「なるほど。検証は必要だが、信憑性のある話だな」と呟き、私に鋭い視線を向けた。


「……それで、そのネックレスを金色に染め上げたという人物は一体誰なのだ?」

「――セシリアです」


 私が答えると、アラン陛下はすぐに「あの見所のある娘か」と納得の色を見せた。やはり、アラン陛下も、彼女が聖女である可能性は考えていたようだ。

 けれど、シリル様はそれを聞いて眉を寄せた。その瞬間、私が思い出したのはエリザベスの態度だ。彼女もまた、セシリアの話をしたときに様子がおかしかった。


 彼らに限って、セシリアが平民だからと見下すはずはない。ならば、他の理由があるはずだ。その理由を考えたとき、私は最悪の可能性に思い至った。


「……もしや、セシリアになにかあったのですか?」

「……ああ。彼女は……学院を去ることになった」


 私は目を見張る。

 それは、乙女ゲームのバッドエンドと同じ展開だった。

 

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